莉亜と工藤先生と秘密
麻井莉亜は、貧血になりやすい。貧血で体調が悪く、体育の授業を見学するという事が多々あり、その事を気にしていた。
そのため、体育の授業2時間分になる球技大会は、絶対に休むわけにはいかないと考えていた。
莉亜にとっては、試合を早々に負けて他のクラスを応援しながら見学するのが理想だった。しかし、背の高さを活かせるかと選んだバレーボールは、クラスメート達の活躍によりどんどん勝ち進み、決勝まで残ってしまった。
莉亜は、今までの試合による疲れにより身体がかなり弱っていた。そのため、敵チームからの強烈なサーブを受け止めきれず、倒れ込んでしまった。
気がついたら、保健室にいた。倒れ込んでそのまま気絶したらしい。莉亜はベッドから起き上がり、養護教諭にもう大丈夫だと伝えようと思った。
しかし、養護教諭は不在で、居たのは体育教師の工藤だった。
「麻井、目が覚めたか?」
工藤は、丸椅子を回転させて莉亜の方に向き、優しく微笑んだ。
彼はまだ二十代前半で、健康的な褐色の肌と鍛えられた身体、整った顔をしている。女子からは、無精髭を剃れば見た目は完璧と言われている。
適当な性格であり、少し口は悪いが、教師という職業が良く似合う面倒見の良さから、男女両方の生徒から人気だ。
そんな彼が、行事や学校公開の時に、普段のジャージではなくスーツを着て無精髭を剃っていれば、女子生徒はもちろん、男子生徒も騒めくほどに格好良い。
莉亜も、友達と一緒に見惚れて、思わず廊下で立ち止まってその姿を見つめてしまった。すると、目が合った彼は困ったように笑い、通り過ぎざまに恥ずかしいからあまり見つめるなと言った。
照れて可愛い!と、友達は大はしゃぎだったが、莉亜は、普段とのギャップに驚いて、目を丸くして彼の後ろ姿を見送った。
そんな彼と保健室で二人きりとなり、莉亜は少し緊張した。彼のファンである友人が知ったら、とても羨ましがる事だろう。
この状況で緊張しながらも莉亜が聞いたのは、養護教諭の小野田先生が不在である事についてだった。
「小野田先生はどうしたのですか?」
「ああ、小野田先生はサッカーの男子の試合で負傷した生徒の付き添いで病院へ行ったよ。」
「ええっ!怪我した人がいるのですか……」
怪我した生徒の事を莉亜が心配していると、その様子を見て、工藤は苦笑した。病院へ行くほどではないが、自分も球技大会中に倒れているというのに。
「人の心配をしているが、麻井はもう体調は大丈夫なのか?」
「すいません、貧血気味なのに無理をしました。そのせいでご迷惑を……」
「いや、麻井が貧血になりやすいのは知っていたのだから、俺がよく注意して見ていればよかった。」
「私が体調管理をきちんとできていなかったせいです。昨日もレバーを食べて、食事も気をつけてはいますが……」
莉亜の話を聞きながら、工藤は腕を組み、何やら考え込んでいる様子だった。そして、突然、自分の指に噛み付いた。工藤の人差し指から血が垂れる。
「キャー!ど、どうてそんな事をするのですか?」
莉亜は動揺して、声が震えた。滴る血から目が離せなかった。
「麻井、俺の血から目が離せないだろう?」
莉亜は、震えながらも頷いた。
彼女の震えは、血を見た恐怖などではなく、身体の奥底から湧き上がる、血を欲する欲望を抑えようとしているためだった。
「莉亜、血が欲しくて仕方がないだろう?それが正常なんだ。莉亜の母親であるエリスはヴァンパイアの女王だった。その血を引いている莉亜もヴァンパイアだ。」
「ヴァンパイアだなんて、そんな冗談やめてください!私も母も普通の人間です。」
莉亜は工藤の話す事を首を振り、全力で否定した。
否定するのに必死で、莉亜と苗字ではなく名前で呼ばれている事にも気づけないほどだった。
「普通の人間は俺の血を見て涎を垂らしたりはしないと思うが……」
不愉快そうな顔をして工藤がそう言えば、素直な莉亜は、思わず口元を拭う動作をしてしまう。その様子を指差して、工藤はニヤニヤと楽しそうに笑う。もちろん、不愉快そうな顔は演技だ。本当に意地悪な性格をしていると、莉亜は工藤を睨みながら思った。
「そんな怒るなよ。涎が垂れそうなのは事実だろう?」
「そんな事ありません!」
本当は工藤の言う通り、口の中は涎でいっぱいなのだが、認めるわけにはいかないと思い、莉亜は強い口調で否定した。
「まあ、そう簡単には受け入れられないよな。」
莉亜の様子を見て工藤は溜め息を吐き、「よっこいしょ」とまだ若いのに、おじさんのような掛け声を出して椅子から立ち上がる。
工藤は保健室の冷蔵庫をゴソゴソと漁り始める。そして、冷蔵庫の奥底から取り出したのは血液パックだった。
莉亜は、なぜそんな物が保健室の冷蔵庫の中にあるのかと不思議に思うが、工藤は当たり前のような顔をして2つの血液パックを莉亜に差し出した。