第四話 目的
「では、”叛逆の徒”会議を始める」
グレイの号令で、地下会議室の空気が張り詰めた。
会議室に居座るのは、グレイ、デューク、エレア、ブルーノ、そして他村の代表五人。急遽の為、通常よりも少ない。
叛逆の徒。約二十五年前、魔女狩りの被害を受けた複数の村の人間が、打倒国家を掲げて気づき上げた組織。約三百人の構成員をまとめるのは、拠点となるノアの村の領主であるグレイ。
国に不満を持つ人間は意外と多いが、声を大にすることが出来ず、そう言った人を取り込む為に日々暗躍している。
国とは、雲泥の差の戦力がある。
こちら約三百に対する向こうは約一万。自陣には、デューク、エレア、ブルーノと突出した戦力はあるが、たとえ一騎当千でも足りない。
そこで、グレイはある作戦を考えたのであった。
「えー、”神聖騎士団第三支団潜入作戦”は、今の所順調すぎる位だ。
アルトは日々強くなっている。デューク先生とブルーノさんのお墨付きだ。
二年後には余裕で間に合うだろう」
この潜入作戦は、孤児だったアルトに英才教育を施し、学園に入れたのちにスカウトをされ、騎士団に潜入し内部から毒するというものである。
「まあな、あの子の元々のセンスだろうさ。
案外、捨てた親がキレ者だったかもな。ありゃあ、強くなるな。
いいものを引いたもんだぜ、グレイ」
ブルーノが自信気に言う。
彼自信、元”団長”であるからして、見る目は確かなのだ。
「それも重要だがよぉ、グレイ。もっと重要な事があっての今回……だよな?」
「シン……だね?グレイ」
鋭い眼光のブルーノと、デュークも反応する。エレアも無言で頷く。
「……はい。今のはただの報告で、本題はその通りです」
「シンってのは何だ?人……か?」
若目の青年が疑問の表情でグレイに聞く。他の者は知る由も無い事であった。
「シンとは昨日初めて会いました。恐らく”人族”であると思われます。
年齢はデューク先生曰く、八歳前後。そして……俺は昨日、実質死にました」
「「!?」」
グレイは淡々と説明した。
自然すぎる程の爆弾発言も。聞いていた者は漏れなく驚愕した。
「は、はぁ!?どう言う事!?アンタ、よく平然とそんな事言えるわね!
冗談にしては微塵も面白く無いわよ」
すかさずエレアが会話に噛み付き、踏み込みで家が少し揺れる。
グレイを軽く睨みつけている。
「まあ、落ち着けって。冗談を言うつもりは無い。俺は昨日、確かに死んだんだ。
シンが居なければな」
「……会敵したのは教会かい?」
落ち着いた声で言うデュークだが、内心は焦った。
頭を直接狙いに来るとは、バレている上に完全に潰しに来ているとなと。
しかし、その考えは杞憂に終わる。
「いえ、”はぐれ”の三匹です。丸腰で行った俺が馬鹿でした。
あそこら辺は出ない筈なんですが……右腕と左脚を持って行かれました」
「はぐれ、か。運が悪かったね、グレイ。
しかし今、その持って行かれた物があるって事は、シンが何かしらをした、
と言うことかい?」
「恐らく。光に包まれたと思ったら、上空からシンが現れて、俺は惨劇が
無かったかのようになっていました」
会議室に居る全員が唾を飲んだ。
魔術は万能であり、種類も数え切れぬ程あるが、欠損を治す類はごく稀である。
扱える物は一握り。その事から、シンの重要性は跳ね上がる。
「もしも魔術なら、私でも計り知れない領域かも知れない。
いやはや、とんでもないものが現れたな」
デュークは若干の好奇心を抑えつつ、熟考する。
「私みたいな”能力者”とかは?」
腕を組み考えるのをやめ、前を向いたエレアは言った。
特殊な力を持った個体は、能力者と呼ばれている。その力は多種多様であり、強大な力となる。
「その線も大いにあるが、シン自身が記憶喪失状態であって確たるものがない。
俺が初めに見た時に、目が虚で意思がないような感じだった位しか分からない」
「……考えたくはねぇが、教会の駒ってのは?」
ブルーノの発言で、再び空気が張り詰める。
仮にそうなのであれば、この会議自体が教会側の掌であり、盗聴されている可能性も出てくる。それは最悪の可能性であり、誰も考えたくなかった。
「ゼロとは言えませんが、薄いですかね……
どちらにせよ、これからは要監視対象となりますね」
「お前が監視するのか?グレイ」
「いや、ブルーノさん。アルトと一緒に剣術と魔術を教えてやってくれないですかね?」
「俺かよ!?」
予想外の返答に、目を丸くするブルーノ。
彼は、デュークかグレイが適任だと思っていただけに、やや素っ頓狂な声を出した。
「ええ、これは進行中の作戦の補強になり得る可能性があります。
俺が考えるには、シンを育ててアルトの護衛的な役割で学園に同伴させようか
と考えています。その為にも、アルトと一緒に学ばせるのは、信頼関係を築く
にも得策かと」
「うーむ……一理あるが、ブルーノ殿が言う通り教会の手先だった場合はどうする
のだ?毒そうとする側が毒されては、滑稽な話ではないか?」
策を巡らせるグレイに対して、初老の男が意見する。
真っ当な意見に全員が唸る。
「なるべく、二年以内には判別させたいとは思っています。
方法はまあ……任せてください。それでも分からない場合は賭けになるかと。
先生、シンを鑑定した時に何か分かった事とかありますか?」
「残念ながら、判別材料となる情報は無かったね。
基本的身体情報以外は”無かった”。正直、初めて見る」
グレイの問いに、暫し記憶を巡らせたデュークは、自信が無さげな表情で答えた。未知の妨害工作の可能性も捨て切れなかった。
「「………」」
「分からねぇ事だらけだな……」
「そうね……でも、私はシンちゃんを信じるわ。
でもグレイ、シンちゃんが戦力にならなかった時はどうするの?」
「その時は、裏方に回ってもらうさ」
エレアは乗り気では無かった。
アルトの時でさえ罪悪感を拭えなかったのが、次は女の子のシンまでを作戦の歯車
に加えてしまう事を気に病んでいた。
ここまでしないと自由を手に入れる事が出来ない現実に、より一層怒りが込み上げる。力んだ手に、爪が食い込む。
「……以上が今日の主題ですが、他に何かありますか」
「では、細かい報告をよろしいですか?」
そこから先は、村々の報告や教会の動向などの報告となり、その後はつつがなく会議は終わった。
◇
地下会議室の出入り口は二つある。
一つは階段を降りた所にある普通の扉。一つは家の裏側に繋がる通路で、扉は
デュークしか開ける事の出来ない魔術式が刻印されている。
普段は地下倉庫として扱っている為、俺のみが普通扉から出入りしている。
自室に戻ろうとして階段を上がっている途中で、微かに風が当たった事に気付く。
玄関を見ると、扉が少し開いていた。
(閉め忘れ?珍しいな……)
閉め直そうと近づく。
念のため外を見回すと、ベンチに小さな人影が見えた。
(こんな時間に誰だ?………あぁ)
目を凝らす。
夜風に揺れる、淡い水色の髪。シンだった。
空を見上げて思いにふけている様子だった。
「よう、寝れないのか?」
俺は驚かさない様に気をつけたつもりだったが、シンは飛び上がって驚いてしまった。
「や、やめて下さいよ……心臓止まるかと思いました……」
「そんなつもりは無かったんだけどな。まあ、シンなら心臓止まっても治せそうな
気がするけどな、ははっ」
冗談を言って場を和ませようとしたけど、案外本音だったりもする。
「そんな特殊能力者、本当にあるんですかね……?」
「……どうした、考え事か?気に食わない事でもあったか?」
俺は優しく聞いた。側から見れば、親子の相談に見える事だろう。
「グレイさんは、神様とか信じますか?」
(!?)
思わぬ問いかけに、”まさか”と冷や汗をかいた。
ただの純粋な疑問か、それとも、こちらの動向を知っての皮肉なのか。
この場には二人しか居ない。先生の助けも間に合わないだろう。
返答次第では、全てが終わる可能性があるかも知れない。
平然を装う。
「さあなぁ、見たこと無いからな」
さあ、どう出る。俺は息を呑む。
「そうですか……信じていないんですよね、僕は」
その返答に、俺は思わず口角が上がってしまった。笑みが溢れる。
教会の奴は信仰心が異常で、そんな事は死んでも言わないだろう。
昔、こんな事があったな、と思い出した。
余計な警戒は無用であったらしい。
「え?いや、何も面白い事は言ってませんよ?」
「いや、自分が考えすぎていた事が馬鹿馬鹿しくなってさ。
悪い、さっきは嘘をついた。俺も信じてない」
清々しい気分だ。笑ってシンに答えてやった。
さっきの発言だけで、俺は教会側である可能性をほぼ消していた。
「じゃあ、仲間ですね」
シンも笑顔で返す。
「……この国にも”神”を名乗る奴がいてな、何の罪も無い人を、都合が悪いと反徒
と呼び、殺す事を許している。ここは、そんな国だ。この村も昔、やられた」
「……それは、酷い。神も仏も無いじゃ無いですか」
「ああ、勿論俺は良しとしない。今も、みんなと協力して対抗策を練ってるんだ。
かなり難しいけどな」
ため息混じりに俺は言った。
不安しかない現実。だが、シンに話せる機会が出来た事は予想外だった。
「……僕も、できる事があれば協力しますよ。良くしてもらっている見返り…って
訳じゃないですけど」
「見返りだったら、俺がやるべき側だ。シンが居なかったら、ここでこうして
話せていない。本当なら気持ちだけで十分なんだが……人数が多い訳じゃない。
何かあったら頼むよ、シン」
シンの頭をポンポンと軽く叩いた。
幼い子供を使う罪悪感が、無い訳はない。しかし、目的の為には使えるものは
使わなくてはならない。俺は、葛藤していた。
「危険な事は嫌ですけどね」
「俺だって嫌さ、もう懲り懲りだ」
そう言って俺達は、家の中にもどった。
◇
シンは自室に戻った。
ベットに腰掛け、そのまま倒れる様に横になり、目を瞑り思い出す。
自身の過去と、今に至るまでの経緯を。
読んでいただきありがとうございます。
評価やブックマーク等を頂けると、作者は飛び跳ねて喜びます。