第七話 剣の事情と世界事情
広い庭に、乾いた音が響く。
まばらなその音は、空いている窓から風と共に無意識に耳へと入ってくる。
本当であれば、僕もこの音に混ざる予定だったのに、今はグレイの書斎の中で
デュークさんの話を聞いている。
デュークさんは優しく安心したトーンで、何でも教えてくれる。
僕がこの姿位の歳の頃は、まだ祖父が居た。
ほぼと言って良いほど覚えてはいないけど……何だか懐かしい様な、不思議な
感覚を覚える。
◇
この家に来て一週間が経った……と思う。
その間は、書斎の本を読んでみたり、村を見てみたりと色々していた。
主にエレアさんがベッタリ付いてきてくれたけど……結構な子供扱いをしてくる。
調子が狂うんだよなぁ……持ってくる服はヒラヒラしてる物ばっかりだし……
流石にお断りだ、そんな物。
この世界は時間の感覚が大雑把なので、感覚が狂う。
秒や分刻みで生きていた前の世界がどれほど窮屈だったのか、今だからこそ実感できる。
12時、3時、6時、9時と数字は三時間おきにしか無いが、針はずっと動いている。
時計なんて言うハイテクマシンはこの世界には無くて、”時刻板”と呼ばれる魔術で動い
ている時計もどきが主流らしい。
原理は……まだちょっと分からない。
そんな時刻板の観察をしていると、玄関扉に付いているベルが鳴った。
「アルト〜!やるぞ〜!」
廊下に響く男性の声。
その声と足音は、平然と玄関をくぐりこちらに近づいてくる。
一階のリビングダイニングのソファで本を読んでいた僕は、少し姿勢を正す。
……だらしないとは思われたく無い。
「ア……あぁー、アルトは部屋かな?」
「はい、多分居ると思います」
見覚えのある顔だった。
名前は確か……ブルーノさん…だったはず。
若干強面だけど、話せば意外とそうじゃない感じのおじさん。
一回しか会ってなかったからか、僕に対しては少しよそよそしい感じがした。
アルトを連れて、二階から降りてくるブルーノさん。
聞き耳を立てていると、声が三人である事に気が付いた。
「シン、今からブルーノ先生の剣術教室が始まるんだけど、一緒にどうだ?」
グレイはドアから顔を覗かせ、誘ってきた。
”剣”と言う単語だけ大きく聞こえた様な錯覚に、僕は陥った。
親しみと悲しみが詰まったその言葉に、本のページをめくる手が止まる。
「………いや、やめておくよ」
「そうか……じゃあ、見るだけでもどうだ?な?」
見るだけ、か……正直言って乗り気では無い。
でも、この世界の情報は知っておきたい、と言う葛藤。
……まあ、見るだけなら大丈夫かな。部活の時も、遠くから見る分には問題無かった。
嫌になったら戻ってこよう。
そう割り切った。
「まあ、見るだけなら……」
僕はグレイについて行った。
◇
「お、今日は観客付きか!カッコ悪い所は見せられないなぁ、えぇ?アルト君?」
「う、うるさいなぁ……いつも通りにやれば問題ないし!」
僕とグレイは、庭のベンチに座って見学中。
緊張しているのか、アルトの耳が少し赤い。
人に見られると、本来のパフォーマンスが出来ないタイプなのかな?
ブルーノさんに茶化されてムキになってるし。
「……あれ、素振りとかしないんですか?」
いきなり模擬戦か?と思い、グレイに聞いてみる。
型の確認とか、今日の調子とか……基本だと思うけどなぁ……
「素振りだったら、ブルーノさんいなくてもできるしな。
それに、敵がいたら素振りなんてしている暇ないだろう?殺されちまうさ」
グレイは二人を眺めたまま答えた。
敵……か……
敵なんてモノを知らないで生きて来た僕から漏れ出た、幸せな疑問だった。
価値観の大きな違いが、別世界であると言う現実味を色濃くした。
「ほら、はじまるみたいだぞ」
色々思っているうちに、二人は真剣に見合っている。
こちらまで圧倒される様な気迫が伝わってくる。
二人とも構えは片手で、手には木刀。
当たり前だが、剣道とはまるで違うみたいだ。
「「力の装甲」」
両者は何かしらの魔術を展開させ、凄まじい勢いで地を蹴った。
そこからは……息をのむ展開であった。
◇
リーチは圧倒的にブルーノが上だろう。
手加減を知らない一撃が、風を切ってアルトの頭を確実に狙う。
しかし、アルトは冷静に木刀を両手に持ち替え、相手の剣筋を縦に受け流す。
捻った右手を持ち返し、木刀を逆手持ちにしてブルーノの上半身を確実に
打ちに行く。
取った……と思ったアルトの視界の隅に、ブルーノの足が動くのが見え、
反射的に腕と足を縮こませ防御した。
が、アルトの身体はボールの様にしなり、地面に打ち付けられながら転がっていく。
物の様に蹴られても、剣は手放していない。
間髪入れずにブルーノはアルトに向かって追撃を仕掛けるが、アルトも受け身をとって
姿勢をすぐに立て直し応戦する。
そして、また激しい打ち合いが繰り広げられ……
◇
グレイは「剣術教室」と言っていた。
ははっ………どこが?
それとも、この世界では殺し合いの事を「剣術教室」って言うブラックジョーク
があるのかな?
目の前で行われているのは、模擬戦では無い。
僕の目には、高速で殺り合っている風にしか見えない。
コレを「お昼一緒にどう?」的なノリで言ってきたグレイは頭おかしい。
「あ、あのぉぅ……大丈夫なの?あれ?」
「まあ……生身だったらアレはヤベーけど、強化魔術使ってるから大丈夫さ。
最初に何か言ってたろ?アレだよアレ」
「あぁ、そんなのあるんだ……」
「強化魔術を使わないと、そもそも”人”は真剣を振り回す事が難しい。
非力が故の知恵……いや、縛りか。剣術をやる上で強化魔術は切っても切れない
んだよ。まあ、今は木刀だから腕力面はあまり関係ないけどな。
……それにしても、容赦ないなブルーノさん……」
魔術の万能性はとうに実感しているが、ここにも活きてくるとは。
僕にも使えるんだろうか……魔術。
そんな事を思っている時、打ち合いに一区切りがついた。
アルトの手の甲に一撃が入り、木刀が落ちていく。
勝負アリだ……が
その光景は僕にとって、思い出したくないモノを呼び起こした。
一瞬にして気持ちが沈み、見る気分を害してしまった。
剣道で小手が得意だった僕にとって、嫌な思い出を蘇らせるトリガーには十分だった。
「……僕は中に戻るよ」
「ん?まだ終わってないけど……戻るのか?」
「うん、大体わかったしね……」
「そうか」
残念そうにするグレイを残して、僕は家の中に戻った。
やっぱり……見るんじゃ無かったと、俯いて後悔した。
「あれ?シンは……?」
「もういいってさ、中に戻りましたよ」
グレイしかいない事に気づいたブルーノ。
そのグレイも、もう中に戻ろうとしている所だった。
「あー、少し張り切りすぎちまったかぁ。怖がらせたか……アルトのヘタレっぷり
が見ていられなくなったか……」
「んえぇ!?そ、そんな訳ないだろ!……そんな訳……」
ブルーノは大人気なく、シンに良い所を見せようとしていた様であった。
アルトの事は、顔に直ぐ出るのでからかいやすいと思っている。
見た目と歳の割に、心はそこまでの様である。
◇
僕は書斎に向かった。
嫌な事があったら、吐け口が無いとやっていけないものだ。
ココには娯楽なんて物はほとんど無いので、本を読んで紛らわすしか今の所
は無いのだ。
どう言う原理か文字は読めるし、言葉も勿論理解できる。
あの夢……かどうか分からない不明体が言っていた「サービス」というやつ
だったりするのだろうか……
書斎は広く、ちょっとした図書館みたいな感じになっている。
年季の入った、テーブルと椅子が存在感を放っている。
窓の近くにはデュークさんが立っていた。
アルト達の事を見ていたのだろうが、僕に気がつき振り向く。
「剣術に、興味は無かったかい?」
「……いや、違うんです。何というか……怖いんです、剣が」
「そうか……怖いか。確かに、あんなの見せられたら無理もないね」
僕は思っている事を素直に口に出した。
デュークさんには弱音を吐きたくなる……そんな人柄をしている。
「……デュークさんは、剣で不幸になった事はありますか?」
デュークさんは呆気に取られた顔で、僕を見た。
無理もないだろう、8〜9歳児からそんな事を言われたら誰でも驚くだろう。
……ちょっとやってしまったか?
「それは……そうだねぇ……数え切れない程さ。でも、それと同じ位誰かの幸せを
守ってきたんだ。不幸ばかりでは無いと、私はそう思うよ」
諭す様にデュークさんは言う。
哀愁と重みが、その言葉にはあった。
僕はどこかで、自分だけが不幸だと思っていた。
でも、乗り越えて強くなった人も居るのだと今感じた。
僕は、そうなれるのだろうか……
いや、なりたい。
少しだけ、気持ちが前向きになった気がした。
◇
場面は冒頭に遡る。
「そうだ、アルトと一緒に座学をやる前に、基本的な事を色々と教えて
おかないとね。今、丁度本が近いからね」
そこから、デュークさんによるこの世界の基本的な説明が行われた。
僕らは対面で座り、本を眺める。
デュークさん曰く
この世界には、人以外にも他に種族がいるらしい。
人族、獣族、血鬼族、剛鬼族、海妖族、妖精族、龍種 の七種族がいる。
だが、人族が普通に生きて出逢えるのは、せいぜい血鬼族だけらしい。
龍種に至っては、存在すらも幻とされている程個体数が少ないと言う。
各種族の長は、”神”を名乗り、六本の柱”六神柱”として世界を統治している。
種族毎に国があり、それを統治しているのが”神使と呼ばれる神に選ばれた二人。
世界を統治する神々と、国を統治する神使達である。
海も、大陸も、勿論存在する。
大陸は四つ”天元の大地””覇道の大地””神羅の大地”そして、伝説の”絶淵の大地”
人族がいるのは、一番巨大である天元の大地。
その下の方に、人族の国”神聖国アウス”がある。
神聖国アウスは、百三十年前に”人神 イブ=アウス”が創った国だが、他国に比べるとまだ赤子の様なものらしい。
百五十年前まで人族は、血鬼族の搾取対象として国すら持たない存在だったが、
イブ=アウスが対等な関係になるまで持ち直した事で、英雄として名を広めた。
そして、世界に”一種族”として認めさせた事により、神にまで成り上がる。
……という有名な話があるらしい。
この国に生まれたら、必ず聞かされる話だとか。
約二十五年前に突如として様々な規制が厳しくなり、この村を襲った
魔女狩りもそれと関係していると言う。
その最たる原因となるものが、”侵犯者である。
約百四十年前に突如として現れた化物で、前触れもなく現れ被害もたらす。
人族にとって最大の敵である。
その侵犯者が「人の心を喰い同族を増やす」と言うのが広まったのが、
約二十五年と言う訳だ。
これに懐疑的な者はいたが、そう言った者から魔女狩りの対象になっていくので
自然と消えていったと言う。
これが、デュークさんによる世界の解説だった。
「剣術の強さ、とかあるんですか?」
世界の事とは関係無いけど……ちょっと気になったから聞いてみる。
「ああ、あるよ。ちょっと待ってて」
デュークが何かを取りに一時退席し、広い空間に一人になる。
もしかしたら、自分が小さくなったから広く感じるだけかも知れない……
少しだけ、地面に着かない足を揺らす。
まだ鳴り響く乾いた音が、やっぱり意識すると気になってくるので、椅子を使って
動物みたいに外を覗いてみる。
アルトは凄いなぁ……ハンデがあってもよく打ち合っている。
「やっぱり、気になるかい?」
「うわぁ!?いきなり話しかけないでください……」
完全に気配を消してきたな、デュークさんめ……
よくあるんだよな、この人……気配が消える時が。
「ははっ、すまないね」
軽く笑いながら、机に何か並べ始める。
首飾り?だろうか……安そうな物から高そうな物まである。
「じゃあ、座って。説明を始めよう」
「はい、お願いします」
デューク先生の座学、後半戦である。
先生曰く、人族の剣術には七段階のクラスがある。
剣術は人族しか使っていないらしく、多種族では通用しないと言う。
初等級 : 入門レベルで最初は全員ここから始まる
五等級 : 剣術学生がこれにあたる
四等級 : 国を守る一般騎士相当の実力
三等級 : 騎士団の副団長相当の実力
二等級 : 騎士団の団長相当の実力
一等級 : 二等級の中でも、特に秀でた者が得られる称号
特異級 : 測りの外にある者に付けられる称号
となっている。
そして、それを証明する物が首飾りである。
木材、鉄、銅、銀、金、白金とグレードが上がっていく。
特異級はほぼ現れないので、誰も見た事がないのだとか。
今、机の上には全ての色が揃っている。
と言う事は……?
「これ、全部先生のですか?」
「ああ、そうだよ。こう見えても昔は団長をやっていたんだ。もう、おじいちゃん
で動けないけどね」
先生、めっちゃ強いのか……道理で気配とか消える訳だよ……
「そんな凄い人だったなんて……驚きました」
「凄くなんてないよ。アルトの方が凄くなるかも知れないよ。
なんせあの歳で、もうすぐ四等級なんだからね」
「それってどうやって決めるんですか?」
「自分と同じ階級まで、弟子の階級を認める事が出来るのさ。ブルーノが二等級
だから、二等級までアルトは受ける事が出来る」
「なるほど……アルトは僕と違って凄いですね」
「そう蔑むのは良くないよ、シン。君だってもしかしたら、剣の才能があるかも
知れないじゃないか。一歩踏み出すだけで、案外世界は変わるかも知れないよ?」
泣きたくなるほど、デュークさん……いや、デューク先生は優しかった。
心地のいい時間だった。
「あぁ〜、こんな所に居たんですか先生。もうすぐ食事だから手伝ってくださいよ」
エレアさんがデューク先生を探しにきた。
気付けばもう夕暮れであった。
有意義な時間はあっという間に過ぎ去ってしまう。
そうして、デューク先生の座学はひとまず終わった。
次からは、木刀を握ってみようかな、と少しだけ勇気を貰った。
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