第十一話 見定め
「何を言ってるんですか!?ブルーノさん!」
驚きと少しの怒りが混ざったグレイの声が、深夜の会議室に響く。
声を発した当の本人も声を荒げたのは不本意だったらしく、すぐに謝罪した。
声が漏れる心配などは誰もしていなかった。
それは、この会議室がデュークの遮音結界魔術の中にあるからである。
いつも重々しい反徒の会議だったが”今この現状は特に重大である”と、この場に
いる者は感じ取っていた。
「シンを先生に任せるって……本気で言ってるんですか!?」
「ああ、大真面目だぜ。グレイ」
グレイはその言葉に嘘はないと、瞬時に理解できた。
いつも少し戯けた人柄のブルーノだが、真剣になる時は腕を組む癖がある。
それが、現在進行形で当てはまると言うわけだ。
「……二人同時の鍛錬は流石に厳しい、とかですか……?だったら」
「おい、流石に俺をナメすぎだろグレイ。”普通”の子供だったら造作もねぇよ。
それは俺じゃ無くても、ある程度の等級の奴ならそうだろうさ。
だがよ、報告した通りアイツらは”普通じゃあねぇ……
アルトですら、あの戦闘センスと目覚めかけの能力は特殊だと思っているが……
シンは異常だ、俺じゃとても手に負えねぇ。天性のバケモンだ、アレは。
剣を握るのもビビってたくせに……何だあの対応力は?ははっ……
それに加え聞いた事の無い理不尽な能力……
俺も歳を取ったとはいえ、子供にいい様にされるとは夢にも思わなかったぜ。
シンを育てるには、技術的にも精神的にも俺じゃ力不足。
これが理由だ」
いつに無く饒舌なブルーノに、会議参加者は戸惑った。
無理もない、彼が会議でここまで意思を提示した事はほとんど無い為である。
暫しの静寂が訪れる。
グレイは予想していなかった答えに言葉を探していたが、その間にデュークが
口を開いた。
口角は少し上がり、微笑している。
「なるほどね、ブルーノ。私はあまり関与していなかったが、そこまでになって
いるとはね……どうだい?少しは私の気持ちがわかったんじゃないか?
責任を負う怖さと言うものが」
「……はい。でも、この歳でわかるのは遅すぎですけどね。いい機会になりました」
ブルーノは頭を掻きながら、苦笑いして答えた。
「理由はわかりました。でも……俺は不安です、不安すぎます。
だって、先生の弟子で最後まで残ったの”三人”だけですよね!?
弟子に優秀な騎士が百人以上居たって聞きましたが……それだけ厳しいって事
じゃ無いですか?それを子供であるシンが耐えられるとは到底思えません!」
グレイは感情的になり、身振り手振りが多くなる。
可哀想と言う気持ちと、戦力を減らしたく無いと言う気持ちが入り混じっていた。
「私も……グレイと同じ意見です。はいそうですか、とは思えない」
エレアも口を挟むが、綺麗な顔が不安で歪んでいる。
「あめぇ……って俺が言える立場じゃあねぇが、今ならわかる。
落とすか、堕ちるかなんだよ。今まで俺は高い所から指示するだけだったが、
シンは既に”今の俺”と同じ位置にいる。
打ち合った時に、俺を殴って楽しんでいるアイツに”堕ちる要素”が見えた。
一度崖から落としてやらないと、取り返しのつかなくなると俺は思うぜ?
もしもその崖を登り切ったら、シンはとんでもない切り札になる」
今日のブルーノは口数が多い。
自分が気付けなかった価値観と、シンの今後への期待がそうさせる。
エレアが一瞬ブルーノへ刺す様な視線を飛ばしたが、言葉の内容がそれを
緩和させた。
グレイはデュークに視線を向ける。
既に自分では処理できない案件になっている事に、不安を覚えていた。
「はぁ……そんな情けない目をするな、グレイ。私だって、あの歳の弟子を取って
くれ、なんて頼まれるとは夢想だにしなかったさ。
……悪いが、今すぐには判断しかねる。実際に見てから考えるよ」
デュークの言葉を最後に、その日の会議は終わった。
何人か他村の人が居たが、蚊帳の外だったのは言うまでもない。
◇
[サイド・シン]
青と白が半々位の空。
昼下がり、森が開けた場所に荒いリズムの乾いた音が鳴り響く。
今日の鍛錬は雰囲気がいつもと違った。
場所は森で、木や岩などがより一層実戦感を増していると感じる。
村の外で行うと、またあの”はぐれ”が出てくるのでは……と思ってしまいどうして
も気が散ってしまう。
そして、ブルーノが普段より殺気立っている。
それもこれも、今日の鍛錬に先生が見に来ているからであろう。
僕にとっても初めてで……良い所を見せたい、失敗はしたくないと言う焦りが体を
鈍らせる。
実戦経験が乏しい自分に比べて、ブルーノが戦い慣れている様に見えるのは一目瞭然。
足元も悪くてやりにくい……
「いつもの調子はどうした?シンよぉ?こんなんじゃ、まだまだデュークさん
に預けるに値しないぞ?……場所が変わったからか?集中力が欠けている様に
見えるぞ?」
「……ブルーノさんは周囲が気にならないんですか?また”はぐれ”が不意に
出てくるかもとか……思わないんですか?」
僕は周りを気にしながら、正直に話す。
あんなトラウマ級の出来事があって、気にせず村の外で振る舞えるメンタルは
残念ながら持ち合わせていない。
「あ、あー……それか。それなら気にしなくていいぞ。今はデュークさんが
居るから”そもそも入ってこられない”からなぁ」
「え?どういう事ですか?」
ブルーノは、少し離れた所に居る先生に目をやる。
僕も釣られて視線を送ると、先生は組んでいた腕を少し解き手をヒラヒラさせて
答えてくれた。
先生の隣で見ていたアルトも僕の視線に反応したけど……
違うんだよなぁ……
ブルーノは木剣を地面に突き刺し、珍しく説明を始める。
「そうだな……今俺達は、あの人が展開させている結界魔術の中にいる。
その結界は、術者が指定した条件を満たすか力ずくで破壊するしかねぇのさ。
で、その条件を設定するのも高度な技術が要るんだが、あの人は涼しい顔で
やっちまう……仮に、はぐれの大元である”禍級がここに現れても、羽虫程度
にしか思わんだろう……
それが、”元神聖騎士団総団長 デューク=マックウェル”ってわけよ」
「そうなんですねぇ……って、え!?先生そんなに位上だったんですか!?」
「あれ?聞いてなかったのか……?」
子供が新しい玩具を自慢するかの様に、鼻高々とブルーノは語った。
聞く限り、凄いのはわかるんだけど……この世界の基準がまだ不明瞭な為か、
実感が湧かない。
騎士団……それは、グレイの言う”国を変える為の戦い”で敵になる事は確か。
正直、僕にトンデモ能力が無かったら手を引いていただろう。
「どうしたんだい?今日はもう終わり?」
さっきまで10m位先に居た先生が、既に目と鼻の先に来ていた。
お得意の気配消しだ。一体どういう原理なんだ……
「いや、シンが”はぐれ”が怖いって言うから、大丈夫だって説明してたんですよ」
「ははっ、怖いのかい。シン。ブルーノより腕はたっても、心は子供で安心
したよ。でも、その気持ちは大事だ。今は大丈夫だから、思い切りやりなさい」
「……わかりました」
やっぱり、先生の安心感は凄い。
「もう何も怖くない」って思ったけれど、何か起こりそうなので振り払う。
「デューク達は怖くないのか?やっぱり、けいけんのさってヤツなのか……?」
小走りで先生に追いついたアルトは、思っていた事を素直に言った。
普段使わない言葉を言いづらそうにしているあたり、まだ九歳なんだなと思う。
「そうだね……私はもう、嫌と言うほど”アレ”を見てきた。
失ったモノも数えきれない。若い頃には、夢にもよく出てきた……
ブルーノだって例外では無いはずさ。
戦いを選んだ者なら避けては通れない道だよ。
君達も歩む道だろうが、覚悟は出来ているのかな……?」
先生は髭を触りながら、少し上の方を見つめて話した。
動じる事の無いと思われた、先生の感傷的な顔を初めて見た瞬間だった。
◇
先生が岩に腰掛けたのを皮切りに、僕達も体勢を楽にしている。
暫しの小休憩となった。
「俺はあるよ、覚悟!それがデュークに助けられた俺の意味だからね!
失うものも少ないし……まあ、守りたいものは……あるかもだけど……」
ぉおい!こっちを見んなよアルト……モジモジして言葉尻に行くにつれて
声が聞こえなくなったけど、なんて言ったのかは大体わかる。
こう言う時は聞いてないフリして、目を逸らしておこう……
「僕は……まだわかりません。実感がないと言うか……」
「アルトはまだしも、シンは仕方ないかもしれないね。まあ、学園に行って
色々学んでる内に考えも変わるかもしれないからね」
「学園……ってなんです?……ん?僕、学校に行く予定なんですか!?」
え!?聞いてない!
サラッと爆弾発言されたけど……そんな事言われたっけ!?
僕が忘れているだけ……?
「……ん?まさか、聞いてなかったのかい!?はぁ……グレイのヤツめ……
コレは後で問いただすとするか。
うん。そうだよ、シン。約一年半後に君とアルトは”聖ヴラトア西方学園”へ
入学する算段になっているんだ」
「えぇ……一年半後ですか」
まさか、こっちでも学校に行く事になるとは……
どんな感じなのかは気になるけど……不安しかない。
グレイに協力するって言った手前、やるしかないけどさぁ……
まあ、言うて学校だから……危険な事はないでしょう。
「何で行かなきゃ行けないんですか?正直、ここで先生に教わるだけで
十分だと思いますけど……」
「まあ、その疑問はもっともだね。確かに君達二人は既に学園に行かなくても
良い位だと思うが、目的は”アルトを騎士団に入れる”なんだ。
アルト一人じゃ不安だから、シンも一緒にってわけさ」
なるほどね、護衛ってわけですか……
実際、僕はアルトよりは力量が優っていると思うから……まあ、そうなるか……
騎士団に入って中から侵食していく、とか言う作戦なんだろうか。
もしそうなら……命懸けじゃあないか……
「お前らなら、同級生なんて屁でもねぇな。精々やりすぎない様にしてくれよ?」
ブルーノは自分で刺した木剣に手を掛け、腰を上げた。
その動きが、雰囲気的に休憩を終わらせる事となった。
◇
休憩後の鍛錬はいつも通りにやれた。
最早ブルーノさんとの打ち合いは慣れてきて、僕の方が色々試す側に
なってきている。
心の中ではサンドバックさんと呼んでいる……なんて事は口が裂けても言えない。
何もかも僕のトンデモ能力のおかげと、強化魔術による身体強化が大きい。
感じた事のない全能感が、心をくすぐる。
実際、僕はいい所行ってんじゃないか?とどうしても思ってしまう高揚感。
いつか憧れた、ヒーローみたいになれるかもしれない……そんな気がする。
「はぁ…はぁ…、やっぱり俺はお役御免みたいだな」
「うわぁ……やっぱりシンは強いなぁ。相手の動きがわかってるみたいに
戦ってるし、俺よりも”力の装甲”の力が強い気がする……
前に打ち合った時、ボコボコにされたし」
ブルーノは息を切らして、散らかった前髪の間から鋭く僕を見る。
対照的に、アルトは敬愛の眼差しである。
そう言うところが憎めないんだよなぁ、アルトくんよぁ……
「うん。確かに、もうブルーノではシンの成長はあまり期待できないだろうね。
君は魔術とか魔力を教えるのはあまり得意ではないみたいだし……
よし!シン、少し打ち合ってみようか」
「え?今……ですか?先生は準備とかしないんですか?その……足腰とか、
大丈夫です?」
失礼な質問かもしれないが、先生は結構な歳だ。
普段から姿勢とかは良いけれど、それでも前の価値観的にどうしても心配になる。
ブルーノが呆れた苦笑いをしている間に、その手元にあった木剣は既に先生の
手に渡っていた。
ブルーノも、その事に気づくのに、2.3秒かかっていた。
「はっはっは、足腰の心配をされるとは……私も歳を取ったな。
心配無用さ、大丈夫。私も、シンの能力を加味した上で頑張ってみるよ。
少なくともブルーノよりはやれると思うから、安心してかかってきなさい。
さあ、力の差を教えてあげよう」
読んでいただきありがとうございます。
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