路上のハットトリック
駅裏の雑踏の片隅で、痩せこけた青年がキャップを裏返して道端に置いて、ギターを掻き鳴らしている。
時折、キャップに小銭が投げ入れられる。
青臭い歌詞を叫びながら、酔客にうるせーと怒鳴られて、少し頭を下げたりしながら、青年は毎日、ここで歌っている。
何処か、焦燥感にかられて見える青年の目が、光を失っていく。きっと、彼も静かに消えていく、そんな風に思っていると、サッカーボールを抱えて歩く小学生くらいの少年が彼に声をかけた。
「おにーさん、毎日歌ってるよね、おにーさん、とっても上手いから応援してるよ」
ニコニコとした笑顔の少年にそんな声をかけられて、青年は呆気にとられて、黙っていた。
物怖じしない性格なのか、少年はそんな反応も物ともせずにさらに話しかける。
「ねぇねぇ、リクエストとかって、頼める」
そんなことを言われた事が無かった青年は良く理解しないまま、ああ、とだけ返した。返したと言うよりは、ただ口から漏れたと言った風情だ。
だが、少年は我が意を得たりとばかりに畳み掛けた。
「良く歌ってるの、あるでしょ。蹴りだして、駆け上がるって錆の、誰の歌か知らないけど、あれ、歌ってよ」
それは、かつてはサッカー少年だった青年が一つ目の夢が破れた後に作った最初の曲だった。自分の新しい夢を叶えるために。
「俺さ、明日、少年サッカー大会に出るんだ。ストライカーなんだぜ、あの曲聞いたら、ハットトリックだって決めてやるんだ」
そう言って足元のキャップを見た少年は、
「あー、今はこれしか無いけどいい」
そう言いながら、ポケットの財布から小銭をありったけ出して見せる。
青年は何かツボに入ったらしく、一頻り笑うとお金はいらないよと少年の頭を撫でてから、唄い始めた。
優しい歌声に自然と人が集まってくる。
あー、この青年はきっとうまく行くな。
そして、ありがとうと元気に感謝を述べて走り去る少年はまさしくストライカーだ。
彼は路上のハットトリックを決めたのだ。
青年の心を癒し、彼の歌声を取り戻し、多くの人が足を止めて、駅裏の雑踏に光が差した。
私も、もう少し頑張るとしよう。
「ありがとう、未来のエースストライカー、そして未来のスターさん」