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本日も宜しくお願いします
クランに入団します
その拠点は、石造りの2階建ての建物だった。開いたままの扉から建物に入ると、そこは広い酒場になっていた。数名の冒険者が1つのテーブルを囲んで酒を飲んでいるのが見える。いずれも厳つい、筋骨隆々の男たちだ。カウンターにはバーテンダーがいて、こちらは灰色の髪の比較的細身の男だった。
リリカがカウンターに向かって歩いていくと、酒を飲んでいた冒険者の1人が怒鳴ってきた。
「おい、坊主ぅ! ここは子供の遊び場じゃねぇぞぉ! さっさとお家に帰んなぁ!」
怒鳴ってきたおっさんは巨漢と称して良いほどの体格で、頭部には髪の毛が一本も生えていない代わりに、顎には黒々としたモジャモジャの髭が生えている。そして右頬には縦に走る傷痕が見えた。そんな冒険者をちらりと横目で見て、特に反応を返さずそのままカウンターに向かい、バーテンダーに声をかける。
「今までソロで活動していた冒険者です。こちらのクランに入団を希望します」
そう言った瞬間に左肩をぐいっと引っ張られて振り向かされた。
私の肩を握っているのは、さっき怒鳴ってきた冒険者のおっさんだった。
(一瞬でこの距離を!?)
おっさんが飲んでたテーブルまで10歩以上あった筈だ。
そして耳元で、50歩くらい離れた人にでも聞こえるような大声で怒鳴ってくる。
「おい! 何、無視してんだぁ! 無礼てんのかぁ!? あぁん!?」
(耳劈くよ)
「煩せぇよ。そんな大声出さなくても聞こえてるよ」
顰めっ面で返せば、さらに怒りを煽った様だ。顔を真っ赤にして怒鳴ってくる。
「聞こえてるんなら無視するなよぉ! 餓鬼の遊び場じゃねぇんだから帰れよぉ!」
(だから、耳劈く)
「こっちも遊びのつもりはない。クランへの入団を申し込みに来た。こう言う場合、まず素面のやつと話そうとするのは当たり前だろ。酒臭せぇから顔近づけんなよ」
「てめぇの入団なんか許可するかよぉ! 駄目だ駄目だ駄目だぁ! 帰れぇ!」
「あんた、ここの団長か何か? 許可、不許可を決める立場にあんの?」
「団長じゃねぇけどよぉ、俺が駄目だって言ってんだからぁ、駄目なんだよぉ!」
「・・・・・・」
無言で体に『身体強化』をかけて、私の左肩を掴んでいるおっさんの腕を取り、素早く体全体で捻って、投げ飛ばす。
私の倍はあろうかという冒険者のおっさんが、どぉうという音と共に一瞬後には背中を床に着けて唖然とした顔をしていた。
「戦闘能力を見てから決めてくんない?」
「確かに」
私の呟きに答えたのは、バーテンダーだった。
▲▽▲▽▲▽
改めて自己紹介して、まだ真新しい冒険者証を提示する。
「その背ぇで成人してるのかよぉ。どう見ても10才くらいのガキにしか見えんかったぜぇ」
「しかも坊主じゃなくて、嬢ちゃんかい。ひゃっはっはっ」
「ミレイちゃん、さっきのは『身体強化』かい? 体術が綺麗に決まってたなぁ」
さっきからむさ苦しいおっさん達に囲まれて、わいのわいのと喋りかけられてる。矢継ぎ早に質問されても、どれから答えて良いのか分からん。さっきは怒鳴ってたおっさん(クラバモスと名乗ってくれた)も、にこにこと話しかけてくる。戦闘力は正義だ。
クランの建物の裏はちょっとした広場になっており、そこが訓練場であった。十数人の冒険者達が鍛練している。いまそこでリリカは模擬戦の準備をしている。手頃な長さの訓練用の槍を選んで、軽く振ってみる。うん、重さも問題ない。
「得物はこれを借りるよ。誰と戦ば良い?」
「おい、フマルゥ! お前ぇ、相手してやれぇ!」
クラバモスの呼び掛けに、嫌そうな顔をしながらも若い冒険者が近づいてきた。私とたいして年の変わらなさそうな、茶色い髪に茶色い瞳の青年だ。背は頭1個分くらい向こうの方が高い。彼も槍使いらしく、訓練用の槍を持っている。
「こいつは先月に入団したフマルだぁ。お前ぇと同じで槍を使う。殺しや後遺症の残るような攻撃は駄目だぁ。どちらかが負けを認めるか、得物を落とすか、地面に倒されたら終了だぁ。分かったら、中央に出ろぉ」
二人が訓練場の中央に移動して、槍を構えたのを確認してクラバモスが開始の合図をする。
「・・・・・よし、良いなぁ。戦闘開始ぃ!」
二人が槍を構えながら、お互いに相手の隙を窺う。
数秒睨みあった後、リリカが徐にまるで散歩でもするかのようにフラりと前に出る。
その予備動作も殺気もない自然な動きに、フマルの対応が一瞬遅れる。
フマルが「あっ」っと思った時には、突然、鋭く踏み込んだリリカが槍でフマルの槍先を払い落として、更にフマルの胴に槍先を突きこんでいた。槍先は訓練用に刃が落としてあり、突き刺さることはないが、鋭い突きの衝撃で、フマルは後ろへ押されて、数歩踏鞴を踏んだあと、尻餅をついた。
「ミレイちゃんの勝ちぃ!」
「かぁー! フマルゥ! 情けねぇなぁ。もうちぃっとは踏ん張れよぉ」
「女の子相手に鼻の下伸ばしてんじゃねぇぞ! ひゃっはっはっ」
「お前、訓練場100周走ってこいや」
途端に乱れ飛ぶヤジの嵐。
フマルが立ち上がりながら、口を尖らせて反論する。
「今のはちょっと油断しただけだよ。次は負けない!」
「フマルよぉ、魔獣との戦いでも同じこと言うのかぁ? 油断してたからもう一度戦い直して下さいってぇ?」
「そうだぞ、今のが訓練用の槍じゃなかったら、お前はもう死んでんだぞ」
「そうだ! そうだ! 女の子相手に鼻の下伸ばしてんじゃねぇぞ! ひゃっはっはっ」
「うぐっ・・・ちっ」
ヤジの追撃にフマルは舌打ちしつつも槍を置いて走り出した。
「さてぇ、次はわしが相手だぁ」
と、クラバモスが槍を持って中央へ出てきた。
「ルールはさっきと同じだぁ。さっきは油断したが、次はそう簡単じゃないぜぇ」
(さっき偉そうなこと言った、その口でフマルと同じ台詞を言うか!?)
突っ込みは心の中だけにして、油断なく槍を構える。クラバモスはさっきまで酒を飲んでいたとは思えないほど隙が無かった。その口元にニヤリとした笑みを湛えながら自然に立っているだけなのにも関わらずだ。歴戦だな。奇襲を使わないと、とても勝てそうにない。
(本気でいこう)
そう決めて、『身体強化』を纏う。そして素早く踏み込んで、槍を突き出すが簡単に弾かれる。予想していた展開だったので、構わず次々に槍を繰り出す。『身体強化』を纏った最大限の速さでだ。
「速っ!」
観衆の誰かがボソッとこぼす。
リリカの最速の槍さばきにも余裕で対応するクラバモスが、次は俺の番だとばかりに、攻撃に転じてきた。と、その瞬間リリカは『移動』を発動。クラバモスの背後に『移動』したリリカは、振り返りながらその背中に槍を突き入れる。
「なっ!」
だが、察知したクラバモスがぐりんと振り返ってリリカの槍を弾いた。しかし、そこまでだった。無理な振り向きと反撃にクラバモスは大きく体勢を崩した。再度、鋭く突き入れたリリカの槍がクラバモスの喉元で寸止めされた。
一瞬の静けさの後、
「うぉ~~~~~!!! クラバモス相手に一本取ったぁ~!」
「すげぇぞ! 嬢ちゃん!」
「クラバモス! 落ちたなぁ!」
「クラバモス! 女の子相手に鼻の下伸ばしてんじゃねぇぞ! ひゃっはっはっ」
「クラバモス、骨くらい拾ってやるぞ!」
「命日、命日!」
大変な大盛り上がりである。
「煩せぇ! 死んでねぇよぉ。まだまだ現役だぁ、こらあぁ!」
嫌そうな顔をしたクラバモスがヤジに反論しておいて、リリカを振り返り、顔を真面目なものに変えて声をかけてきた。
「素晴らしい奇襲だったぁ。うっかりヤラれたぜぇ。入団の最終判断は団長と副団長だが、俺の推薦があれば問題ねぇ。歓迎するぜぇ」
そう言って、右手を出してきた。
「ありがと。よろしくお願い」
リリカも右手を出して、握手した。
小娘に負けて悔しかったらしい。笑顔で力一杯、握ってきた。『身体強化』を纏ってなかったら、右手が碎けてたよ。こちらも負けじと、満面の笑みを浮かべて、握り返した。暫く握りしめ合いながら笑顔で見つめ合う。数秒後、同時に手を離した。
(くそ痛ぇーよ!)
毎日更新中
明日は、二日酔いって辛い




