第十二話 サバイバルは突然に
今思えば、僕はかなり慢心していたのだ。
異世界で、異性として、”時間停止”と言う超能力を手に入れて、
自分が自分では無い気がしていた。
強いと言われていたブルーノにも、天才と言われているアルトにも優っていた。
漫画やアニメで見た主人公の様な展開に自分が置かれたら、誰だって
気持ちよくなってしまうだろう……コレは言い訳だ。
しかしそれは、短く狭い世界で慢心していたに過ぎなかったのだ。
井の中の蛙大海を知らず、とはこの事だった。
こう振り返る事ができるのも、全て先生との打ち合いがあったからこそで
感謝している。
……アレが打ち合いと言えるのかはわからないけど。
雷に打たれた様な、とは先人はよく言ったものだ。
感情的にも、肉体的にも例え的にはまさにピッタリな言葉だっただろう。
◇
先生の構えは西洋剣術風だった。
左手を腰の下辺りに置き、右手の剣先を僕の方に向ける。
左手は使うまでもないと言う事なのか?と思った時には、木剣は”消えていた”。
「速すぎて見えない」などの例えではなく、先生はその場に立ったままで木剣
だけが見えなくなっていた。
僕は自分の目を疑った。
恐らく魔術だろうが、物体を透明にする事まで可能なのか……?
先生はそのまま僕に突っ込んできた。
強化魔術を使った形跡は無く、流石にそれでは僕に攻撃は通らないだろうと思ったが……
悪寒が走った、恐らく乗せられていると。
先生の腕の動きから太刀筋を読み、受けの姿勢を取る。
剣速はブルーノと遜色ない……大丈夫だ、と思った瞬間だった。
先生の腕がブレた。
受けた事の無い強い衝撃で僕の木剣は砕け、体はくの字に曲がり僕は遠くの
木に軽々と打ち付けられた。
久々に感じた痛みは、衝撃と驚きが強すぎてあまり覚えていない。
と言うか、何で能力が発動しなかったのか……わからない。
そうして、僕の意識は薄れていったのだが……
正直殺されたのかと思った。
◇
真っ黒い意識の中、光が迫ってくる。
風切りの音と共に光は大きくなり、電車は僕に突っ込んで……
そこで意識は覚醒した。
脂汗が滲み、心臓がバクバク言っている。
目の前は、もうすっかり夕日に染まった空だった。
「目が覚めたかい、シン。随分とうなされていたね」
頭の上の方から先生の声がして、寝転がっている事に気づく。
さっきの夢はきっと、強い衝撃で呼び起こされたのだろうか……
僕は、朧げな思考のまま身を起こす。
先生は僕の方など向いておらず、すぐ近くの川をボーッと眺めていた。
「……あれは、僕を殺すつもりで打ったんですか?」
「あれくらいじゃあ、強化魔術を使ったシンは死なないよ。まあ……一発で木剣が
折れて気絶するとは思ってなかったけどね。気力も強化魔術も、まだまだかな」
先生は微笑するが、あれだけ殺意のこもった一撃を受けたからか、先生に対する
恐怖の感情が少し残る。
「正直、死んだかと思いました……首が凄い方に曲がったんですよ?もう。
僕が気絶してる間に夕方になっちゃってるじゃ無いですか。
早く帰りましょう、エレア姉に怒られちゃいますよ……?」
僕はお尻の辺りをはたき、立ち上がる。
エレア姉は夕飯に遅れると機嫌が悪くなるのだ……早く帰ろ……
「いや、シン。残念ながら帰らないよ?」
「……は?」
「第一、ここはノアの村から約100km離れた辺境の森だ。今からじゃあ、
どう頑張っても夕飯には間に合わないさ」
「え!?ひゃ!?え、え!?ここ何処ですか!?数時間でどうやって100km
も移動したんですか!?」
「起きたのが夕暮れだったから勘違いしているかもしれないが、シンは五日間
寝ていたんだよ。まあ、私が少し眠りに細工をしたんだけどね」
「な……!?じゃ、じゃあ一体いつ帰るんです?明日?流石に二、三日とか……」
「いやぁ、三ヶ月後……とかかなぁ?」
僕は再び気絶するかと思った。
何がどうしてこうなったのだ……
◇
拠点……と言うか、寝床を作る。
先生がおもむろに作り始めたので、僕は黙って見ていたのだが
「シンの分は考えてないから自分で作れ」と言われたので渋々やっている。
……と言っても道具がないので、原始的な物になるのは見えている……
先生はと言うと、土の魔術を駆使してちゃんとした小屋を作り快適そうに
している……ずるいが、凄い。
そもそも、いきなり過ぎるんだよなぁ……何でこんなサバイバルみたいな事
いきなりしなきゃなんないの……僕は魔術全然使えないし。
なんて愚痴を溢しながら、枝と葉っぱを集めて簡易ベットを作る。
チラホラ見たことの無い虫がいるのが、気分をさらに悪くする。
なんか既視感があると思ったが、思い出した。
”チンパンジーのベット”だ……動物番組で見たやつ……
人も道具がないと、こんなものなのかと思い知らされた気分だ。
あぁ、ベットが恋しい……
日が沈んだ頃、先生から釣りの誘いがあった。
少し小高い崖の上から釣り糸を垂らす、僕と先生。
灯りは先生の魔術で、大きな光の球が僕らの頭上に浮かんでいる。
先生は手慣れた手つきで、魔術を駆使して釣り道具を作ってくれた。
「その球、なんて魔術ですか?」
「光の初級魔術、”光球”だよ。攻撃性は無くて、灯りか目眩しにしか使えない。
今コレは少し大きめに調節しているよ」
「へぇ、本当に色々あるんですねぇ……魔術ってどれ位種類あるんですか?」
「私も知りたいね。組み合わせる事で無限に存在するとも言われているよ」
む、無限……想像の遥か上を行っていた……あっても数百かと思ってたけど
「ところで、シン。君の釣竿の餌の周りには、魚が何匹居るかわかるかい?」
「……魚?ですか?いやぁ、ここからわかる訳無いですよ。見えないですよ」
急に何を言い出すのかと、笑ってしまった。
いくら明るくしても、それはみえないですよ?先生?
「そうか。じゃあ、シンの夕食は先が長くなりそうだ。
言っておくが、ここら辺の魚は魔力に敏感でね。
”魔力を消さないと”永遠に釣れる事はないだろう」
「え?魔力を消す……?そんな事ができるんですか!?」
「ああ、”気付いたら私居た”という場面に覚えはあるかい?」
「はい、あれビックリするからやめて欲しいですよ……」
「ははっ、すまない。身に染み付いててね……あれが魔力を消すって事さ。
生物はそれぞれ、異なる魔力を微量ながら放っているんだ。
勘が良い者は、その微量な魔力を無意識に察知できたりもするね。
熟練者になると、その魔力が見える様になって相手の力量がわかるんだ。
ちなみに、道具にも魔力は自然と伝わってしまう。
それによって、魔術を剣に込めて飛ばしたりする事が可能になっている。
だから、魔力を消さないとって訳なんだよ」
なるほど……また一つ、この世界の事が知れた。
知れたのはいいんだけど……
「大体は理解したんですけど、どうやってやれば……?」
「それはシンのセンス次第かな?」
ここから長くなりそうだ……
◇
数時間位過ぎたと思うが、全然掴めない。
もう、この世界に居た人じゃ無いとできないんじゃ無いかと思ってきた。
そろそろ何か食べないとヤバい……別に魚じゃ無くてもいいから、何か木に
なってないかな……
「何処へ行く?シン?」
「いやぁ、木の実とか無いかなぁって……思ったり」
「ここら辺にそんな木は無いよ。後、少し離れると”はぐれ”が結構目撃される
地帯になるから危ないよ?」
地獄過ぎる。
ご飯も家も無く、逃げれば怪物の巣窟……逃げ場など存在しなかった。
「流石にコツとか教えてくれないと、餓死しちゃいそうな勢いなんですけど?」
「……そうだねぇ、イメージだよ。内に留めておくイメージ。魔術もそうだが、
魔力操作はイメージが重要になってくる。目を瞑って集中してごらん」
空腹とストレスからか僕は少し気が立っていたが、言われた通り目を瞑る。
聞こえるのは水の音。次第に気は落ち着き、五感が研ぎ澄まされる感覚がくる。
自分が纏っている物を内側に入れるイメージ……イメージ……
…
……
………!?
食い付いた!……ってめっちゃ強いな!ヤバい!
慌てて”力の装甲”を発動させて、何とか釣り上げた。
「先生!やりました!コレでかくないですか!?」
「うん、初めてにしては上出来だ。よくやったね。……じゃあ、今日はこの
くらいにしておこうか。その感覚を忘れない様にね」
結構集中すると、モヤモヤしたものを感じる事ができる事に気がついた。
子供の頃に想像した様な、何とも不思議な気分だった。
取り敢えず食料は大丈夫そう……味は知らないけど……
◇
今が何時かはわからないが、かなり周りは暗い。
ようやくご飯が食べられる。
焚き火に刺さった魚がこんなに美味しそうに見えるなんて……
焼き魚を頬張りながら、僕は先生に聞いた。
「先生、いきなり過酷すぎませんか?ほぼサバイバルですよぉ、コレ……」
「そうかい?でも、これくらい耐えられないと私と打ち合いにすらならないよ?
もしシンが嫌と言うなら引き上げるけど、その程度という事になるねぇ」
火の向こう側にいる先生の笑みがよく見える。
気のせいか……少し楽しそうな雰囲気を出していた。
「なんか嬉しそうじゃ無いですか?……まさか、僕の苦しむ姿を楽しんでます?」
ジト目で皮肉混じりに僕は言った。
「ははっ、まさか。……昔にもこんな事があったなと思い出していたのさ。
シンは心配性だね」
「へぇ、弟子とかですか?前にもいたんですか?」
「ああ、とびきり優秀な三人だった。他にも沢山居たんだが、最後までついて
来られたのはその三人だけだったんだ。
それでも、素質はシンの方が上かも知れないね。
その歳で二等級相当は聞いた事が無いし、考えられないからね」
先生は若干驚異の眼差しで、髭を摩りながら僕を見る。
そうか、ブルーノは二等級だから僕もそれ位……って事なのか。
でもそれってどうやってちゃんと決めるんだろ……試験とかあるのかな?
……食事を取ったからか、急に睡魔が
「じゃあ、僕は寝ますね。寝られるか不安ですが……」
「寝てる間は結界を張っておくから安心していい。朝だけど、私がシンを
攻撃して起こすから受け止める事。これは魔力感知の鍛錬だ」
「えぇ!?そんな……せめて加減して下さいよ?」
「そうだね……じゃあ、日に日に強くしていこうかな」
無理だ、絶対
寝てるのにどうやって感知するのさ……
あぁ……コレはブルーノを叩き過ぎた罰なのだろうか……
◇
翌日の朝は、予想通り避けられなかった。
お腹が凹むかと思う衝撃で起こされた。
加減など無く先生は何食わぬ顔で立っていて、「おはよう」と言ってきたが
僕の本能は”このままでは殺される”と警鐘を鳴らしていた。
先生の”見えない攻撃”はどうやら僕の能力で停止できないらしい。
もしかしたら、見えない又は実体化していない攻撃は今の所停止できないの
かも知れない……
先生に対する恐怖のゲージが徐々に高まる。
起きた後は、釣り。食料は魚しかない。
野生の生物はこの世界に滅多にいなく、殆どが侵犯者に捕食されてしまったらしい。
理解し難い現状だ。
魚がびっくりするくらい美味しいのが不幸中の幸いだ。
日中は、素振り三千回に魔術訓練、瞑想を先生の指導の元行う。
魔力量を上げるには、成人までに魔力を大量に使うのと瞑想により
神経を研ぎ澄ますのが、効果があるとされているらしい。
人の体力や気力と対して変わらないなと思った。
日が沈むと、また釣りで魔力操作の鍛錬。
コレが一日のスケジュールである。
一体何の少年漫画の修行パートだよ……と思って泣きたくなる時も
あったが、逃げ場もあるわけは無く先生に失望されたくない一心で乗り切った。
部活なんて比にならない辛さで、人生で一番根性を見せている気がする。
まあ、この世界ではまだ一年弱の人生だけど……
◇
そんな地獄の日々も月日が経つと、不思議か少し慣れる。
起こしに来る先生の気配にも、少し反応できる様になってきた。
恐怖で起きちゃうのもあるんだけど……
頭の中で周囲のイメージがぼんやりと浮かび上がる感じで、強い
魔力反応などがある時にビビッと来る様な……まだそんなものだ。
剣術は特に進展は無い。
素振りしかしてないので打ち合いもしたいなぁって思ったり……した時に、
先生が”はぐれ”を連れてきて僕と一緒に結界に閉じ込めた時は、泣いた。
「私が見てるから大丈夫」と言ってたけど、あの人はマジで鬼だった。
でも、いざ戦闘してみると体は軽かったし、知らぬ間に力も上がっていた。
相手の位置や攻撃も魔力感知で何となくわかったし、成果が実感できた。
魔術の方は、初級の魔術を大分覚えた。
中級にも挑戦してみようとしたけど、調整が難し過ぎてすぐ暴発してしまう。
まだまだである……
釣りに関しては一番手応えがある。
初めは一匹でやっとだったけど、今では四.五匹は釣れる。
魔力の消し方は慣れてきたなと、自負している。
先生にも「短期間で大したものだ」と太鼓判を押されたくらいだ。
そんな感じで、初めはどうなるかと思ったこのサバイバル特訓も、気付けば
一ヶ月位経っていたのである。
「よし、シン。基礎も大分できてきたし、そろそろ次の段階に進もうか」
「次の段階?まだ他に何かあるんですか……?」
「ああ、私直伝の剣術……みたいなものだよ」
その言葉が、繰り返しで退屈な毎日に変化をもたらしたモノであると同時に、
新たな地獄の幕開けだった……
◇
[サイド・グレイ]
ー 時は一月前 ー
今日は随分と遅いな……先生達……
もうすぐ夕飯の時間だっていうのに……エレアの機嫌が悪くなったら先生の
せいにしよう。
なんて思って先にダイニングで待ってようとドアを開けると、そこには
既にアルトが居た。
「あれ?アルト?先生とシンは?」
予想外すぎて、曇りなき疑問の声で聞いた。
「え?あ、あぁー……三ヶ月位帰ってこないって……」
「「はぇ!?さ、サンカゲツ!?」」
俺とエレアの声が見事に合う。
「ちょ、なんでよ!?シンちゃんは何処に行ったの!?」
「せ、先生は一緒なんだよな?」
二人でアルトに詰め寄る。
質問攻めで可哀想、とかそんなんは驚きで一切ない。
「う、うん……デュークと一緒にどっかの森に行くって……心配は要らないって
言ってたぞ」
「も、森……あぁ……シンちゃん大丈夫かしら……」
「ま、まあ……先生が一緒なら問題は……いや!あるわ!」
大きなため息を吐いて、椅子に強く座る。
まさか、ここまで大胆に出るとは……せめて事前に言ってほしいんだけどなぁ
この日の夕食は、会話が殆ど無かった。
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