幕間 団長フィンの独白
俺はフィトナジオン。パミドロルの第二王子で、母は第一位の側室だ。今は訳あって、フィンと名乗り、市井で冒険者をやっている。兄の密命により、成人と共に王位継承権を放棄して市井に下ったのだ。
父王は残虐な性格で国土の拡大に血眼になっている。戦に次ぐ戦に辟易する。王妃や母以外の側室たちも、有力貴族たちも自分の得る利権の事しか頭にない。王宮は権謀術数の嵐だ。昔からそんな環境が嫌で仕方がなかったし、王妃には何度も殺されかけた。兄は本気でこの国を変えようとしている。兄の話を聞き、俺は直ぐに賛同した。
俺は政にはあまり向いていない方だと思う。子供の頃から頭を使うよりも体を動かしている方が好きだった。まだ俺が王宮にいた頃、当時の副騎士団長があらゆる武術を体得している男で、彼に師事して朝から晩まで、雪に閉ざされる真冬も、茹だるような暑さの真夏も、兎に角、体を鍛えることばかりやっている子供時代だった。
だから今の生活は王宮にいた頃よりものびのび自分らしくあれて嬉しい。兄からの密命は願ったり叶ったりだった。騎士団を抜けて付いてきてくれた仲間も周囲にいるので頭脳戦略は助けてもらえる。特にクランの副団長をやってくれているデクストランは真面目で有能だ。
冒険者になって半月ほどソロで鍛えて、その後、銀級クラン“暁の剣”に入団した。クラン経営を学ぶためだ。“暁の剣”は老舗だから、良い意味でも悪い意味でも新人冒険者を使い慣れている。若い冒険者が入ると、まず荷物持ちやら素材集めなど、使い潰す勢いで依頼に参加させられる。討伐などの危険を伴う依頼にも荷物持ちとして連れて行かれる。自分の身を守る力のない者は死んでいく。そこで生き残った者を改めて指導して育てていくのだ。新人の間は消耗品扱いなのだ。そう言うやり口に反発を覚えながらも、黙って耐えた。
そして1年半程してから独立し、自分のクランを立ち上げた。クラン名は“蒼天の鷹”とした。母の実家の家紋(青地に鷹が描かれている)から貰った。俺が“暁の剣”にいる1年半の間に、デクストランが元軍人を訪ねてまわり、仲間になってくれそうな人員を集めてくれていた。陛下の侵略戦争が嫌で軍を離れた者や、上官に反発して軍を追われた者達だ。さらに有望なフリーの中堅の冒険者や使い潰されそうになっていた新人冒険者を誘ってクランに引き入れた。そこからは順調だった。最初こそ、“暁の剣”に嫌がらせを受けたりしたが、銀級になってからはそれも無くなった。さらに金級に上がり、いまは白金級を目指している。王宮へ戻る時のために箔を付けておかないといけないからな。
クラン“蒼天の鷹”は戦闘力の高い者が多く、結束力も強い。自惚れではないが、俺は皆に信頼されて、慕われている。王宮に戻る時、クランの仲間を俺の直属の部隊、親衛隊として連れていくつもりだ。殆どの者が付いてきてくれると信じている。勿論、無理強いするつもりはない。冒険者の生活を選択する者にはそれなりの金を渡したうえで、他クランへ紹介をするつもりだ。
ここ数年、兄が遠征を命じられることが増えてきた。そういう時は、俺も元騎士の者達を連れて、できるだけ応援に駆けつけるようにしている。兄を助けたいと言うのも勿論あるが、軍に我々の存在と力を示しておくためだ。兄が王位に就いたら、俺は将軍職を賜る予定だからだ。
遠征を終わらせて王都に凱旋すると、たいてい祝賀会が行われ、王都民に振る舞いが行われる。それにも参加して王都民に俺の存在感を示している。
昨年、入団した新人冒険者の中にミレイと言う子がいる。最初は男の子だと思っていた。男の子にしては小柄で綺麗な顔立ちだと思った。しかし外見とは裏腹に彼の戦闘力は高く、既に中堅レベルだった。ミレイは俺に非常に懐いてくれて慕ってくれた。
最初は「弟」の面倒を見ている感覚だった。しかし直ぐに愛情に変わっていくのを感じていた。最初は、庶民のしかも同性である男に恋愛感情を持つなど有り得ないと思った。同性同士の恋愛を否定するつもりはない。騎士団など男ばかりの集団では、男同士で恋愛感情を持つ者もある一定数いる。しかし俺は「弟を可愛がる兄」の立ち位置を変えるつもりはなかった。
俺は王位継承権を放棄したと言えど、王族であり、血統を残す義務がある。だから迂闊な相手と結ばれるのは不味い。王家にとって有益な貴族との婚姻が望まれる。それは余計な火種を生まないよう、兄が王位に就いた後になるだろう。
オーガの討伐の時、事故が起こった。ミレイが止めを刺し忘れていたオーガから身を挺して俺を守ってくれたのだ。当然、そのオーガは俺がしっかり始末した。しかしミレイはオーガに腹を切られて重傷を負ってしまった。
「血の気が引く」と言う体験をしたのは初めてだった。慌てて応急処置を施したが、このままでは命が危ぶまれる状況だった。そして間抜けな事に、俺はこの時になってやっとミレイが女性である事に気づいた。「ミレイを失いたくない」と切実に思った。クランの治癒師に診せる必要がある。
引き留める部下を振り切って、馬を乗り潰す勢いでクロピドのクランの本拠地へ急いだ。冷たくなっていくミレイの体を、俺の体温で少しでも温める様に抱きしめながら必死で走った。何度も「死ぬなよ!生きろ!」と叫びながら。
ミレイが何とか命を取り留めた時には、安堵のあまり全身の力が抜けてしまった。この数日で、俺が如何にミレイを大切に思っているか自覚してしまった。ミレイが女性だと最初から分かっていたなら、きっと彼女との間に一線を引いて接していただろう。男の子だと思っていたから懐に入れてしまった。そして心を預けてしまった。もうミレイを手離せない。
しかし、俺は気持ちのまま生きることのできない立場だ。兄を支え、パミドロル国と国民を守る義務がある。しかし愛妾などと言う立場にミレイを立たせたくない。だけど、側に居て欲しい。心の中は、葛藤に苛まれていた。
その葛藤はある日突然、終わりを告げた。バジリスクの討伐を行った後に開いた宴会の席で、気持ちよく酔っていた俺は、あろうことか、ミレイを部屋に連れ込み、唇を奪ってしまったのだ。最悪なのは、あれだけ激しくキスをしておいて、俺は、途中で寝落ちしてしまったのだ!
男としてあり得ない!
自分が信じられない!
翌日、目を覚ました俺は、取る物も取り敢えず、彼女の部屋へ急いだ。
途中でクラバモスに呼び止められた俺は、デクトを始めとした俺のパーティー全員が酒に酔って、色々やらかしたと報告を受けた。あの堅物のデクトが下着一枚でテーブルの上に登って踊ったり、普段穏やかな奴が殴り合いの喧嘩をしたり、クランの窓から外に向かって放尿したりした奴もいたそうだ。
クラバモスはバジリスクの毒を皆が気がつかない位に薄っすら受けていたのではないか?それが酒と相乗して異常な行動を取らせたのだろうと、考察した。
「団長は大丈夫だったかぁ?」
「いや、大丈夫じゃなかった。ミレイに謝らないと・・・」
ミレイは部屋に居た。まだ寝ていたようだ。扉を開けて出てきた、寝起きの不機嫌そうな彼女の顔が愛おしく感じる。重症だ。
俺はミレイに真摯に向き合い、謝罪し、告白した。
ミレイは真っ赤な顔をして受け入れてくれた。俺はパミドロルで一番の幸せ者だと思う。もう彼女の他に欲しい物はない。
口づけから始まった関係だが、直ぐに体を繋ぐつもりはなかった。彼女はまだ心も体も成長途中なのだから、俺の欲望よりもミレイの気持ちを優先しなければと思っていた。2人の信頼関係が十分に育ってから事を進めるつもりだった。実際、半年は我慢したのだ。しかし、ミレイが何をしていてもいちいち可愛らしくて、仔猫のような甘え方がまた堪らなく可愛くて、俺の理性は半年で我慢の限界が来てしまった。
ミレイが18歳になった夜、俺の家に連れ込んで体を重ねた。彼女の中は最高だった。少々強引に事を進めたところもあったが、彼女も進んで受け入れてくれたから大丈夫だろう。
俺は兄を助けて、しっかりとパミドロルを安定させ、ミレイが戦禍に巻き込まれる事など無いようにする。彼女を何としても守り抜くと、俺の剣に誓おう。
そしていよいよ、兄が王位に就く日が来た。俺たち兄弟は最悪、父王を暗殺する方法まで選択肢に入れていた。でも、できれば穏便に事を進めたかったので、急病で身罷ったのには助かった。
ここからは時間との勝負だ。王派の貴族達が既得権益を独占しようとするのを阻止して、出来るだけ王宮から追放するか、力を削ぎたい。軍部と国庫をこちら側で掌握してしまわなくてはならない。数人の部下を連れて王都へと急いだ。
ミレイは恋人が王弟だなんて聞いたらびっくりするかな? 身分差を気にするかも知れないが、大丈夫だ。彼女をどこかの貴族家に養女として迎え入れて貰えば良いのだ。そもそも、ミレイは貴族出身なのではないだろうか? 少なくとも両親はそうだった筈だ。言葉使いは庶民のそれだが、彼女が持つ知識、ちょっとした所作、魔力量を考えると、この推察は間違っていないだろう。
彼女のびっくりする顔を想像して、それを実際に見る日を楽しみにしながら、これからの怒濤の作戦を乗り切ろうと思う。




