2020/07/14
私は小学校時代の友人の家に、連絡帳を届けることになった。一緒に先輩もいた。いま思えば先輩は、小学生にしてはしっかりしていたと思う。私がインターホンに出た友人の保護者を相手に緊張して早口になっていたところを、先輩は堂々としゃべっていた。先輩が「礼儀正しいね」と言われているのを見て、何か言おうと思った私は「いやあ、本当にできた先輩ですよ」などと余計なことを口走った。先輩は後で「出木杉先輩と呼んでくれ」と言いながら、友人を見つけて大学のキャンパスに消えていった。
別のシーン。私はクラスを率いて校舎へと戻ってきた。我々一組の教室にだけ、庇が無い。他クラスには部活動の関係上、何かを干す生徒がいるようだが、うちには必要ないからだという。当然、それは我々共通の不満であった。私は「無ければ作ればいい」の精神で自作の庇を取り付けた。そして、そこでボケを投稿する大喜利を始めた。大喜利のシステムについて、私は「全員が参加する必要はない。いやいややっている人間がいると、冷めるじゃん?」と説明した。すると、ちょうど誰かのボケが盛大に滑った。古典的なオヤジギャグだった。そこで私は「こういうのとかね」と言って笑いに変えた。
それから、私はアプリ開発の陣頭指揮を執っていた。GPS上でキャラクターアバターを見ながら追いかけっこをするものだ。私は逃げる役で、「ああ、あの人さっきからつけてきてるな。追手かな?と言っていたら案の定捕まった」
別のシーン。街中に走る線路の上を、奇妙な汽車が走っていた。きかんしゃトーマスのような人面機関車なのだが、間の車両が三つに途切れていて、磁力の反発で車間距離を保っている。三つの車両はときに散り散りになりながら、曲がりくねった三本の線路を跳ねまわった。
さて、この奇天烈な汽車だったか、普通のタクシーだったか定かでないが、私は待ち合わせの車両に乗った。すると我々が事前に書いた作文を、先生が校閲していた。途中、先生は「何も感じないなんてことがあるか」と言って原稿を叩きつけ、車を飛び出した。現行を拾うと、自分の感想を主観的に語れと指示があったはずなのに、その文章は客観的な理詰めによる論文調であった。
そのあと、私は友人から真相を聞かされた。先生は作文に憤ったのではなく、別の生徒が出した漫画のことで頭がいっぱいだったのだ。いてもたってもいられなくなり、出版社に持ち込みに行ったのだという。私が物書きであることを知る友人は「吸収して、刺激受けて来いよ」と言って私を送り出した。
別のシーン。私は学校に遅刻した。「遅刻するということは云々」と、教師に随分な剣幕でそれっぽいことを詰められて、神経の細い私は酷い罪悪感に駆られた。説教は終わったが、自分の席が分からなかった。適当な空席に座ったつもりが、実は現在進行形で人が座っていた、なんてこともあった。
それはそうと、私は一番に課題を終わらせて帰ろうとした。すると、私に好意を寄せている生徒(もしかすると、かつての恋人だったかもしれない)が座席ごと移動して出入り口をブロックした。脱出が成功するたびにシーンがループして、何度も同じことが起こった。
別のシーン。高層ビルの上で鉄骨を渡る男たちがいた。恐らく『カイジ』からの着想であろうゲームの最中のようだ。恐怖に戦く男たちは鉄骨の途中、柱を見つけて縋りついた。しばらく安堵した者たちは思考を巡らせ、「鉄骨を渡るより、この柱をするすると滑り降りた方がまだ生還の目があるのではないか」と考えた。しかしそこでナレーションが入った。このタイプのビルは下層の空間を広く取るべく、下の方で柱が細くなっている。途中で必ず掴み損ねて落ちる。しかし、そんなことは知る由もない。これは悪辣な罠なのだ、と。




