01.番解消
神様は乗り越えられない試練は与えないというが、それは乗り越え方はあるという意味で、その方法が見つけられるところまでを担保するものではない。
そもそも試練がわかりやすく試練という形で巡ってくるとも限らない。一見恵まれたものとして近寄ってきて、取り返しがつかなくなってから試練だったのだと気づくことだってある。
そう、私は試練を乗り越えられず失敗した。
私には、前世と、前々世の記憶がある。
前々世では日本という国で生きる女性だった。平平凡凡な生涯だったが、地道にコツコツと生きてきて、自分でいうのもなんだがよい人間だった。
その証拠に神様が認めてくださり、ご褒美にと大好きだった乙女ゲームの世界のヒロインに転生させてくれた。
しかし、この人生で私はやらかした。
乙女ゲームの世界で、攻略対象にちやほやされるうちにすっかり調子に乗ってしまったのだ。そして、あろうことか逆ハーレムルートに突入した。どんな態度をとっても皆が私を信じて、甘やかし、愛してくれるので、完全に頭がお花畑となり、世界は私のものよと傲慢に振舞った。
だが、無論、逆ハーレムなんて無理筋ルートはシナリオがエンドを迎え強制力が切れた途端に破綻した。国を憂う真っ当な派閥により私は殺害されたのだ。
死んだあと、再び神様と対面した。
「君には失望したよ」
開口一番に告げられた。
「私も私に失望しました」
私はようやく気づいた。あの、恵まれた環境はご褒美と同時に試練でもあった。
人はつけあがる生き物だ。優しくされたら最初は感謝していても、だんだんと当たり前みたいに思えて傲岸になる。
けれど、優しくされても謙虚でいられたら、それは本当によき人間である。
神様は私が本物かどうかを試したのだ。
そして、私は失敗した。
前々世でよい人間でいられたのは単に善意を与えられ続けるようなことがなかっただけで、環境が整えばどこまでも愚かになれてしまえる。ちっともよくなんてない。それがこんな形で証明されてしまい恥ずかしくてたまらなかった。こらえきれずにわんわん泣いた。自分がいかに不出来であるかを知って魂から絶望し変わりたいと思った。真面な人間になりたい。どんな状況でも自分を律することができる人間になりたい。
そんな私に神様はやれやれとため息を吐きながらも、
「もう一度、チャンスを与えよう」
そう慈悲をくださった。
「ありがとうございます。今度こそ私は謙虚に生きます」
私は両手を組み祈りのポーズをとりながら宣誓した。
こうして、二度目の転生を果たした。
ヒルデガルド・ロバートソン――これが今世での名前だ。
そこそこ裕福な伯爵家の次女として生まれたが、貴族だからと優越感を持ち平民を見下したりせず、人には敬意を持って、穏やかな日々を心がけている。おかげで、家族や友人、使用人たちと友好的に上手くやっている。評判も上々だと思う。だけど、そこでまた調子に乗らないように、私は私を信用せずに、浮かれたときほど慎重になって、石橋を叩いて渡るように過ごしてきた。
現在、私は十七歳だ。
前世では十六歳で学院に入学して攻略対象と出会ったが、二年に進級した今もまったくそのような気配がない。どうやら今回はそういう特別待遇の人生ではないようだ。無条件に私をちやほやして、もはや崇拝では? と言いたくなるような熱烈にアプローチをしてくる相手がいないことはとてもよい。勘違いしないでいられる。
大丈夫。このまま、真っ当に生きられる。
前世、前々世の記憶もあるし、神様はきっと難易度を下げてくださったのだと感謝していた。
感謝していた、が……やはり、何も起きないなんてわけはなく。
変調は、一通の手紙からだった。
夏の長期休暇に入った翌日にヒューズ辺境伯から手紙が届き、七日後には辺境伯自ら屋敷を来訪された。
辺境伯は爵位が示す通りに国境沿いの辺境地を守る一族で、人狼と呼ばれる人と狼のハーフだ。人狼故の特殊な力を持っていて、「王の盾」とも呼ばれ国王からの信頼厚く、権力としては侯爵、いや公爵にだって引けを取らない家柄である。そんな方が呼び出すのではなくわざわざ我が家に足を運ぶ理由とは? 両親は何事かと戦々恐々として、屋敷の空気はピリピリとした。
ヒューズ辺境伯が到着すると家族総出で出迎えるため玄関に集まった。
戦闘民族――という話から筋骨隆々の大男をイメージしていたがヒューズ辺境伯はスラリとした長身のロマンスグレーと呼ぶに相応しい容姿だった。だが、何より目を引くのは髪と目の色だ。金髪や銀髪はよく見かけるが、真っ黒というのは大変珍しい。こういうのを濡羽色というのだろう。
辺境伯は私たちの歓迎に感謝して、突然の訪問の詫びまで述べられた。
好意的な態度に張りつめていた緊張の糸が少しだけ緩まる。
父は辺境伯と応接室へ、母と兄と姉、それから私は部屋に戻ろうとした。ところが辺境伯から「ああ、申し訳ないが、ヒルデガルド嬢には同席していただきたい」と声がかかる。
え? と驚いたが断ることもできずにおずおずと同席することになった。
お茶が運ばれ父が執事に退室を促し三人だけになると辺境伯はすぐに本題を切り出した。
曰く、辺境伯の息子の番に私が選ばれたと。
番とは人狼族の伴侶に使われる言葉だ。
狼という種は一度伴侶を決めれば生涯その相手のみを愛する。人間のように離婚などしない一途な生き物だ。人狼族はそちらの習性を強く受け継ぎ、生涯に一人だけを愛する。蝶番のような他では代えのきかない一対――それが番だ。
番は「導きの水晶」によって教えられる。
毎年夏至の日に水晶の儀式が行われ、未婚の人狼が手をかざすと時が満ちた者にだけ番の顔が浮かび上がる。
今年儀式が成功した者の中に辺境伯の次男・ヴァン様がいた。
だいたいが二十歳までに番を映すが、ヴァン様は二十二になるのにまったく映さずに心配の種だったがようやく今年見つかった。
「それは、なんと申し上げたらいいのか……」
父は絞り出すように言葉を紡いだが、困惑の中にも喜びが含まれているように感じられた。
愛情深い人狼族の番に選ばれた者は幸せになれると言われている。ましてや辺境伯のご次男様である。身分的にも申し分ない。そろそろ私の婚約者を探さなければと考えていた父には喜ばしいことだろう。
しかし、私は違う。
繰り返しになるが人狼はたった一人を愛する。たった一人を溺愛する。存在を全肯定のドロドロ甘やかしまくる。――それは私が前世で失敗してしまった環境そのものだ。まさか、このような形で再現されるなんて!
「本当にわたくしなのでしょうか?」
動揺を抑えて私はまずその確認をした。
水晶に顔が映るだけで、どうしてそれが私だといえよう。世の中には似た顔の人が少なくとも三人はいるというし、映る角度によっては似て見えることだってあるだろう。百パーセントの確証がないものなど信じるに能わず。
「ええ、間違いありません。水晶には名前と生まれまで出ますから」
ところが、辺境伯はあっさりと肯定した。
同姓同名の可能性なども含め、夏至からずっと入念な調査を行ったので間違いではない。ヒューズ辺境伯家の名にかけてとまでおっしゃった。
というのも、かつて双子の片方が番に選ばれたが、違う方を番と紹介され婚姻したものの、どうにも違和感が拭えず秘密裏に調べたら真の番は家族により虐待を受けていたことが判明し、大問題になったケースがあり(詳細についてはごにょごにょと言葉を濁されたが、どうも自身の番を虐待されたと怒り狂った人狼側が流血沙汰を起こしたようだ)、教訓から現在では徹底的に調べ上げるようになったのだという。
辺境伯がそういうからには抜かりはないだろう。
これは、いよいよ、ピンチである。
「躊躇われるのも無理はないでしょうが、一度息子に会ってみてもらえませんか?」
「それは、」
無理ですと言いたかったが、続けられなかった。
辺境伯は口調こそ打診のような形だったが、その目には強い意志を宿していたから。
その後、結局、申し出に断る正当な理由が思いつかず、また家族が賛成したこともあり、私は辺境伯の領地へと赴くことになった。
◇
辺境伯の領地は、馬車で六日かかる。
約三十年前に隣国との和平が結ばれてからは緊張状態は緩和され、広大な土地には麦畑が広がっている。もう少しで収穫時期なのだろう、黄金色の穂が頭を垂れて、風が吹くとざわざわと揺れる。
辺境伯屋敷は小高い丘の上にあった。
屋敷につくとヒューズ辺境伯夫人であるミランダ様と長女のメアリージェーン様とその娘で五歳のカーミラ様が出迎えてくれた。
メアリージェーン様とカーミラ様は辺境伯と同じ黒髪に黒い目をしている。人狼族の証がこの色なのかもしれない。
荷物は客室に運んでくれるというので、私はガーデンテーブルに案内されお茶をすることになった。
こちらの気候は湿気が少なくカラリとしていて、汗はあまり流れない。パラソルが立てられたテーブルにシャーベットが運ばれてきた。
「スイカのシャーベットなの。スイカ好きですか?」
カーミラ様がスプーンを握りしめてにこにこと聞いてくる。
「はい。好きです。スイカも、シャーベットも! でもスイカのシャーベットは食べたことがありません」
「じゃあ、いっしょに食べましょう!! とてもおいしいのよ!」
キャーとはしゃぎながら、カーミラ様がシャーベットを一口食べる。するとまたキャーと喜ぶ。国王陛下とも懇意にしている家だから、幼い頃からガチガチに躾けられているのかと思っていたけれど、五歳児らしい天真爛漫さに頬が緩む。
カーミラ嬢は一生懸命食べながら、私にも食べるようにすすめてくれるので、スプーンを手にした。シャーベットは良い感じに溶けていてスッとすくえた。口に入れると酸味と甘味が舌の上に広がる。
「おいしい」
「でしょう!!」
私のつぶやきに、カーミラ様が力一杯同意してくれ、夫人とメアリージェーン様が柔らかく笑う。
それから、ここにくるまでの旅路の話などをした。
大人のおしゃべりには興味ないようで、カーミラ様はシャーベットに夢中だった。食べ終えるとおかわりを所望し、メアリージェーン様に「お腹を壊すからダメ」と止められる。カーミラ様はぶっすぅと両頬を膨らませてふてくされ、その表情があまりに可愛らしくて、けれど笑うのもいけないと我慢していると屋敷の中からヒューズ辺境伯が姿を見せた。
後ろには初めて見る人物もいる。ヴァン・ヒューズ辺境伯令息だろう。
ヴァン様もまた黒髪に黒目。ヒューズ辺境伯よりも更に背が高い。颯爽と歩いてくる様はさながら舞台役者のようだった。
二人が側までくると、私は立ち上がった。
「待たせたね」
「いいえ、おいしいお茶とシャーベットをいただいてました」
「収穫したばかりの果実はそのままがうまいと思うが、妻はこちらが好きなんだよ」
ヒューズ辺境伯が目を細めて夫人を見る。
カーミラ様もだいぶスイカのシャーベットをお好きみたいだが、娘やまだ小さい孫娘ではなく真っ先に夫人のことを口にする辺りが、どんだけ夫人を好きなのか、と思う。これが番に向ける愛情なのだろう。
熱視線にこほんと夫人が咳ばらいをすると辺境伯は我に返った。
「紹介しよう。息子のヴァンだ。こちらはヒルデガルド・ロバートソン伯爵令嬢」
完全に夫人に見とれてましたよね、と親しい間柄ならツッコむところだが辺境伯相手にそのような真似は無礼であると呑み込んで、私はヴァン様と向き合った。
ヴァン様の目線がさっと私の頭から足先を撫でるように動き、黒い目がキラリと一瞬金色に光ったように見える。辺境伯が夫人を見たときのような親愛の感情は少しもなくて、まるで品定めるするみたな不躾な眼差しに怖気が走った。
「は、はじめ「私は番というものを認めてはいない」
それでも礼儀として挨拶を口にしたがヴァン様が被せるように言った。
「ヴァン!」
辺境伯の咎めの声が響く。
「会ってみれば気持ちも変わるからと、どうしてもというので来ましたが、別に何も変わりません。時間の無駄でしたね」
ヴァン様は辺境伯の怒気をもろともせず、ふん、と冷たく鼻で笑う。
どうやら彼は番というものに懐疑的な考えの持ち主らしい。
水晶に映し出された相手を生涯愛すると言われて、はいそうですか、とあっさり受け入れてしまう方がどうかと思うので、その点については別に問題ない。そして実際私と対面したが何も感じなかったことも問題はない。ただ、私が頼み込んでお願いしたわけでもないのに、「どうしてもというから来た」とか「時間の無駄だった」という態度はあまり褒められたものではない。というか失礼だ。
目の前で繰り広げられる出来事に、さぁっと血の気が引いていくのを感じた。夏の陽気な気候の中だというのに、身体の隅々、手の、足の、爪先までが冷えて震えてしまいそうだった。
こんな人のために六日もかけてきたのかと思うと情けない。
だが、枝葉にこだわり大筋を見誤るのは愚かなことだ。彼が失礼かどうかなんてこの際目を瞑ろう。それより、彼も番に否定的なことが重要だ。これは私にとってもいい兆候である。溺愛という危険な状況に陥らないでいられるのだから万々歳だ。このまま番から完全に外れてしまえばよい。自分が望む状況の為にこそ最善を尽くすべきだ。
私はお腹に手を当てて小さく呼吸をする。
「辺境伯。わたくしは、辺境伯から一度ご子息と会ってほしいというご依頼を受けて、こちらに参りましたが、対面もしましたし、これで約束は終わりということでよろしいでしょうか?」
辺境伯とヴァン様は睨みあっていたが、構わずに声をかけた。
「え、ああ、申し訳ない。ヒルデガルド嬢。息子が無礼な態度を取った」
「いいえ、……少し驚いたのは事実ですけれど、ご子息の発言で、辺境伯がおひとりで我が家にお越しになった理由に得心が行きました。拒まれたのですね。それでも、会ってみれば劇的な変化が起きるかもしれないと期待して、ご子息のためにと辺境伯自らお越しになり、私を連れて帰ることにした。そして、変化が起こった場合に、ご子息が番を否定しているということは伏している方が私の印象がいいとお考えでしたのでしょう。親心、わたくしは感動いたしました。残念なことにそのお気持ちは無駄に終わってしまいましたけれど……でも、わたくしとしましても、下手に本心を隠されてずるずるとこちらで過ごすよりも対面してすぐにこうしてご判断くださったことは幸いです」
話しているうちに、身体の冷えは静まっていた。
「それで、辺境伯に質問があるのですが……わたくしは一応番というものに選ばれたということでしたが、このような場合の処置というものはあるのでしょうか? つまりその……今後、何かの間違いで効力が発揮されるような状況になっても困りますし、せっかくこうしてこちらに来たのですから、きちんと終わらせておきたいのです」
辺境伯はさっと顔色を変えた。
その意味が私にはよくわからなかった。
何かまずいことを言ったかしら? と救いを求めるように夫人を見た。この場面で二番目に身分が高い人物だから。
「仕方ありませんわ、貴方。ヒルデガルド様の申し出は当然のことですもの。彼女が不利益を被るようなことは看過できません」
夫人は「ヒルデガルド様だって好きでこちらにきたわけではないのに、自分ばかりが被害者みたいな態度で本当に愚かな子」とヴァン様を非難したあとゆっくりと私を見て微笑んだ。
「番とは人狼族が相手を縛る鎖のようなものなのよ。番は人狼の強靭な執着により他との縁を結ぶことができなくなる。ただ、番であるというだけで、他のすべての縁が絶たれるなんてひどい話よね。それで番としてよい関係が築けたらいいけれど、長い歴史の中ではそうでもない者もいたわ。番が他を選べないのをよいことに粗末に扱う愚かな人狼も残念ながらいるのよ。だから、番から解放されるために『聖なる鋏』というものがあるの。それで二人の間にある糸を断ち切るのよ」
夫人の話は初めて聞くものだった。
この話が本当なら、番とは人狼側の一方的な妄執からできあがるものということだ。私になんの選択権もないのにヴァン様はあんな態度をとったのかと事情を知るほどありえないなと思った。
「では、その『聖なる鋏』はどちらにあるのでしょう?」
「ヒルデガルド嬢……それは少し早計というものではないかな?」
終わらせることに前のめりになる私に待ったをかけたのは辺境伯である。
「どういう意味でしょう?」
「たしかにヴァンの態度は非常識なものだったが、まだ会ったばかりだし、もう少し考えてからでもよいのではないかと」
「お言葉ですが、わたくしもこのお話に乗り気ではありませんでした。ご子息様も同様であるならここで結論を出してもよいのではないでしょうか。当事者同士が納得しておりますのに、お止めになる理由がわかりません」
いや、理由はわかる。
辺境伯は番である夫人を心から愛している。番がいかに重要な存在か身をもって実感しているから解消には反対するのだろう。それはきっとヴァン様のためでもある。
たしかに、第一印象が最悪でも一緒に過ごしているうちに惹かれあっていく可能性はある。早計と言われたら早計だ。しかし、私はこの関係をまったく望んではいない。解消方法があるのなら、早いところ終わらせたい。
「ご子息様もそう思われませんか?」
私は辺境伯の説得よりヴァン様の後押しに期待することにした。
ヴァン様は蚊帳の外に置かれたような状況からいきなり話を振られてはっとした顔をした。まぁ、彼を疎外していたのは故意なのだけれど。名前を呼ばないのも、挨拶をする前に遮られたからである。侮辱されたのに親切にするのは優しさではなく自分を蔑ろにすることだから正当な態度だ。
目が合うと、彼はパチクリと瞬きをした。
「早急に番解消を行いたいのですが、ご子息様も同意見で間違いないですよね?」
否を言わすつもりはなかったが彼は「ああ」と頷いた。
「お前……! 自分が何を言っているのかわかっているのか!?」
再びの辺境伯の怒声が響いた。
貴族は感情を抑えるに長けているはずだが辺境伯がこんなに取り乱すなんて余程番が大事なのだなぁ、と感心する。しかし、生憎とヴァン様はそうではないのだから諦めてほしい。
「貴方、ヴァンはもう成人しているのですよ。自分の言動には責任を持つべきですわ。それにこの子のあのような発言を聞いたあとでヒルデガルド様にまだ待ってほしいなど厚かましいお願いをするなんて、親子そろって無礼がすぎます。息子が可愛いのはわかりますが、だからといって他所のご令嬢に無理を強いるなど見損ないましたわ」
見損なったという言葉に、辺境伯は真っ青になった。
私は少し溜飲が下がる思いがした。
「ヒルデガルド様、申し訳ございません。遠いところをお越しくださったのにこのような形になってしまって……番の解消はわたくしが責任を持って行えるように手配いたしますので、どうぞご安心ください。長旅でお疲れでしょうし、ひとまずお部屋でお休みになってくださいませ。夕食のときにまたお話いたしましょう」
夫人は侍女に部屋に案内するように指示を出して、それにカーミラ様も「わたしもごあんないする!」と一緒についてきてくださることになって、私はこの場を後にした。
◇
六時になり、夕食ができたと言われたので客間――離れという方が正確だが――から出て案内されたのは、昼間にお茶をした庭だった。
日はまだ暮れ切っておらず、まどろみのような夕暮れがゆったりとした気分にさせた。バカンスにきたと思えば最高の環境だ。私はすでにそちらに気持ちを切り替えている。せっかくなので楽しみたい。
「こっちこっち!」
とカーミラ様が私を見つけると駆け寄ってきて手を引かれる。
「今日はね、お外で食べるのよ」
所謂バーベキューだ。
辺境伯家に泊めていただくのだから、晩餐にも招待されるだろう……そのとき恥ずかしくない服装をと私の持っているドレスの中でもとっておきを二着も持ってきていたが、夕食には軽装でご参加くださいませ、と事前に言われていたので、時間があれば辺境伯領の市中を見て回ろうと思い、溶け込めるように簡素なドレスも用意してきた。それを着てきたのだけれど……皆、本当にラフな格好をしている。私は場違いにならずによかったと安堵した。
夫人とメアリージェーン様のところまでカーミラ様に連れられて行くと、
「ヒルデガルド様。少しは休めたかしら?」
「はい。ゆっくり休めました。素敵な離れをご用意くださりありがとう存じます」
「そう思っていただけたならよかったわ。それから、例の儀式の件だけれど、明日の朝一で執り行えるように手配しました。ヒルデガルド様が準備することはないので、そのまま来てくださるかしら」
私が一番聞きたかった情報を教えてくださった。
あまりしない儀式のようだったから、準備に時間がかかるかもと心配だったが明日にはできるというのだから大変嬉しい。
「早急のご対応ありがとう存じます」
「儀式が終わったら、そのあとはしばらくのんびり観光でもして楽しんでください。明後日にはお祭りもあるので、是非参加なさって」
「いいえ! とんでもない。儀式が済み次第、帰ります」
「まぁ、そんな寂しいことおっしゃらないで。せっかくお越しくださったのですから楽しい思い出を作ってください」
「今宵の、このおもてなしで十分です……すごいですね」
このまま押し切られそうだったので、私は話題を強引にパーティに持っていった。
「ふふ、驚いたかしら? せっかく来ていただいたのですから、あまり経験されないようなことの方が楽しいと思って、人狼族の好む夕食にしましたのよ」
夫人の説明に私は頷いた。
大きな鉄板が三枚と燻製機が二台、少し離れたところには箸休めにフルーツが美しく盛られた皿が並ぶテーブルが設置されている。基本的にお肉、お肉、お肉。野性味である。
すでに料理は始まっていてお肉のいい香りが食欲を増進させる。
「あのね、あのね、お肉をね、そのままがぷって食べるのよ! 行きましょう!!」
カーミラ様に再び手を引かれて、一番近くの鉄板の前に行く。
串にささった肉がどーんと焼かれている。
この世界の、それも貴族の食事としては衝撃的なものに違いないが、私は前々世の記憶があるのでそれほど驚くことはない。けれど、カーミラ様が、どやぁ、という顔で私を見ているのでそこは年長者としてリアクションをとらねばなるまい。
「すごーい! これをそのままかぶりつくのですか?」
「そうなの! そうなの! すごいでしょう!! でもね、そうやって食べると、とってもとぉーってもおいしく感じるのよ」
わかる。豪快に食べること込みでおいしいと感じる料理がある。なんでも上品であればよいわけではない。
料理人さんが、お皿に串を載せて渡してくれる。まずは、カーミラ様に。子どものカーミラ様には少し小さめの串だ。
「持てますか?」
「だいじょーぶ」
カーミラ様はにこにこしながらも、両手でお皿を持っている。
次に私の分を渡してくれる。
お肉と……玉ねぎの輪切りとトウモロコシが順番に串にささっている。
「これは、何のお肉ですか?」
「ロックベアです」
「え! あのロックベアですか?」
料理人さんに尋ねると返ってきた言葉に驚いた。
ロックベアとはかなり強い魔物で、私の暮らす土地にも時々出没するが、討伐にはかなりの人数を派遣する厄介な存在だ。だが、その肉は濃厚で美味しく、倒したら高値で売れる。冒険者の中にはロックベアを専門に狙う者もいるくらいだ。それでも貴重で、値下がりしないのだ。それを、こんな風に串刺しにして振る舞うなんて、なんという贅沢だろう。
だが、驚きは終わらない。
「私が今朝、仕留めてきたので、新鮮ですよ」
「……え、貴方が?」
言われてみると、料理人さんはむきむきである。
料理人には自ら食材を入手するために冒険者となる者もいる。この人もそういうタイプなのかも、とちょっと興味がわいた。
「ええ、三人がかりで倒しました」
「たった三人で!! 普通は、そんな少人数で倒せるものではないですよね? お強いんですね」
私が感嘆していると、
「我々人狼にとってはそれほど難しい狩りではないのですよ」
振り返ると辺境伯と、その後ろにヴァン様が立っていた。
私は慌てて礼を執ろうとしたが、生憎手がふさがっていたので、軽く膝を曲げるだけのお辞儀になる。
「ああ、畏まらなくて結構。ゆっくり楽しんでくれたまえ」
「ありがとう存じます」
「席までご案内してあげなさい」
辺境伯はヴァン様に指示を出した。
第一印象が最悪だったので、少しでも改善できるようにと私たちを関わらせたいという意図は理解できた。
さて、ヴァン様はどうするか。
ここでも威勢よく「何故私が?」とか言ってくれたら称賛を贈る。やるからには徹底して拒絶。中途半端格好悪い。……と思ったが彼は、どうぞ、と短く一言言うと歩き出した。ついてこいということだろう。私はチラリと辺境伯を見るが笑顔である。ついていけということだろう。
ああ、これはガッツリ辺境伯に説教されたのだろうなぁ、と想像できた。
でも、愛想の欠片もなかったので本人は全然納得していないのだろうことも。番としては認めてはいないが、人として初対面の相手にする態度ではなかったことは反省しているといった感じか? まぁ、今更だけれど。
たどり着いたのは誰もいないテーブルだった。
少し離れたところにミランダ夫人とメアリージェーン様がいらっしゃる。
カーミラ様は先にそちらにいっていたが、私が別の席に座るとわかるとお皿を持ってこちらにやってきた。私と一緒に食べたいようだ。
正直ありがたい。ここで、ヴァン様と二人だけとか勘弁である。
私はカーミラ様のお皿をテーブルに置いてから、彼女を抱っこして椅子に座らせた。本来なら侍女の仕事だが、いけません、とか言って連れ去られるのは困るので私が動いた。
カーミラ様からは「ありがとうございます!」と元気な返事があったので、「どういたしまして!」とこちらも返す。
私がそうしている間、ヴァン様はいなくなっていた。
だが、すぐに皿をもって戻ってくる。
やはりここで食べるようである。
「もう食べていいですか?」
カーミラ様はじっとしていたが、ヴァン様が席に着いたのを見て尋ねた。
「ああ、お食べ」
ヴァン様は私に向けるのとは違う優しげな口調でカーミラ様に告げた。
どうやら、カーミラ様のことは愛でているようである。
「はい! いただきます!」
カーミラ様は元気に言うと串をもって大きく口を開いてがぶりと食らいついた。
もぐもぐと一生懸命に咀嚼する姿は可愛らしい。
「どうですか? おいしいですか?」
「とってもおいしい! ヒルデガルド様も食べてください!」
「はい、ではいただきます」
私も遠慮なく、串の一番上にあるロックベアの肉にかぶりついた。
肉は簡単に嚙み切ることができた。
「やわらかい……」
「でしょう!!!」
私のつぶやきにカーミラ様が力一杯同意してくれる。
こんな会話、昼間もしたな、とふふっと思わず笑いそうになっていると。
「貴方は、平気なのですね」
ひんやりとした声がした。
テーブルにはカーミラ様とヴァン様しかいないので、誰の発言かはすぐにわかったが、言われた内容がよくわからずに彼の方を見た。
その目は、とても冷たい。
「この地で暮らす者たちには馴染みのある食べ方ですが、客人は皆、ナイフとフォークで食べます」
なるほど、私が何の抵抗もなくかぶりついたことへの感想らしい。
しかも、それが気に入らないという様子だ。
どうやら彼は肉にかぶりつくなどはしたない真似はできないと困惑するような令嬢が好みらしい。この地に暮らし、幼い頃からこれが当然であると育ったならわかるが、そうではないのにあっさりかぶりついて食べる私を信じられない。どういう育ちをしてきたのかと批難している。
おい、おい。辺境伯に叱られて、私への態度を改めたのではなかったんかーい、とツッコミたいが、そんなこと言えば火に油を注ぐので我慢した。
それにしたって、自分たちはいいけど、客人はダメとかいくらなんでも難癖がすぎる。難癖オブ難癖。ここまで見事な難癖も滅多にお目にかかれまい。
それほど私が気に入らないのか……それとももしかしてアレかしら? 私のことがだんだんと気になりはじめているけれど、最初に否定した手前素直になれずに嫌味を言うことで気を引きこうとする、所謂ツンデレ展開というものでは?
……流石にそんな典型的なことはないか……でも、万が一ということはある。もしそうならデレられると厄介だ。下手に好意を自覚されて儀式を嫌がられるのは困るからなんとしてもツンのままで、私を嫌っていると対外的に主張できる状況を保っていなければならない。
故に、私は彼を刺激しないように、彼の言動に過剰に反応せず、愚鈍にやりすごすことにした。具体的には笑顔で頷くのみにする。反論は一切せず、スルーである。
その後も、彼は私とカーミラ様との会話に水を差してきたが――カーミラ様は玉ねぎが嫌いなようで残そうとするので「わたくしが半分食べますから、カーミラ様も半分は食べましょう」と言って頑張って食べさせていると「別に無理に食べさせずとも、他で栄養を補えることができるでしょう」とか、食後のデザートにグレープフルーツを食べるときカーミラ様が「わたくしは、酸っぱいので苦手なのです」と言うので「お砂糖をかけると酸味が和らぐので食べられるようになりますよ」と言うと「酸っぱいのが醍醐味なのに甘くするなんて」とか――私は華麗に受け流した。
本当は、うっぜぇぇぇー! と叫びたかったが、それは貴族の令嬢としてもまずいので、イライラを押し殺していたが。
「おじさまは、どうしてヒルデガルド様をいじめるのですか!」
ついにカーミラ様から咎められるに至ったのには笑ってしまった。
姪っ子に指摘されてヴァン様も焦ったようで「私はいじめてなどいない」と否定したが、「いいえ、いじめています。あやまってください!」と言われて渋々ながら謝ってくれたので、少し清々したのは内緒である。
カーミラ様は神!
◇
翌朝、待ちに待った儀式のために、侍女が呼びにきた。
昨夜のうちに帰り支度は済ませてあるので、あとは馬車に荷物を積んで、儀式が終わり次第ここを立つ手筈である。
私は家から連れてきていた侍女・メリーに馬車に荷物を運ぶようお願いした。馬車も我が家のものである。こちらへ来るとき辺境伯の乗ってこられた馬車に同乗する話も出ていたが、気詰まりすぎるし、荷物もあるのでと家の馬車で来てよかった。こちらにお願いしなければならないなら、すぐに追い返すような真似はできないと拒否された可能性がある。あのときの自分の決断を褒めたい。
母屋の客間に通されるとすでに辺境伯夫妻とヴァン様と祭服を着た初老の男性がいた。
テーブルには木箱が置いてある。
「おはようございます」
「おはようございます。昨日はよく眠れましたか?」
ミランダ夫人はにこやかに尋ねてくる。
私は頷いて、夫人の隣に立った。
テーブルを挟んで、辺境伯夫妻、それからヴァン様と私が向き合っているような立ち位置である。
「こちらは本日の儀式をしてくださる司祭様です」
「よろしくお願いします」
司祭様に頭を下げる。
「では、さっそく始めてくださいますか?」
夫人が司祭様にお願いした。
「……本当によろしいのですね? 一度切れた糸は元には戻せませんが」
司祭様が最終確認のためにヴァン様と私を交互に見た。
こういうときはやっぱりヴァン様が答えるのを待つべきだよねぇ、という身分関係的な問題から私は彼の意思表示を待ってみたが、うんともすんとも言わないので、思わず司祭様から彼に視線を移した。彼は私の方を見ていた。
え、何? と驚いた。
まさか、今になって躊躇している? そんな、冗談ではないぞ。
私はもう身分関係を無視して「はい、進めてください。お願いします」と再び司祭様を見て懇請した。すると、それに被せるようにヴァン様も「私もです」と続けた。別に迷いはなかったようである。なら、はよ返事しろと思ったが、レディファースト的なことだったのかもしれない。だとしたら、申し訳ない。
「本当に、本当に、いいのか?」
繰り返すのは辺境伯である。
「貴方」と夫人に咎められて黙ったが、顔色が悪い。自分の糸が切られるわけではないのに大変だなと他人事のように思う。
司祭様が木箱を開ける。
一見すると普通の裁ち鋏に見える鋏が入っている。
「それではお二方、左手を出していただけますか? 手の甲を上にして指は伸ばしてください」
指示された通りに司祭様に向かって左手を出した。
「では、これより断絶の儀を始めます。この儀式によりお二人の間にある番の糸は切れます。一度切れた糸は二度と蘇ることはありません。よろしいですね」
「はい」
「……はい」
司祭様が鋏を持って、私とヴァン様の手の間で大きく刃を開いた。途端に、互いの小指から青い糸が出ているのが見えた。
まさか目視できるようになるとは思わなかった。
運命の二人は小指が赤い糸で繋がれているという話は覚えがあるけれど、番は青い糸のようだ。なかなか綺麗な糸である。
「それでは、切ります」
司祭様が最後の確認をして鋏を入れた。
ジョキリ、とあっけないほど簡単に糸は切れた。
切れた瞬間、すぅっと私の中から抜け落ちていくものがあって、ああ、切れた、というのがよくわかった。
はぁ、と息を吐くとどんどん切れたことが現実味を帯びていく。別にこれまで意識していなかったし、大切にしてきたわけでもないのに、ぽっかりと穴が空いたような、解放感というより、寂寥感の方が強くあって、私と彼とは本当に番だったのだと実感した。
私は名残を惜しむようにもう一度深く呼吸をした。
「ヴァン!」
慌てた声が聞こえた。
見るとヴァン様が床に座り込んでいる。辺境伯が支え起こすようにしてソファに座らせるが――彼はぐしゃぐしゃに泣いていた。
私はぎょっとした。
え? 泣くの?
しかし、番は人狼側の妄執によるものだから私が受けた衝撃より強いものがいった可能性がある。そうならば泣くのも仕方ないかもしれないと思ったが。
「わ、私の番。ああ、なんで、私の、」
ヴァン様は周囲のことなど見えていないのか幼児のようにおんおんと泣きながら、ぶつぶつと呪文のように番が番がと繰り返す。その姿は異様だった。
えーっと、これはなんかまずい気がするので、見なかったことにしよう。
「司祭様、儀式はこれでおしまいですか?」
私は確認をとった。
完璧に終わらせておくことが大事。
「え? あ、は、はい。そうですね、終わりです」
「そうですか。ありがとうございました。それでは、全部終わったようなので、わたくしは予定の通り帰りますね。お世話になりました」
儀式が済んでいるならばもうここにいる理由はない。早いところ去ろう。三十六計逃げるに如かずである。
だが、当然、そうは問屋が卸さないわけで。
「ちょっと待ってくれ、ヒルデガルド嬢。こんな状態のヴァンを置いていくというのか!」
ヴァン様の背を撫でていた辺境伯が非難の声をあげてくる。
まぁ、そりゃそうなるか――けれど、もう私は関係ないのではないか。糸が切れたら二度と戻らないわけですし? あとのケアは家族の役目だと思われる。なので、
「ご安心ください、辺境伯。ご子息様が取り乱されているのは、糸が消えたことによる衝動にすぎません。わたくしも切れた瞬間に動揺が走りましたから。だからこそ、わたくしは早々に立ち去るべきだと考えます。わたくしがいなくなれば」
かえって落ち着かれるのでは? と言いたかったが最後まで言い終えることはできなかった。
その前に予期せぬ衝撃に襲われたから。
「いやだ、いやだ、いやだ。いなくなるなんて、言わないで。なんでもするから」
見るとヴァン様が立て膝をついた格好で私の腰に抱きついている。ぎゅうぎゅうと痛いくらいに。
「え? ちょっと、離してください」
「いやだ。離したらいなくなるだろう」
「いや、わたくしはもう貴方の番ではないですから」
「君は私の番だ。番は一人きりだから、たとえ糸が切れようと君は私の唯一の番だ」
「いやいや、それでは儀式をした意味がないじゃないですか。お互いに納得して解消しましたよね? わたくしたちはもう番ではないです。それぞれ別の人生を歩んでいくんですよ」
「……どうしてそんなひどいことが言える? 別々の人生なんてそんなこと考えられない。君がいなくなったら、私はどうしたら。お願いだからそんなこと言わないで。嫌わないで」
「だ、大丈夫です。今は糸が切れたことで混乱しているだけで、時間が経過すれば落ち着いてきますから。ね、よく思い出してください。貴方は私のことなんて全然好きではなかったでしょう? 番なんて認めないって言ってたでしょう? あれが貴方の本心です。しっかりしてください」
だが、彼は離してくれそうになかった。
えー、これ性格まで変わってない?
なんか、ヤバイ扉ひらいてない?
せっかく、糸を切ったのに、状況悪化してない?
辺境伯に助けを求めて視線を向けるが、呆然と立ち尽くしていて頼りになりそうもない。次にミランダ夫人を見たら、辺境伯と同じように呆然としていたが、私と目が合うと我に返り、
「ヴァン! いい加減になさい! 婚約者でもない令嬢に抱きつくなんてなんてことを! 貴方、あの子を引き離して」
ミランダ夫人の悲鳴のような怒声にようやく辺境伯が動いて、ヴァン様を私から引き離してくれた。入れ替わりで慰めるように夫人が私を抱きしめてくれた。
「ごめんなさいね。まさか、こんな真似をするなんて」
「いえ、夫人のせいではありませんから」
「このお詫びは改めてさせていただきます。けれど今は……」
夫人が言い淀んだ理由はヴァン様に聞かれると更に取り乱すと思ったからだろう。しかし、言わんとしていることは充分わかった。私が先程告げた内容に夫人も同意なのだ。あのときはここを去るため、それらしい理由を言ってみた程度だったが、今は事実であると確信できる。私の存在がヴァン様を余計に不安定にさせる。
出口に向かうようにそっと背を押され、私はそれに従った。背後から、引き止めようとする絶叫が聞こえたが私は振り返らずに馬車まで逃げるように走った。
後味はよくないけれどこれが最善である。
あとはすべて時間が解決してくれるだろう。
こうして、私は番という運命を終わらせた。
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