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本日も宜しくお願いします
盛大に飲んだその後に待ち受けているのは…
夢の中で、ミレイはオーガと戦っている。魔力は尽きかけている。そのせいで動きが鈍い。脳が出した指令通りに手足が動かず、もどかしく感じる。その時、頭に衝撃が与えられる。崩れ落ちながら振り返った先にはこん棒を振り上げたトロールが残忍な顔をして笑っていた。
その瞬間に激しい頭痛で目が覚めた。
「いってぇ~~~っ」
頭に鉄の輪を嵌められて締め付けられている様だ。思わず頭を両腕で抱えて、俯せになり額を枕に押し付ける。心臓の拍動と同じリズムでズッキズッキズッキと痛む。目は回ってるし、胃の辺りに何とも言えない不快感が漂っている。
(こ、これが世に言う、二日酔い!?)
「うぅぅ~」
暫くそのままの体勢で、昨日の事を思い出す。
昨日クラバモスとの模擬戦の後、「歓迎会だぁ~! 宴会だぁ~!」となり、
(こいつらただ、飲む理由が欲しかっただけじゃねぇか?)
今世初めての酒を飲んだ。前世は酒にめっぽう強く、ザルだった。
今世も同じとは限らないので、最初は用心しながら飲んでいたのだ。結果、リリカは酒に強かった。それが不味かった。そこそこ強いがザルと言うほどではなかったのだ。
最初は楽しく飲んでた。フマルと飲み比べをしている時もまだ良かった。フマルを酔い潰して、次にクラバモスに飲み対決を挑んだのが不味かった。今度はリリカが見事に酔い潰れて、クラバモスの胸元に盛大にゲロり、そのまま荷物のように肩に担がれて運ばれ、いまリリカが寝ているベッドに投げ込まれたのだ。
目眩が多少マシになった時点で、のそのそと起き上がり部屋を出る。廊下の先に下り階段が見える。ここはクラン“蒼天の鷹”の拠点の2階の様だ。歩く振動でも頭痛に響くので、そろりそろりと階段を降りていく。厠が見えたので入り、用事を済ませてから嗽をする。口がゲロ臭かったのだ。ついでに顔も洗って、風魔術で水滴を吹き飛ばす。
多少はサッパリして、昨日飲んだ酒場に入ると、数人の冒険者が朝食を食べていた。昨日の宴会にはいなかった冒険者の様だ。恰幅のいいおばちゃんがテーブルの間を縫うように忙しく歩き回って、冒険者に朝食を配膳している。と、おばちゃんがリリカに気付き迫力のある声で話しかけてきた。
「あら! あんたが、昨日入団したって言う新人ちゃんかい!? 朝ごはん準備するから、好きな席に座りなよ!」
頭痛を直撃するおばちゃんの声に顔を顰めながら、力なく答える。
「はい、よろしくお願いします。二日酔いで頭が痛いので、声を抑えて貰えませんか?」
願いも虚しく、全く声を抑える様子のないおばちゃんが続けて喋る。
「なんだい! 二日酔いかい!? 入団早々しょうがないねぇ! 待ってな! 二日酔いの薬とスープを用意してあげるよ!」
そう言って、いそいそと厨房と思しき扉の向こうに消えていった。
「はぁ~」
おばちゃんの背中を見送った後、ため息をつきながら近くのテーブルに着く。と、同時におばちゃんが戻ってきた。
「はいよ!これが二日酔いの薬。こっちがスープ。それから水もたっぷり飲みな!」
緑褐色の丸薬、野菜とベーコンのスープ、それとグラスと水のたっぷり入った水差しを載せた盆が目の前に置かれた。
「ありがとう」
忙しなく去っていくおばちゃんに礼を言いつつ、まず丸薬を手に取ってみる。掌で包み込むように握っても隠しきれないくらいデカイ。勿論、一口に飲み込むなんて無理だ。仕方なく側面を少し齧ってみる。
「まっずぅっ」
何て言うか、馬にでもなった気分だ。水で流し込んで飲み込む。正直、萎える味だが、「良薬、口に苦し」だろう。我慢して齧り続けて、何とか全部飲んだ。次にスープをひと匙掬って飲んでみる。
「旨い!」
全ての具材から出汁と旨味が滲み出て、丁度良い塩加減と、少しの香辛料が渾然一体となって、身体中に染み渡る。体の全ての器官が生き返るようだ。夢中でスープを飲む。
スープを飲み干して、その余韻を味わいながら、水を飲んでいると、突然、背中を叩かれた。少し噎せた。
「よぉ! 早えぇなぁ!」
「グフォッ、ケホッ、ケホッ、ケホッ」
クラバモスの大声が頭痛に刺さる。顔を盛大に顰めて、ジト目を向ける。
「何だぁ? 二日酔いかぁ!? 弱えぇなぁ!」
自分の声さえも頭に響くので、小声で叫ぶ。
「煩い! 頭に響くから大声出すなよ」
「がぁっはははははっ!」
クラバモスは大声で笑いながら、リリカの頭を、その大きな手で乱暴に撫でてきた。勢いに負けて頭がぐりんぐりんと掻き回される。
そっと体に『身体強化』をかけて、頭を撫でている腕を取り、素早く体全体で捻って、投げ飛ば・・・そうとしたのだけど、上手く腕を抜かれて逃げられる。
「そんな何度も同じ手にやられるかよぉ」
「ちっ」
「がははぁ。ところでお前ぇ、いま噂の“一人で稼いでいる凄腕のガキ”だったんだなぁ。昨日は気がつかんかったぜぇ」
「凄腕かどうかは分からないけど、噂にはなってるよ」
「やっぱりなぁ。蒼天の鷹に欲しいなぁって話してたんだがぁ、どこのクランの勧誘にも靡かねぇって話だったからよぉ、半ば諦めてたさぁ」
「クラン選びは慎重にしたくて、ソロで活動しながら様子を見てたんだよ。で、蒼天の鷹が一番、印象が良かったからね」
「がははははっ、嬉しい事言ってくれるじゃねぇかぁ」
また頭をぐりんぐりんと掻き回される。
その手を叩きながら、声を荒らげる。
「やめれっ」
そう言えば、いつの間にか頭痛が消えているし、胃の不快感も消えている。
(あのくそ不味い丸薬、めちゃくちゃ即効性あるじゃん!)
「ところでぇ、いまは宿住まいだろぉ? 寮に部屋が空いてるから入れるぜぇ。それからぁ、団長と副団長は長期の依頼で不在だぁ。奴等が帰ってくるまではぁ、わしがここの代表だぁ」
「承知。宜しく頼む。鍛練とかはどうなっている?」
「依頼に出ない日は午前中が鍛練の時間だぁ。今日は休んでて良いぜぇ。明日から、朝の鐘が鳴ったら、裏の訓練場に集合だぁ。新人は暫く依頼には出さねぇ。こっちがお前ぇの力量を把握しなきゃぁなんねぇ。それに戦闘時の連携を取るのに、お互いに慣れる時間が必要だからなぁ」
「承知。お言葉に甘えて、今日は休ませてもらう。午後は自由なのか?」
「読み書きができねぇ奴はぁ学習の時間だ。お前ぇはクランの規約の説明とかもだなぁ」
「読み書きは大丈夫だ。規約の説明だけ頼む」
「へぇ・・・学があって、魔力もあって、お前ぇの出自が気になってくるなぁ。でもまぁ、余計な事は聞かないさぁ。皆誰しも色々抱えて、冒険者になってんだからなぁ」
冒険者の不文律と言うものがある。「相手の過去を問わない」「過去の身分は関係ない」だ。冒険者には過去を知られたくない者が少なくない。なので相手に対して過去を問うのは基本的に勧められない。
その後、部屋へ案内してもらった。隣に別棟の建物があって、そこがクランに所属している冒険者たちの寮になっていた。幹部はそれぞれ自宅を持っていて、寮には入っていないそうだ。
リリカは宿を引き払って、与えられた部屋でのんびり過ごした。
(そう言えば、クラバモスにゲロの謝罪をし忘れたな)
と気がついたのは夜になってからだった。
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明日はクランの鍛練の様子など




