第九話 いわゆるチート能力
窓から光が入ってくる。
どうやらカーテンを閉め忘れたらしい……まあ、いいや。
強い光量に抗えない薄目を、そのまま閉じる。
あーあぁ……晴れたのかよ、茶会できちゃうじゃねーか……
全く、空気の読めない天気だなぁ……雲一つ無いとか最高だな。
こんな日は、二度寝してサボろ……
コンコン、とドアをノックする音が聞こえた。
反射的に目を向けるがドアは既に開いていて、デュークが呆れ顔で立っている。
どうやら、了解を得るノックではなかったらしい。
「いつまで寝ているつもりだい?もう準備は始まってるよ、グレイ」
「先生がいればなんの問題も無いですよ。俺、茶会苦手なんですよねぇ……
気を使うんで」
「全く……君のサボり癖は学生の時から全然変わらないな。
三十になっても貫き通すのは、最早才能の域ではあるまいか?」
デュークは寝室の入り口に寄りかかり、少し煽り気味に話す。
その間にグレイは立ち上がって、身支度を適当にして部屋から出ようとしていた。
「はいはいっ、すいません、俺が悪かったです。嘘ですよ、ちゃんと出席しますって」
「謝罪は私よりも、エレアに言ってやるんだね。……健闘を祈るよ」
デュークはグレイの肩を叩いて、先に行く。
あ、ヤベッ……と思ったけどもう手遅れだった。
その後、雷と暴力がグレイに降りかかったのは言うまでも無い。
◇
茶会は何事も無く執り行われた。
元々、地下室に入りきらない他の村のお偉いさんとの親交を深めて、
協力関係を得る為に始めたものである。
わざわざ少し遠い村からも来て貰っているので、サボろうなんて本心では
思っていない………本当だ。
……それにしても、女性が多い。
何を話していいか分からないんだよなぁ。
俺くらいだよ、未婚なの……三十にもなって。
妻の立ち位置にエレアを仮で入れてあるけど、アレは違う。
男性もいるけど、会議に参加している人ばかりだから今話す事は特に……
「村の子供で、不思議な力を持っているとか、孤児がいるとか聞いた事はありますか?」
俺が聞くのはコレくらいで、単純かつ最重要事項。
”能力者”というのは、大体五歳位までに程度の差はあれ発現すると言う。
強い精神的衝撃が鍵だとか、神の祝福だー、とか言われているが発現条件には謎が多い。
俺とエレアは一緒に魔女狩りから生き延びたが、その恐怖と復讐心
からか、エレアには”怪力”の能力が発現した。
でも、俺には何も無かった。
俺だって強いショックを確実に受けた筈なのに、結局何も無かった。
運も関係しているのかも知れない。
今笑顔で会話を楽しんでいるエレアだって、何もしなければまあまあ美人
だけど……巨大な岩石を放り投げるくらいは普通に出来てしまう。
地面だって割っちゃう。
能力者はその能力次第ではあるが、戦力にして一人で一般騎士百人位の価値が
あるのだ。
なので、把握して引き入れておく必要がある。
いつ来るかわからない、決戦の日の為に……
俺……いや、人族は薄情なのかも知れない。
可哀想だと思っても、子供でも何でも使って勝ちに行こうとする貪欲な生き物だ。
だが、きっと怖くなればすぐに逃げ出してしまうだろう。
結局は利己主義的になってしまうのだ……誰しもが。
生きるとは、醜い本能だと思う。
「グレイ、ちょっとこっちへ」
「……?すいません奥さん、また後で……」
先生が久々に真剣な顔で俺を呼び出した。
俺としても、他所の奥さんとの会話の切り時に困っていた所だった。
家の裏側まで連れて行かれ、先生は手のひら程の石板を見せてきた。
「どうしたんです?そんな怖い顔して……それは……?」
「コレは伝達魔術が刻印された、試作の会敵信号板だ。何かあった時用に
ブルーノに今日渡したんだが、ついさっき黄色く反応があった」
「……!?黄色って……どう言う意味ですか?」
「会敵したが、対処可能と言う事だ」
よく見ると、先生が持っている石板の水晶が黄色く煌めいている。
そんなの、茶会どころでは無い……一気に周囲の空気が変わる様な錯覚に陥った。
敵……どっちだ……?はぐれか教会か……
「ブルーノさんと居るのはアルトだけの筈ですよね?確か……今日は真剣で鍛錬
だとか言ってたから……」
「……言いづらいが、シンも一緒にいる」
「な!?」
見かけないとは思ったが……
部屋かどっかで木刀でも振ってるのかと思ったんだけどな……
まさか最悪の場所に居るとは。
思考が、無意識に様々な結果を導き出すが、振り払う。
「ど、どうして止めなかったんですか!アルトでさえ実践経験が無いのに、
まだ非力な……しかも女の子のシンを村の外に出すなんて……」
「忠告を無視した挙句、一人で出かけて死にかけた非力な君が言うかね?」
そ、そうだった……ぐうの音も出ない。
先生は真剣な面持ちだが、焦りを全く感じさせない。
経験の差……なのか、それほどの事では無いのか……
「何でそんなに冷静なのか?……って聞きたい顔だね、グレイ。
ブルーノはかなりの実力者だから大丈夫さ。ずっと見てきた私が保証する。
何事も無かったかの様に帰ってくるさ」
「……そうですか。ちなみにそれって、黄色以外は……?」
「赤は救援が必要、黒は死亡、だ。この二つは出来れば一生見たくは無い物だ。
っ……今、青色に変わった。コレは対処済みで異常なし、と言う事だ。
別に騒ぐ事でも無かったみたいだ」
「それは……よかったです」
心から安心した。
過度な心配だったのかも知れない。
だが、この先数年後にはこう言った事が頻繁に起こるかも知れないと考えると、
自分には何処かまだ、他人の話だと思っている節があるのかも知れない。
(俺にはまだ、覚悟が足りて無いみたいだな……)
◇
日は大分沈んできていて、茶会は既にお開きとなっている。
先生に「大丈夫だ」と言われても自分の目で見ない事には落ち着かず、
ずっとソワソワしていて茶会どころではなかった。
今もこうして、庭のベンチで三人の帰りを待っている。
来たら何て言おうか……怒るべきか、案じた方がいいのか……
そんな事を思っていたら、何事も無かったかの様に三人は帰ってきた。
子供二人の疲れ果てた顔をみたら、怒る気なんて起きなかった。
「お出迎えとは珍しいな、グレイ。そんなにお帰りが待ち遠しかったか?」
「茶化さないでください。何かと戦ったんでしょう?誰か怪我は?」
ブルーノさんはいつも飄々としている……こんな時までもだ。
それに助けられた時もあるけど、掴み所のない感じが接しづらい時もある。
「遭遇したのは数体のはぐれだ。ほとんどは俺がやったけど、一体はコイツが
やっつけたんだぜ?なぁ?」
ブルーノさんはアルトの髪をかき回す。
抵抗する暇無くアルトの髪はとっ散らかり、目は嫌味を放つ。
「ちょっ、やめろっ……やめ」
「何もできない僕を、アルトが守ってくれたんだ。凄くカッコよかった。
グレイにも見せてあげたい位だった」
この時、シンの「カッコよかった」と言う言葉がアルトの耳の中でエコーの様に
反響し、今後数年のやる気につながる事になるとは本人しか知らない……
「それは本当か!?凄いなアルト!お前も隅に置けない男になりやがって……」
口角が上がる。
息子では無いけど、成長するのは嬉しいものだと感じた。
シンから言ってくるとは、関係も良い感じ……?だといいんだが……
アルトはめちゃくちゃ満更でも無い顔をしている。
「ふんっ、まあ大した事無かったけどね!」
「はっ!悲鳴上げてた奴が何言ってんだか」
「な!あ、上げてないし!余計な事言うな……!」
なんか色々聞きたい事があった気がするけど……いいか。
◇
[サイド・シン]
あれから二ヶ月が経った。
あの襲撃事件は、強烈に脳裏に焼き付いている。
たまに夢に出てきては、起きたら汗だく……なんて事もあった。
あの姿を見たら誰でもそうなるだろう。
後に先生に色々教えて貰った。
「シンが戦えるか分別してから、アルトと一緒に教えるつもりだった」
と言われたが、聞いたその日に座学は行われた。
写真ではなく、本には絵が描いてある。
改めて見ても、クリーチャー感が凄い……昔、こんな奴が出ているエイリアン映画
を見た事がある気がする。
目は八つで、黒光りしている体に悪魔の様な羽が二対、口は大きくてかなり開く。
手足は体の割に小さく、一説によると機能していないらしい。
コイツの名前は”侵犯者と言うらしい。
人族の敵で、約百年前に突如として出現し数多の被害を出してきたと言う。
僕達が遭遇した奴は、従来”百体の群れで単体とみなす”「禍級」と言うものらしく、
その百体から何かしらで離れたのが「はぐれ」と呼ばれている。
「禍級」は各村の周辺に出る事は極めて稀で、都市周辺に年に一回程度出現すると言う。
一体で一般騎士一人相当の力らしいので、一.二体ならそこまでの脅威にはならないらしい。
僕はまず、「はぐれ」を倒せる様にならないといけない。
また遭遇できるかはわからないけど……できれば遠慮したい。
魔術も剣術も覚えないといけない……魔術は特に時間をかけないとヤバそうだ。
ああぁ……できるのかな……
◇
無理無理無理、魔術難し過ぎる。
まず、魔力って言うのが実感なさ過ぎて、魔術式の制御ってのが出来ない。
そもそも、魔術式って何だよと思うが気にしてたらキリがない。
その魔術式に”設定”を二つ上書きしないと、お目当ての強化魔術「力の装甲」は
発動しないらしい。
コレを覚えないと剣術は成り立たないので、取り敢えず剣術の優先度を下げて必死に覚えた。
これだけでひと月位かかった。
先生やグレイには「まあ、そんなもんさ」と言われたが、内心遅いと思っている
事だろうさ……僕はわかってるよ。
だって、アルトに聞いたら「一週間くらい?」って言われたからね。
まあ、人には得意不得意があるし?僕はハンデを背負っているしね?
仕方ないさ、結果オーライ……
「力の装甲」を使うと、木刀が玩具みたく軽くなった。
打撃を受けると……と、言うか”攻撃を受ける”事に問題が発生したのだった……
◇
それは、魔術を覚えて初めてブルーノさんと稽古した時だった。
「剣の重みに慣れる事は大事だ。俺が振り下ろすから、受け止めるか受け流すか、
まあ、弾き返すって手もある。なんでもいいぜ、いくぞ」
「お願いします」
ブルーノさんはアルトの時ほどでは無いけれど、結構強めに僕の頭に向かって
打ってきた。
思ったよりも速くて、僕の反応は少し遅れてしまった。
この時だった、ブルーノさんは直前で動きを止めたのだ。
あれ?寸止め?と拍子抜けしたのも束の間、三秒遅れ位でブルーノさんは
動き出し、木刀に強い衝撃が走った。
襲撃事件の時にも、似た様な事があった。
この際だ、試してみたい事がある。
「どうだ、重いだろう。コレが剣の重みだ。真剣はもっと……」
「ブルーノさん、僕を殺す気で振ってみてもらってもいいですか?」
「はあぁ!?どうした急に!?いやっ、そんな事したら……」
「試したい事があるんです。詳しくは分かったら言いますよ。違ったら恥ずかしいんで……」
「(もしかして能力について、何か分かったのか?)俺はいいが……、当たったら骨折するかも知れねぇぞ?受け止めるのか?」
「……いや、避けて見せます」
「後で文句言うなよ。自分から言ったんだからな……」
ブルーノさんはそう言うと、深呼吸をして木刀を両手で握った。
気迫が増し、怖い顔がさら怖くなる。
魔術を使ってても当たればヤバそうなのはなんとなくわかる。
怖い……手汗で持ち手が滑る。
静寂は長く、木刀が迫るのは一瞬だった。
気がついたら頭上にあったが、やっぱり止まっている。
胸の鼓動を感じながら、僕はすぐさま数歩横にズレる。
刹那、高い風切り音と共に僕の長い髪は舞い上がり、木刀は空を切った。
「……!?まじか……どんな仕掛けだよ!?」
「言ったら信じてもらえますかね……?」
「ははっ、この世界にはバケモンがゴロゴロ居るんだぜ。もう驚き慣れたっての」
「……た、多分、時間が……止まってるとかぁ……かなぁって……」
いざ口に出すと、もの凄く恥ずかしい。
前の世界でそんな事を言おうもんなら、イタイ人認定は確実であろう。
「はあぁぁ!?時間が止まる?そんなの魔術でも聞いた事ねぇぞ……!
能力ってのは、大体魔術と似た能力だって言われてるが……
お前、何もんだよ……?」
「さ、さあ……」
いや、めっちゃ驚いてるじゃん……
って事は、結構珍しいのかな?やっぱり。
発動条件とか、色々調べないと……
それに倦怠感が凄い、コレが代償?だったりするのか?
そう言う事は、エレアさんに聞いた方が早いかも知れない。
はあ、またやる事が増えた。
◇
と言う感じで、”攻撃を受ける”以前に止まってしまうみたいなので、避ければいい
と言う事でした。
無敵じゃん……って?はい、僕も初めはそう思いました。
しかしながらエレアさんに聞いた所、能力は魔力を消費するみたいです。
発動し過ぎると、動けなくなってやられてしまうので注意……と言われた。
自分が対処可能な状態での相手の攻撃や、自傷には発動せず、
”自分が対処不可能な状態での相手の攻撃”には発動すると言う仮説をブルーノさん
との打ち合いで立てた。
僕が剣をあらかじめ構えて対処可能状態にすれば、無闇に発動しないって訳だ。
なので、能力に頼らず自分の純粋な力も鍛えないといけない。
楽な道は無かった。
そういえば……アルトも襲撃事件の時に何かしらの力を感じたとか……
もう少しで誕生日らしいから、その時にでも聞いてみよう。
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