俺氏、新たなる旅路に出る。
遠い記憶。それをなぞる夢。他愛もない日常、それが音を立てて崩れた事件、悪化していく日々…
渦中にいた俺に、あの娘は変わらず声をかけてくれた。
あの日までは———
* * * * *
「ちょっと、いい加減起きなよ!」
寝起きの頭に甲高い女性の声が響く。結構聞くからやめてほしいものだ。
「う~ん… 今何時?」
「もう昼よ! あなたにお客さんも来てるんだから早く準備してよ!」
客?グランガルドに引導を渡してからというものだらだらと毎日を過ごしていた俺に客?まったく、物好きもいたものだ。
でもまぁせっかく会いに来てくれたんだ。さっさと準備して会ってみるか。
寝室を出て客間に向かうと、やや小柄な少女がソファに座っていた。見ると肌は気味が悪いほど白く、いたるところに紫色の入れ墨が目立つ。
「お待たせ。で、その子が?」
「おはよ、ジュン君。そうなの、じゃあ私は席外すね?」
アリシアはそういうと客間から出ていく。その場には淳とその少女しかいなくなった。
「えっと、初めまして。私、ミリア・ジューゴフって言います。ドワーフです」
「あぁ、初めまして。俺は池谷 淳。ジュンでいいぞ」
「では、私のことはミアと呼んでいただければと思います。それで、話なのですが…」
そういえば話があるってことだったな。いったい何だろうか…。
「話というのは、最近鉱山に現れるようになった魔女を倒してほしいのです」
「魔女?そんなのもこの世界には居るのか」
魔女って言うとあれだろ?黒い服着て杖とか持って変な鍋かき回してるような奴だろ?
「ふむ。話が見えないな… なんで俺なんだ?」
「はい、聞いたところによるとジュン様は人間族に終焉をもたらしその上元国王暗殺に加担したとかなんとか… そのような観点から魔女討伐に適しているかと思いまして———」
「待って待って、俺は国王暗殺に加担してないよ。俺はあいつの行く末を予言しただけさ」
まぁ、これからどうなるか言い当てたわけだし?予言といっても過言じゃないよね?
そういうと、ミリアは豆鉄砲を食らった鳩のような表情になる。
「そ、それは本当なのですか?もしかしてジュン様は予言者なのですか?」
「いや?ただ同じようなことをした人が元居た世界にゴロゴロいただけだよ」
「そういえば、ジュン様は異世界の出身でしたね。あの愚王と同じようなことをしでかした方がおられるとは… 世間は狭いですね」
「まぁ兎に角だ。俺がその魔女とやらを討伐すればいいのか?」
話がこじれてきたので無理やり話を元に戻す。それにしても魔女か。いったいどんな奴なのだろうか。
* * * * *
翌日。いつものようにアニーシャにたたき起こされ一日が始まる。といっても今日やることは決まっている。
「さて、身支度も整えたしあとは旅の準備でもしますか」
「そうだね、さすがに丸腰でクリスレントまで行くのは無理があるからね」
そういえば目的地の名前聞くのすっかり忘れてたけど、今度の目的地はクリスレントっていうのか。
「そういえばエルフェイドとそのクリスレントっとどのくらい離れてるんだ?」
「そうだね… 大体徒歩で1カ月。馬を使えばもっと早いけど、やっぱり途中の砂漠と山脈がネックだね」
砂漠に山脈て…それ絶対1ヶ月じゃ無理じゃね?
「あと道も複雑だからね、道に迷うことも考慮して大体1カ月半から2ヶ月ってところかな?でも今回は案内役がいるからそんなにかからないかもね」
「それに、道中には魔物もいるしもうちょっとかかるんじゃない?」
魔物か… グランガルドに行くときは整備された街道を移動してたからどんな奴がいるのか知らないんだよな。
「だから今日は武器を買いに行くんだろ?どんなの買うんだ?」
「それはジュン次第よ。剣でも弓でも、好きなのを買えばいいわ」
「好きなの…ねぇ。 やっぱり剣とかが妥当なのかな?」
剣をうまく使って魔物を倒す姿を想像しつつ、エルフェイドの商店街に向かう。
商店街。周囲にはレンガ造りの家が多く、どことなく欧米の街並みを彷彿とさせる。
「武器を扱ってるのはここだよ。ほかにもいろいろ扱ってるから見て行ってもいいね」
「そういえば、ちゃっかりミアもついて来てるけどいいの?」
ほら、技術偵察とか問題あるんじゃない?
「そこは安心して。ここの店主はエルフとドワーフのハーフだから」
ほほう。異種族間交流も盛ん、と。
店内に入ると褐色かつ筋骨隆々で耳の尖った大男がいた。
「おぅ、人間の兄ちゃんじゃねぇか。べっぴんさん二人にお子さん連れてこんなむさくるしいところに何の用だい?」
べっぴんさんと言われ、二人はどことな恥ずかしそうにもじもじしている。
「いやね?これからクリスレントに向かうことになったんだけど、そのための武器やらなんやらをそろえようと思ってね」
「ほぅ、クリスレントまでか。砂漠やら山脈やら超えなきゃいけねぇからあんまり大ぶりな武器は持たない方がいいな。それに動きやすい防具となると… このあたりか?」
おっちゃんは倉庫の中を漁ると小さめな武器防具をカウンターに取り出す。ナイフやチェストプレートが中心でどれも軽そうだ。
「これ、耐久性大丈夫?結構軽いけど」
「それは安心しな。クリスレント産の剛鉄を使ってんだ。軽くて丈夫。加工技術に優れたドワーフの師匠のお墨付きだぜ?」
ふむ。その師匠とやらはどんな人かは知らないが、専門家が言うなら大丈夫なんだろう。
「そういえば兄ちゃん、剣は扱えるのかい?とてもじゃねえが剣が使えるようには見えないんだが?」
「うん?剣はまったく使ったことがないな。でも何とかなるんじゃないか?」
人間族の精鋭(笑)を数人倒したし多少はね?
「剣は使ったことないのか。だったらこれを使ってみないか?」
カウンターに出されたのは小手のような装備だった。同じような素材でできているのか見た目ほど重くなく、こぶしをすっぽり覆ってくれる設計のようだ。
「格闘をメインにした戦闘を想定したナックルだ。使っているのは同じ剛鉄。軽くて丈夫だから多少無茶な扱いをしても安心だ」
「へぇ~、格闘か。格闘だったら一応人並以上にはできるからこれにしようかな」
装備してみると結構馴染み、動きを阻害するようなことはなかった。本当に鉄素材なのだろうか。
ナックルの装備感を確かめていると、ミリアがそっとナックルに触れて驚愕する。
「これ、そうやって作ったんですか?」
「おぅ、お嬢ちゃんドワーフだったのか。それは俺が作った最高傑作だ。加工するのに苦労したもんだ」
「攻防に対応した設計。関節にも防御機構が備わっている。丈夫な魔獣の革による手袋。耐火性耐氷性に優れていてなおかつ動きやすい設計になっている…。 これほどの物を作られるとは、かなりの腕ですね」
ミリアはぶつぶつと独り言をつぶやくと武器屋のおっちゃんに尊敬の目を向ける。
「はっはっは、わかるのかいお嬢ちゃん。まぁなんだ、こいつも試作品だし兄ちゃんは俺たちを救ってくれた英雄だ。こいつらはただでくれてやるよ」
「いいのか?なんか悪いな」
「いいってもんよ。どうせ今回も誰かを助けるつもりなんだろ?だったら持っていきな!」
そういうおっちゃんに押し切られ装備をもらっていくことにした。さて、鬼が出るか蛇が出るか…
—to be continue—