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嘆きの果ての叛逆神話【ジャンヌダルク】  作者: ぱいせん
序章 ノアの村編
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第五話 嘆き

ここから主人公のお話が始まります。

結構暗い内容なのでお気をつけて下さい。

 ある少年がいた。


 歳は十四になったばかりの、顔立ちの良い少年だった。

母親には、よく「モデルとかになれるんじゃない?」と言われていた程に。

しかし、親には子供が良く見えるフィルターがかかっているらしいので、

実の所は分からない。


 少年は、母親が好きだった。

専業主婦でずっと家に居た、というのもあるが、少年の話をいつも嬉しそうに

聞いていた。怒ったりする事は滅多に無かったそうで、優しかったのだろう。


 少年は、お喋りが好きだった。

学校から帰って来れば、やれ授業が。友達の家から帰って来れば、やれ〇〇君が

ね、と夕飯支度中の母親に話していた。

逐一話すので、母親は物語の様に楽しんで聞いていた。


 少年は、ヒーローが好きだった。

男の子であれば、戦隊モノは大体が通るであろう道である。

少年も漏れなくその道を歩いて来ていた。

小さい頃は、弟とごっこ遊びをした時に弟を泣かせて母親を困らせていた。

その時は、流石に少年は怒られていた。


 少年は、父親が苦手だった。

特に何かされた訳では無かったが、接する機会が少なかったからだろう。

いや、少なすぎたのだ。思い出は、ほぼ無いに等しいであろう。

学校行事や旅行の類に、父親が来る事は無かった。

母親に聞いても、返ってくるのは「国の大事なお仕事だからね」と。


 少年には、特技があった。

母親の勧めで始めた剣道だ。

子供達のチャンバラを見て、母親が試しにと思いついたものだった。

弟も初めは一緒にやっていたのだが、小五の時にサッカーに変えてしまった。


 少年には、剣道の才能があった。

元々、運動神経やセンスが良かったが故に、少年にとって輝ける唯一の場所

となった。

大会で優勝した時は、周りや親からチヤホヤされていた。

父親も、一回だけ見に来た事があり、その時は珍しく褒められた。

その事は、少年の脳裏に強く焼き付いている。



 剣道をやっていると、ヒーローみたいな気分になれた。



 強くなれた気がした。





 あの日は、日曜日の晴れた日だった。



 父親が、「休暇が取れたから家族で出かけよう」と言ってきた。

数年に一度の珍しい日であり、母親は大変喜んでいた。


 少年の方は、剣道部の合宿が終わり午前中には家に帰る予定であった。

疲れよりも、楽しみと不安が心の中では優っていた。

それでも体は正直らしく、バスの中では他の部員同様に眠っていた。


 少年を激しい揺れが襲った。

バスが揺れたのでは無く、肩に人の手の感触があった。

誰かが肩を掴み無理やり起こしたのだ。


 それは、顧問の先生であった。

普段は堅物な先生が、見たことのない程に心配そうな顔を浮かべていた。

自分に何かあったのか、と少年は纏まらない思考の中で微かに思ったが、違った。

先生は、ニュースを見ろと言う。


 

 車内前方に吊るされている、モニター。



 映っているのは、速報と書かれたテロップと悲惨な事故現場。



 交通事故であった。

超大型トラックと乗用車。

一眼見るだけで、痛ましいほどに乗用車が壁と挟まれて潰されていた。



 意識不明者は三人いた。



 少年は、三人とも知っていて戦慄した。



 自分と同じ苗字で、下の名前も一瞬で読めてしまった。



 何が何だか分からなかった。

きっとまだ寝ていて、コレは夢であれと、そうであって欲しいと切に願った。

先生は、携帯に連絡は無いのかと少年に聞いた。

先生も気が動転しているのか、手が震えていた。



 携帯の電源がつかない。



 バッテリーの残量が無かったが、動揺と焦りで少年はパニックになっていた。

苛立ちの言葉を吐きながら、再起動を何度も試みる。


 先生がすかさず助言を入れ、他部員からモバイルバッテリーを借りて少し置く。

電源が付くと同時に、経験が無い程の通知が来ていた。



 心臓が、かつて無いほどに強く、速く、鼓動を打つ。



 流れる血は、冷水の様な感覚だった。


 

 そこから、少年の記憶は朧げになった。

先生がバスの運転手に頼み、即座にバスを停車させ、少年をタクシーに乗せる。

行き先は、連絡のあった病院。

「金は気にするな」と少年のポケットに入れた先生の手は、湿っていた。 





 結論から言って、少年の家族であった。



 ほぼ、即死であった。


 

 遺体は損傷が極めて酷く、見ない事を医者は勧めてきた。

勿論、少年は見る事は無かった。



 信じず


 受け入れず


 きっと夢だと、自分に言い聞かせていた。


 経験した事の無いストレスが少年を襲い始めた。

視界が歪んでしまう程に。


 

 唐突過ぎて、涙おろか声すら出てはくれなかった。




 少年はある日突然、独りぼっちになってしまった。


 




 祖父母は、少年が小さい頃に既に他界していた。

両親が晩婚だった為、ある程度年齢がいっていたからであった。

少年の引き取り手は、ほぼ面識の無い父親の兄弟となった。

引き取られた時の少年は、正気のない人形の様な状態だった。


 少年は、何をするにも苦痛だった。


 生きていても辛いだけだったが、かと言って死にたくもなかった。

いや、死ぬ気力すら無かったのだろう。


 ヒーローなんて存在しない。

 

 神も仏も、ありはしない。


 救いなんてものは無い。


 時間が戻らないかと、心から願った。

その度に胸が張り裂ける気分に襲われる。


 毎日、毎日毎日毎日毎日思っていた。

あの日部活に行かなければ、家族と一緒に死ねたのかもしれないと。

あの日父が帰って来なければ、誰も死ぬ事は無かったかもしれないと。

あの日何かしらの変化があれば、少しでも結果は違ったのかも知れないと。


 不意に、母親の声が幻聴で聞こえる事があった。

その都度少年は、震えながら泣いていた。


 父親ともっと話しておけば良かったと、後悔していた。

自分の事をどう思っているのかとか、父親の事を知りたかった。



 何を思っても、後の祭り。


 本当に大事なものは、無くなってから実感するのだと痛感した。


 残酷な現実。



 少年は、ほとんど喋らなくなった。

必要最低限の意思疎通はするが、声に覇気は全く無い。


 事故の後、半年程度で少年は辛うじて学校に通える様になったが、

以前の姿を知っている同級生は驚愕した。

まるで別人の様にやつれ、肌は酷く荒れていた。

目は、死んだ魚の様だった。


 剣道だけは、戻る事が出来なかった。

あの日を思い出してしまうからであった。

連想して、色々な思い出が蘇ってしまって、少年には耐えられなかった。


 そんな中でも、叔父の家族は優しく接してくれた。

漫画や映像作品を勧めてくれて、少しでも気を紛らわそうと努力してくれた。

少年も、初めは煩わしさを拭えなかったが、徐々に手に取っていった。





 高校には、なんとか入学する事が出来た。

学力は普通の高校。

高校二年生の時に、加害者の裁判判決が出た。


 無罪


 加害者は、何かしらが原因で気絶していた為、責任能力が無いと判断された。

少年は、医療的な見解などカケラも興味が無かった。


 ただただ、判決に絶句した。


 世界に見放されたと、直感的に感じていた。


 この世界は、理不尽で不安定、そう思った。


 復讐とまではいかなくとも、罪すらも与えないのかと。


 もしも、もしも神様なんてモノが居るのなら、文句を言いたい。


 最悪、お願いでも構わない。


 こんなのは、間違っている。


 少年の心のどこかで、信じてもいないモノへの憎しみが芽生えていた。





 雨の降る日だった。


 高校三年になった少年は、生き悩んでいた。

やりたい事も、願望も特には無い。

でも、この世界はそう言った大人を良しとしない。

そんな事を思っていた下校道に、一生忘れないであろう顔とすれ違った。


 

 ”神崎慎吾” 家族を奪ったその人であった。



 パッとしない眼鏡顔で中肉中背の男は、少年と反対方向にある踏切で止まった。


 遮断機が降りる……筈が、ここの遮断機は壊れていて最近話題になっていた。


 辺りには、聞き慣れた警告音が響き渡っている。


 悪魔が囁く、「オマエは、アレを許せるのかと」



 ……せない


 …るせない


 ゆるせない


 ゆるせない、許せない、ユルセナイ


 

 許さない



 時に、人は刹那的な感情に突き動かされる事がある。


 少年の心は既に、振り切っていた。


 足が動く。


 普段よりも数段力が入る。



 神崎慎吾は、後ろからの衝撃で線路内に投げ出された。

少年も止まる事が出来ず、前方へバランスを崩す。

 

 既に二人は、電車と目と鼻の距離であった。


 通行人の悲鳴が、響き渡る。





「先程、〇〇市の遮断機内で人身事故が発生したとの情報がありました。

 しかし、遺体は見つかっておらず現在も捜索活動が…………」

 


 

 挿絵(By みてみん)


読んでいただきありがとうございます。

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