俺氏、魔力に酔う
かつての世界で、人は人と争って生きてきた。それは今でもなお続いている。
人は、もしかしたら何かと戦っていないと生きていけないのかもしれない。
まぁ、正直な話もう人間とかかわることもないだろうしどうだっていいんだけどね。
*****
ある日のこと、それは突然訪れる。人間がエルフの集落に攻撃を仕掛けたのだ。
火矢が集落に放たれ、あっという間に燃え盛ってゆく。そのすぐ後に騎馬隊が突撃してきて逃げようとするエルフを背後から串刺しにする。その光景はまるで大昔の侵略の様子だった。
子供は泣き叫び、女は倒れ、戦士は騎馬隊になぎ倒される。こんなことがあるのだろうか。
人間たちはわけのわからない言葉で会話している。なるほど、本当に言語が違うようだ。と感心していると、背後から首根っこをつかまれる。
「何してるの!?早く逃げないと!」
それは顔を青くしたアニーシャだった。肩で息をし、冷や汗も尋常ではなかった。
「逃げるって、当てはあるの?」
「北に別の集落があるの!そんなことより兎に角ここから逃げないと!」
「足は?馬とか無いの?」
「そんなもの用意してる時間なんてないわ!グズグズしてると置いてくわよ!」
切羽詰まった勢いで押し問答を続けていると、家の入口が勢いよく開かれる。
「いたな…報告にあった通りだ」
淳は不思議な感覚に襲われる。確かに言語は違うはずなのに、話している内容が理解できるのだ。
「っ! ジュン、逃げて!」
アニーシャは短剣を取り出し、構えるが入ってきた人間の剣によって弾き飛ばされる。
「ふん、エルフは女子供にも剣を持たせるのか。野蛮だな」
人間はそのままずかずかとアニーシャに歩み寄り手の甲で顔を思いっきり殴りつける。その衝撃でアニーシャは壁にたたきつけられた。
「貴様、名は?口は利けるか?」
「俺…? 池谷 淳だけど」
名前を答えると人間はホッとする。どうやらこちらの言葉も通じているようだ。
「そうか、よかった。女子供にまで剣を持たせるような連中に捕まっていたとなると何をされていたかわからんからな」
「野蛮なのはどっちだよ。剣を持っていたとはいえ女の子を殴り飛ばすのは野蛮じゃないってか?」
「どうした?やはり洗脳魔法か何かを掛けられたのか」
「…やっぱりお前らは好きになれねぇよ」
そういうと幸いにも近くに落ちていたアニーシャの短剣を拾い、人間の喉笛に突き刺す。人間は血を吐きこと切れた。
人間が絶命するのを見届けた後、アニーシャに駆け寄る。どうやら気絶しているようだ。
すると入口から別の人間が顔をのぞかせた。淳はそれを一瞥し、短剣で襲い掛かる。
後続も何人かいたようで同じく切り捨てる。
「ま、待て!俺たちはお前を助けに―――」
慌てる人間を切る。切る。切る。そうするとやっと淳を敵と認識したのか、容赦なく襲い掛かってくる。
(そうだ、殺せ。こいつらは俺のことなんて考えてないんだ)
そうやって、心の中で誰かが語り掛ける。次第に短剣をふるう腕が、体が、心が軽くなってゆく。
「く、くそっ!撤退だ!」
攻めてきた人間たちはかなわないと思ったのか撤退を始める。
「かった…のか…?」
炎に包まれえる中、安堵と落胆と疲労に襲われ淳は意識を手放した。
*****
大きな揺れを感じて目が覚める。上半身を起こすとそこは馬車の中だった。
「あ、目が覚めた!よかった…」
「アーニャ…ここは?」
「北の集落に向かってるの。それにしても心配したんだから」
「そっか、ごめ―――」
「起きたら家に死体が転がってるし火は回ってるしジュンは魔力酔いしてるしてんてこ舞いよ」
「ま、魔力酔い?」
聞きなれない単語に疑問符が浮かぶ。
「魔力酔いって言うのは読んで字のごとく魔力に酔っちゃうことよ。本当ならポーションの過剰摂取によって引き起こされるんだけど、ジュンの場合は人を殺したことによって引き起こされたみたいね」
「なんか、体がすげー軽くて…あとすげー楽しかった」
心の軽さを楽しさに直結させていいのか疑問だが、今は兎に角そういうことにしておこう。
「あ~。典型的な魔力酔いね。原理はよくわかってないんだけど、魔力酔いを引き起こすと体が軽くなって万能感に浸れるらしいわ。でもそのあとに―――」
魔力酔いの説明を受けていると途端に体中が痛み出す。
「ちょ、ちょっと!大丈夫!?」
「あ、あぁ… なんか筋肉痛みたいだ…」
「なんだ。それ、魔力酔いの後遺症よ。2~3日で治るから、我慢しなさい」
いまさらになって気が付いたが、淳の頭はアニーシャの膝の上に乗っている。いわゆる膝枕というやつだ。 その体制のまま頭を撫でられる。
途端、視界の端に羽の生えた小さな人間のようなものが映り込む。
「うおっ!?なんだこれ!?」
「え?なにって、精霊じゃない」
「せ、せいれい…」
「今までもそこら中にいたじゃない。気づかなかったの?」
気づかなかったのかといわれても、淳は精霊を初めてみたのだから驚くのは無理はない。
「もしかして、この精霊って魔力がないと見えなかったりする?」
「あら?よく知ってるじゃない。そのとおりよ」
だったらいままで見えなかったのは説明がつくが、急に見えるようになったのは説明がつかない。
「…もしかしなくても、俺に魔力が宿ってる?」
そうでなければこの現象に説明がつかない。
「え?ジュンって魔力持ってなかったの?」
「あのな…俺が元居た世界じゃ魔法なんてものなかったんだぞ」
その一言にアニーシャは驚愕し爆笑する。
「魔力がなかったらどうやって火を起こすの?火が起こせなかったら料理もできないし明かりもともせないじゃない」
「えっとだな?俺が元居た世界じゃそれらは全部電気でどうにかなってたぞ?」
「でんき…って、雷のこと?それこそお笑いだわ!」
アニーシャは膝に淳を乗せていることを忘れて腹を抱えて爆笑する。いやまぁ、電気っていっちゃあ雷だけど、なんか違うような気が…。
「はぁー、はぁー。もう一生分は笑ったわ。もうそんな冗談言わなくてもいいからね」
う~ん、冗談ではないのだが…と考えていると馬車が大きくゴトンと揺れた。
*****
2日後、本当に全身の筋肉痛のような痛みは引いた。そしてその翌日、ついに目的地の北の集落についた。集落、というにはもっと近代的で、どこか明治辺りの風情を感じる。
「レンガ積みの家が多いな。でも木造建築も普通にあるんだな。なんだか不思議な感覚だな」
そこらを行き交うエルフたちは淳のことをじろじろと見つめている。まぁ、敵対しているはずの人間が集落に来ているのだから仕方のないことだが…。
「あ、いたいた、おーい!」
すると白髪のエルフの女性が手を振りながら駆け寄ってきた。
「あ、アリサ!来てたんだ!」
「そりゃあ、大切な幼馴染が命からがら逃げてきたなんて聞いたら飛んでくるわよ」
アリサと呼ばれた女性とアニーシャは互いに手を取り合ってキャッキャッとはしゃいでいる。
「えっと、アニーシャさん? …知り合い?」
「あぁ、紹介するわね。この子は私の幼馴染のアリシア・ゴロゾフ。私はアリサって呼んでるわ。で、アリサ、こっちは———」
「あ、アーシャ?なんで人間がここにいるの?」
アニーシャが淳を紹介しようとすると、アリサはおびえたような表情になる。
「大丈夫よ、アリサ。この人はイケタニ ジュン。異世界からの来訪者で人間との戦争を終わらせてくれる人よ」
「戦争を…? でも、その人人間じゃ…って、異世界から!?」
アニーシャの言葉を咀嚼し、異世界という単語に過剰に反応する。
「じ、じゃあこの人が!?」
「うん。そうらしいよ?私はまさかって感じだけど」
「えっと… 何の話?」
話が全く見えてこず、恥ずかしながらおずおずと質問する。
「あぁ、まだ言ってなかったわね。もしかしたらあなたが
勇者じゃないかって話よ」
—to be continue—