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限られた時間、頑張る!

 目覚めたら、自分のベッドの上だった。

 成長不良の痩せぎすな体に、黒髪。うん、今世の私だ。


「はぁ~~~」


 深いため息が出た。

 ちょっと頭の中の整理が必要だ。


 ゆっくり夢の内容を思い出す。素直に前世の記憶だと理解する。根拠はない。ただそう感じられる鮮明な記憶だ。前世の記憶を保ったまま生まれ変わったと言うことか。

 そんな話は聞いたことがない。ないが、そんな人が他にもいたとして、「自分は前世の記憶がある!」って吹聴して回るかと言えば、たぶんしない。自分だって話す気はない。そんな事を口に出したら、正気を疑われるか、逆に信じられた場合、どこかに閉じ込められて徹底的に調べられる未来しか見えない。


 今世の記憶もちゃんとある。

 私の名前はリリカ。エタノルの国王トブラシンの庶子だ。母、アミカはトブラシンの3番目の側室に仕える侍女だった。母が洗濯物を運んでいる時に、臣下を撒いて1人城内をブラリ旅していた父王の目に留まり襲われた。その1回で母は私を身籠った。母が仕えていた三番目の側室は嫁いで5年になる頃であったが、当時、懐妊の兆しはなかったらしい。いまでは1女を授かったらしいが。


 当然、睨まれる。


「主人を差し置いて王に色目を使うとは何事か?!」

「子が授からぬは我に責任があると言いたいのか?!」

「飼い犬に手を噛まれるとはこの事じゃな!」


 もちろん、母には主人(名前は聞いたが忘れた。覚える気がない、とも言う)に背くようなつもりなどある筈もない。主人も心のどこかでは分かっていたのだろうが、溜まりに溜まった鬱憤の捌け口にされたのだろうと、母は言っていた。実家からは「早く子を成せ」とせっつかれるし、王子、王女を生んだ他の側室からは嘲笑われて。

  

「お(ひぃ)さまは限界だったのよ」


 母は寂しそうに話してくれた。


 トブラシンも母の尻を見てちょっと興が乗った程度であったので、母を守ってはくれなかった。側室に召上げられる事もなかった。辛うじて、王宮裏の森の管理小屋に住まうことが許された。


 粗末な小屋で母子2人、細々と暮らしてきた。一応、食料は分けて貰えるが、量は少なく、傷んだ野菜が中心で、調理も自分達でやらないといけない。母の実家(男爵家)も主家の顔色を窺って、あまり援助はできない。

 今もたまに母の元主人である3番目の側室の侍女たちが、私たちの小屋にやって来て、嫌みを言ったり物を壊したりする。昨日までの私は、震えながら小屋の裏に隠れて、侍女たちの暴挙をやり過ごすので精一杯だった。次に同じことがあったら、水をかけてやるくらいの反撃はするつもりだけど、輿入れが迫っているいま、もうその機会はなさそうだ。

 

 本当にギリギリの生活だったと思うが、母は幼い娘にできるだけひもじい思いをさせないように工夫してくれていた。昨日までの自分は気づいてなかったが、前世の記憶を取り戻して大人並みの思慮を得たせいか、母の苦労を推し量れるようになった。そして、精神的にも前世(ミレイ)の強さが出てきた。

 

 母は愛情一杯に育ててくれたが、決して甘やかさず、読み書き計算、地理や歴史などの学習、行儀作法、料理・洗濯・掃除など生活の術など、多くのことを教えてくれた。色々身につけておけば、成人した後(16才で成人となる)、どこかのお屋敷で侍女にでもなれたら食いっぱぐれる事がないだろうと考えたのだろう。


 因みに前世から、かなりの年数が経過しているようだ。母に教わった歴史や地理の知識から推察すると、たぶん60年以上。パミドロルは前世ではまだ中程度の国力の国だったはず。そして前世、ミレイの暮らしていた国はタリビートと言う名だったが、今は、もうずいぶん前にパミドロルに滅ぼされて取り込まれている。タリビートはダルベート大陸中央部の西の端。一部を海に接した国だった。ミレイの出身の村は国の東の辺境部だった。

 ダルベート大陸の人間の髪や瞳は北に行くほど色が薄くなる。エタノルは南端なので、国民も王族も皆、黒髪、黒瞳だ。ミレイの出身、タリビート人の髪や瞳の色は、濃淡の個人差はあるが、概ね茶色だ。大陸の北方に住む人は金色や銀色の髪色、水色や緑色の瞳などであるらしい。パミドロルの大元の場所はタリビートの少し南だったはず。国土を広げたことで、今のパミドロルには色んな髪色や瞳の色の人間が交じっている事だろう。


 そして昨日の父王の言葉を思い出す。

 パミドロルの王太子。その31番目の側室。実態は人質で間違いないだろう。

 エタノルはパミドロルに恭順を示しているが、パミドロルからすればいつ裏切るか分からない。ダルベート大陸にはまだパミドロルに屈していない国がいくつかあるし、急激に拡大した国土の辺境部は安定した治世を行うのがまだまだ難しい筈だ。

 国が滅ぼされても国民を根絶やしにしたわけではない。国の再興の機会を虎視眈々と狙っている勢力も多いだろう。


(そのような抵抗勢力がどの程度活発に動いているか、今の私の立場では知る方法がないので、あくまでも想像の域を出ないが)


 それらの勢力とエタノルが通じられては困るわけだ。エタノルに裏切らせないための人質。まあ実際のところ、私はエタノルにとっては失っても惜しくない冷遇された庶子なのだけど。


 トブラシンには正妃や側室の間に子が5人いて、うち2人が姫である。姫は16才と6才で、2人とも結婚や婚約はまだらしい。

 彼らは王宮に住んでおり父王や母方の実家の後ろ楯があり、守られている。その後ろ楯たちは大切な姫達が人質になることを許すわけがないだろう。

 そこで、ちょうど良いのが居たとばかりに私にその話が回ってきたと云うわけだ。

 私は母の元主人である3番目の側室の子と言うことにしたらしい。


 できれば母と2人、穏やかに暮らしていきたかったが、この話は断れない。母の命がかかっている。輿入れは7日後。


 パミドロルの王は残虐だと噂を聞いた。その息子の王太子も推して知るべしだろうなぁ。30人以上もの側室を侍らせるくらいだし、かなりの好色か?幼児趣味がなければ良いのだけど。何とか興味を持たないでくれないかな。





▼△▼△▼△


 記憶の整理をある程度つけたリリカは、身嗜みを整えて、居間兼食堂に出た。母は既に起きていて(もしくは昨夜から一睡もしていないのかも)、朝食の準備をしてくれていた。


「おはよう、母さま」

「おはよう、リリカ。よく眠れた? 朝食は食べられそう?」

「うん、大丈夫、食べるよ」


 母は穏やかに、でもちょっと寂しげに微笑んで、パンと温かなスープを出してくれた。具材なんて野菜の切れ端が少し浮いてる程度の粗末なスープだったが、もうあと少ししたら母の料理が食べられなくなるのだと思うと、切ない気持ちになり、丁寧にゆっくり味わいながらいただいた。

 食べながら、ポツポツと会話する。


「あなたがいなくなると寂しくなるわね」

「うん」

「あなたを守ってあげられなくて、ごめんなさいね」

「ううん、ずっと守ってくれていたよ」

「パミドロルの殿下がお優しい方だったら良いわね」

「うん」

「あなたは陛下に似ず、私に似たから、将来は美人になるわ。きっとパミドロルの殿下も気に入ってくださるわよ」

「そうかな」

「向こうに着いたらお手紙ちょうだいね」

「うん」


 まるで無言になるのを恐れるかのように、母はずっと話しかけてくれるのだった。




▲▽▲▽▲▽

 

 前世の記憶を取り戻した時に気づいたんだが、私には魔力がある。しかも貴族並みに潤沢だ。いや、貴族なんだが。父は王族、母は男爵の出である。当然か。前世では攻撃魔術が使えなかった。今世では是非とも習得したい。


 貴族でも女性はあまり魔術を学ぶことが無いようで、今まで母も教えてくれなかった。それがいきなり「攻撃魔術をおしえて!」なんて言い出しても、母も魔術の知識はないだろうし、びっくりさせるだけだろう。母には前世の記憶については話してないし。話すつもりもない。無駄に心配させるだけだ。

 王宮の書庫には魔術関連の書籍があるだろうが、私は王宮への立ち入りを許可されていない。


 パミドロルの後宮がどんな場所なのか、私の貧困な(前世、今世あわせても)知識や想像力では分からない。やっぱり物語の定番では魑魅魍魎な世界だろう。栄養不良で成長不良ぎみな、いまの私が生き残れるのか心配でならない。


 輿入れまでの7日間、生き残る術を身につけるべく、取り敢えず魔力操作の訓練から始めた。『身体強化』の魔術は体の成長を妨げる可能性があるので、体力をつけるまでは封印だ。


 あって良かった前世の記憶。


 魔力操作とは、自分の体内にある魔力を感じ取って、集めて、練って、体の中を動かす事だ。体じゅうの魔力をきっちり集め切るのは初心者には意外と難しい。そして集めた魔力を体の中心に集めたり、それを指先に動かしたり、5指に均等に振り分けたり。右手に8割、左手に2割と振り分けたり・・・。とにかく、魔力を自由自在に動かす事ができると、魔術を発動するときに放出する魔力量の調整が正確にできるようになるのであり、正確で無駄のない魔術を発動できるのである。精密な魔術の発動には緻密な魔力操作が必要と言うわけだ。まぁ、メルファランの受け売りだよ。


 その他に森の中を歩き回って体力強化(走り回る体力はない)、罠を仕掛けて小鳥などを獲ったりして栄養状態の改善に努めた。


 2日間ほどみっちり訓練して、しっかりと魔力操作の勘を取り戻せた段階で、次に生活魔術の訓練に取りかかる。確かメルファランは、生活魔術を正確に精密に発動できるように徹底して訓練することで、その後に覚える攻撃魔術の精度が格段に上がると言っていた。


 まず、火魔術は小さな小さな火を指先に出して維持する訓練。次に、その小さな火に息を吹き掛けて、消えたりしない様に維持する訓練。次に指から離れた位置に火を出す訓練。指から離す距離を少しずつ空けていく訓練。その次は複数の火を出す訓練。という具合だ。

 水魔術は一滴から始めて、手のひらに乗るくらいまで、正確に思い描いた量を出す訓練。狙った場所に正確に出す訓練、水を宙に浮かせておく訓練。宙に浮かせた水を移動させる訓練。などなど。

 土魔術は穴を掘る訓練。地面から器や棒、石礫など様々な形の物を作る訓練。

 風魔術は、紐を沢山ぶら下げて、狙った紐だけを揺らすように風を飛ばす訓練だ。


 6日間の訓練ではまだまだ納得行くほどは出来なかったが、前世で使えた全ての生活魔術が問題なく行使できた。攻撃魔術でも複数の属性に適性があると良いのだけど。現時点でも、いざというときは生活魔術と『身体強化』の魔術で逃げる事くらいならできそうだな。


 出発まで7日あるはずだったんだけど、1日、訓練期間を削られてしまった。

 前日の朝、いきなり兵隊が現れて、予告なく王宮に連れていかれたのだ。


(いや、輿入れの話をされた時に言われていたかも知れない。あの時は、父王の話の殆どが頭を素通りしてたからなぁ)


毎日更新中

明日は幕間

明後日から新章スタートです

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