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本日もよろしくお願いします
リリカは進化します
後宮に来て、半年が経った。
季節はすっかり冬だ。首都パミドロネートはエタノルよりもずいぶん北なので寒い。時々雪がチラつく日もある。まだ積もる様子はないが。
母にはもう10通以上の手紙を出しているが、いまだ返信はない。マルボが手紙を握りつぶしているのか、エタノルでそれが行われているのか、分からない。
この間、お茶会へは月に1回程度、呼ばれている。そのたびに何とかトラブルを避けることができている。
お茶会の会場が急に変更になったが私に変更の連絡がなかったとか
(『索敵』で見つけて、無事参加)
私の席の座面にガラス片が落ちていたとか
(『鑑定』で気づいて、テーブルにあったナプキンで払った)
私に出されたお茶に媚薬が混ざっていたとか
(『鑑定』で気づいて、持病の腹痛を発症した)
とある側室のお屋敷でのお茶会に行ったら、お屋敷に入る際、2階のベランダから水が降ってきたとか
(『索敵』で察知して、『障壁』で守りながら建物に駆け込んだ)
楽器演奏会が一番困った。各自、得意な楽器を持ち寄って皆で音楽を楽しみましょうと言うものだ。楽器なんて演奏できないので(そもそも持ってない)、歌唱にしようとしたのだけど(音痴だけど)、どうしても楽器でないと駄目だと。仕方がないので庭から草を採ってきて草笛を吹いた(前世の記憶ありがたや)
まぁ・・・野生児ってバカにされて大笑いされたけど。
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鍛練と栄養状態の改善のおかげで、体力・筋力はずいぶん付いてきた。かなりの距離を走り続けることができるようになったし、身長の1.5倍の長さの槍(棒)を扱うことができるようになった。最近は一通りの型稽古をやった後、実戦に使えるような速さでも鍛練している。更に、林の中に案山子を立てたり、木に棒をぶら下げたりして敵や敵の攻撃に見たてて打ち込みをする。木の杭を何本も立てて、その杭の上だけを移動しながら型をやったり、より実戦に対応した訓練を行っている。
「ふんっ」
鋭く踏み込んで槍を突き出す。
飛び散った汗が午前の陽に照らされてキラキラ輝いた。
案山子の胸を貫いた瞬間に、突くのと同じくらい素早く槍を手元に引き戻す。
槍は、突くのも大事だが、引くのも大事である。長柄の武器と言うものは、柄を相手に持たれて奪われる危険があるからだ。ミレイの時代、初心者の頃にそれで何度か危険な目に遭ったことがある。
「ふんっ」
また鋭く踏み込んで槍を突き出して、直ぐに引く。
振り返って、別な案山子を突く。
何度も何度も。相手を替えながら、突き続ける。
槍を扱う掌はすっかり硬くなっていた。王太子の側室とは思えない、武人の手になりつつあった。
「えいっ」
「はっ」
次は、木にぶら下げた棒を、槍で打ち払う。振り子の様に返ってきた棒を今度は反対側へ払う。また返ってきた棒を頭を傾けて躱して、別の棒を打ち払う。
何度も、何度も、棒を変えながら、打ち払い続ける。
足の裏の皮も分厚く硬くなった。
最後に、杭を渡りながら槍の型稽古をやる。杭は高さや間隔がまちまちだ。その上を渡り歩くのだが、姿勢や重心の位置、平衡感覚、足の裏のどこで杭を踏むのかなど、杭から転落しないようにするには、相当な集中力が必要だ。その上で、より速く、より鋭く、槍を突くのだ。足元に集中し過ぎて槍の扱いが乱雑にならないように体の全て、細部に渡って神経を行き渡らせる。
午前中いっぱい使った鍛練を終えると、全身から吹き出した汗が、湯気となって立ち上る。そんな体温の上がった体を冬の空気が急激に冷ましてくれる。一日の中で一番好きな一時だ。
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そんな鍛練の日々のせいで、服で隠れていない顔や手腕はすっかり日焼けしてしまった。お茶会の時は、最近手に入れた白粉を叩いて隠しているが、微妙に隠しきれていない気がする。
そしてリリカの体は、縦にも横にも成長した。もちろん、足も大きくなった。元々成長期だし、鍛練をしているのと、十分な食事が摂れているお陰だろう。エタノルから持ってきた服や靴はもう入らない。
最初はどうしようかと思っていたが、ひょんな事から解決した。後宮を囲む塀に抜け穴を発見したのだ!
鍛練前の走り込みをしていたある時、猫を見つけた。側室のどなたかの飼い猫が逃げ出したのかと後を追いかけたら、塀沿いの茂みに入っていくではないか。捕まえようと、その中を覗き込むと、穴を見つけたと言うわけだ。
穴は子供がギリギリ通り抜けられる位の大きさはあったが、茂みの中、地面を這って穴を潜ると、色々と面倒な事になりそうだったので、サクッと『移動』を使いました。因みにその猫は、壁を抜けた先にあった王城の下働き達の女子の寮を住処にしているらしく、彼女らが餌をやって可愛がっている様だった。
下働きたちの寮の倉庫には、お仕着せや普通の服、靴の他、生活に必要な色々な物が置いてあった。お城の物は王族の物。王族の物は側室の物。貰っていいはずだ。
そもそも、側室は後宮からお手当てを頂けるらしい。(最近、お茶会の席の側室たちの会話で知った)しかし、私はそんな物貰ってない。それを貰っていれば、出入りの業者から必需品を買い求めることもできたのだ。そこでエンロックス侍女頭さんに聞いてみたのだけど・・・
「人質に渡す金などございません」
取り付く島もなかった。
いくら人質でも、生活を保証する義務があるだろうに。
まぁそんな訳で、カーテンや服、防寒着、靴、毛布、白粉、裁縫道具など、他にも色々と手に入れて、家が快適になった。簡単な調理ができるように調理器具も手に入れた。だって、相変わらずマルボの持ってくる食事は冷めているのだ。温め直さないと体が冷える。
ドレスはさすがにそこでは手に入らない。一から作る技術もない。なので、後宮のごみ捨て場で見つけた、誰かの捨てたドレスからパーツを頂いて、小さくなったドレスを手直しして何とか誤魔化している。
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魔術は、初歩の攻撃魔術を十分に習得したあと中級に進んだ。さすがに家の裏の林で中級魔術を使えば衛兵に気づかれる。中級魔術の習得は半ば諦めていた。しかし、これも後宮を抜け出すことができるようになったおかげで解決した。兵士の魔術訓練所を見つけたのだ。兵士の訓練用の服を着て、軽く『隠密』を使えば、兵士に交じって訓練していても、「何となく存在には気づいているが、他の兵士と紛れて気にならない」状態になり、バレない。『隠密』の習熟度が上がったからできる技だ。
中級は、4属性それぞれ『火炎弾』『水弾』『飛斬』『土槍』を訓練中だ。火と水属性の魔術は、魔力を塊状にして打ち出す、鈍性の打撃を与えるようなものを、風と土属性は切る・刺す、鋭性の性質のものを選んだ。他にも色々な魔術はあるが、あまりたくさん覚えても、いざ戦いになった時に何を使うか迷うようでは困る。自分の持ち技は限定しておいた方がいい。まだ発動するに至っていないが、いけそうな気がする。
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図書館には最近あまり行かなくなった。魔術以外の事はだいたい調べ終わったし、魔術の本は『収納』で持ち歩いている。その代わり別な場所で情報収集をするようになった。
洗濯場だ。
後宮の洗濯場や王城の洗濯場で、侍女のお仕着せを着て、隅の方で洗濯していると、誰もこちらを気にしない。彼女らはとにかく噂話が大好きだ。話題は「素敵な殿方」の話や上司の悪口、仕事の愚痴などが大半を占めるが、中には非常に重要な物も含まれる。
まずエタノルの事だ。最初パミドロルはエタノルを放置していたらしいのだが、上納金を誤魔化したり、兵力を実際よりも少なく申告したり、まだパミドロルに抵抗している国と貿易をしたり、色々とやらかしたらしく、2ヶ月ほど前にパミドロルから執政官が送り込まれた。その時に、その「やらかし」の責任を取る形で父王は退き、息子(長兄)に王位を継承したらしい。いまのエタノルはパミドロルの傀儡になって、王はお飾り、政務の実質は執政官が担っているそうだ。エタノルの王族がどうなろうと構わないのだけど、母の事が心配だ。
それから王太子殿下の事。我らが夫は、妃殿下とご側室の上位九位までの10人にしかお渡り(閨)をしていないらしい。お渡りは3日に1回。10人で1ヶ月。だから何とか上位に上がろうと、もしくは、お渡りの回数を増やして貰おうと、十位以下の側室たち、と言うかその後ろ楯たちは必死に根回し、賄賂合戦を繰り広げているらしい。
そして、来月は王太子殿下の誕生日だそうだ。後宮に殿下をお迎えして、妃殿下と側室たち皆で盛大にお祝いする。側室たちは皆、ドレスを新調したり、贈り物を選んだりと余念がないらしい。
(うわぁ。ドレスは仕方ないとして、贈り物無しってまずいかな)
でも、これはどうしようもないな。
林で見つけた木の枝を彫って飾りを作る?
(王太子殿下に何を渡そうとしてんだよって)
どこかでハンカチを調達して、刺繍でも入れる?
(母に手解きを受けたので、刺繍は得意なほうだ)
うん、ハンカチにしよう。そうしよう。
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明日は、王太子殿下と初顔合わせか?




