2022/06/08 etc
2022/06/08
我々は町を探索していた。今日の寝床は五段階のランクに分かれているらしい。私はちょうど三番目、並ランクの家を探し当てた。見ると、ワンルームだ。いや、しかしワンルームというのはそうじゃないだろう。壁がなく、風呂もトイレも居住スペースの中だ。これでどうやって体を洗うんだ? 水浸し必至である。私は意地でもより良い部屋を探し当てようと探索に戻った。
別のシーン。私は中学時代の旧友に呼ばれ、仲間たちとともに母校へと向かっていた。車内では旧友が出したという曲がかかっている。ロック寄りの曲で、旧友は高音を見事に歌いきっていた。
母校へ着くと、校舎は浸水していた。いや、災害的なものではない。旧友はこの母校をアクアリウムのようなものに作り替えていた。やけに青い水の中をすいすいと泳いでいく。当時彼が「のび太」と呼ばれていたからだろうか、ジャイアンとスネ夫が未来の姿で待っていた。
2022/06/23
我々は魔法使いとして、ショッピングモールで謎の細菌を追っていた。対象の細菌は世界に二つしか存在しない無属性魔法を宿すもののようだ。そして偶然にも、もう一つの細菌もこのショッピングモールにいた。二つが出会うと、それらは人の形になった。白と黒の服に身を包んだ、トップモデルのような風格ある女たちだった。
女たちは実際にかなりのやり手であるらしい。私は彼女たちの小間使いのような立場に収まった。あれこれ指示されたが、要は仕事着のスーツだけは別でクリーニングに出しておけという内容だった。
「アハハ……」と謙遜しながら話す私に、一方の女が「お前はそれでいいのか」と聞いてきた。私は、「そりゃあ妬ましく思う気持ちもありますが、こうして素晴らしい人とお近づきになれることは嬉しいと思っていますよ」などと返した。それから、女は私に「左右非対称な汚れやヨレほど醜いものはない」と言った。私は学生時代から買い替えていない私服の新調を考えはじめた。
それから私は翌日の朝8時に自転車を用意してくるよう言われた。私は何を思ったか、現場についた後で自転車の汚れが気になってタオルで拭き掃除を始めた。
2022/06/28
大学の友人とモノレールに乗っていた。友人もアークナイツをプレイしているようで(公式をフォローしていたので現実でもそうだろう)、フレンド登録をしておいた。それから少し目を離すと、友人は斜め向かいの席で誰か別の人と喋っていた。邪魔をしないようにと車窓の景色を眺めていると、彼らの会話が聞こえてきた。曰く、朝日を映してきらめく私の目がとても綺麗だと。しかし私が寝不足からぼんやりしはじめると、「寝落ちしかかっているときの目はきもい」とも言われた。
モノレールを降りるとき、中吊り広告がソシャゲのものばかりで少し気になった。
友人の下宿についた。今日は泊まる予定のようだ。なんとご丁寧に私の分の歯ブラシまで用意されている。下宿には友人の家族が来ていた。母と、歳の離れた弟たちだ。私は流石に悪いからと帰ろうとした。しかし私の開発中のゲームがすでに子供たちの間で市民権を得ていたらしい。私はそのまま一緒にプレイすることになった。久しぶりなので自分でもルールが曖昧だった。それから私は友人の母の料理をいただいた。魚と味噌汁のある、典型的な日本の朝食だった。
2022/06/30
私はゲンガーだったりピカチュウだったりのコスプレをする仲間を追いかけた。耳の部分に手が入っているらしく、クオリティは低い。前転しながら会館のほうへ逃げていく。
気がつけば私は友人の家にいた。上と同じ友人だが、今度は下宿なのに一軒家を借りている。友人宅にはある有名漫画家が招かれていた。どうやら交友関係にあるらしい。我々とそう歳は離れていないらしく、私も少し話すうちに打ち解けた。漫画家は友人の作品の批評をしていた。自分も頼もうかと考えたが、いくらかの躊躇いもあった。
それから友人宅には家庭教師時代の先輩が来た。友人宅である以上は友人への用だったのだろうが、奥で何かの取り込み中のようだ。仕方がないので私が対応した。
2022/07/01
私はまだ高校生のようだ。どこかの大学の講義を見学しようと、知らない町に向かう。六限あたりの講義だろう、すでに夜だ。乗り換えに苦戦したらしく、私は30分ほど遅刻している。近くにいる夫婦の話が聞こえてきた。どうやらこの二人は件の講義の教授のようだ。教授が遅刻しているのでは心配いらない、と私はそのあとを追ったが、見失ってしまった。
講義を諦め、大学の中を彷徨う。学祭期間中のようだが、シャッターと店舗が居並ぶ様はむしろ駅に近い。私はそこで高校時代の旧友と出会った。旧友は架空のソシャゲをやりこんでいた。私も少しだけ触ったことがあり、そして学祭にはそのソシャゲと連携したイベントが出ていた。我々は互いのポイントを出しあってこれに取り組んだ。
学内にはなぜか祖母の家まで入っていた。私は従兄弟や伯父伯母の部屋に迷い込みモンハンに誘われたが、「後で行けたら行く」と言って旧友との散策に戻った。
いつの間にか旧友とは別れていた。私はその日、大学に泊まることにした。学祭の会期は数日に渡り、宿泊のための部屋が設けられている。設けられてはいるのだが、これがまた随分とお粗末だ。さながら本体のない衣装ケースのように、ベッドが入ったプラスチックの部屋を縦に積んだだけの塔。踊りなど見下ろしながら眠る頃には気にも留めていなかったが、翌朝私は大崩落で目を覚ますこととなった。
さて、折り重なる犠牲者の中には中学時代の旧友らがいた。私はその中で特別気になっていた一人を連れ、二日目の学祭を回った。我々はてんで勝手に動き回った。その結果出し物とは無縁のごみ焼却炉などに行き当たった。
別のシーンだと思う。私は少々悪いグループとつるんでいた。複合施設を練り歩いていると、私が一人になったタイミングで昔のいじめっ子が現れ、蹴飛ばしてきた。私が仲間のほうへ逃げ込むと、いじめっ子は血祭りになった。ところが彼が暴力団と繋がっていることを告げられると、我々は青ざめ、「死んだわ」と言った。
それから我々はいくつかのプレハブ小屋を転々とした。子供だけの空間はさながら秘密基地のように楽しいものだったが、あるときグループは危険因子を取り込んだことによって内部分裂を起こした。結局、私ともう一人の仲間が追放の憂き目にあった。
グループはその後も勢力拡大を続け、何かしらの全国大会に出る程度には大きくなったらしい。一方で我々の形見は狭くなるばかりだ。行く先々の小屋がグループの縄張りとなっている。雨の中、駆け込んだ小屋もやはりグループのものだった。土下座を要求された仲間はブリッジの形で反抗の意を示した。私は彼に代わって頭を下げた。しかしまだ頭が高いと言われ、我々はちゃんと土下座をした。雨の中、三分土下座すれば入れてやるとのことだった。この三分は意思決定のための時間となった。私は「お前がやめるならやめる」と言った。仲間も同じように返した。しかしこんなところで不毛な根競べをしても仕方がない。二人は同時に土下座を中断し、濡れて帰ることを選んだ。
一連のシーンは何かの茶番だったらしい。私と仲間は抱きしめあった。それを見た誰かが微笑ましい様で「お前ら、変わったな」と言った。




