俺氏、取り敢えずエルフの仲間になる
生まれる世界を間違えた、と思うときがたまにある。いや、”たまに”というより”しょっちゅう”というのが正しいだろう。
こと最近はそう考えることが多くなってきた。仕事が上手く行かな過ぎてリストラされたとき、友人関係がこじれてだめになったとき、親からの仕送りを切られたとき…
兎角そういう時にそう思ってしまう。そしてこう思う。「いっそのこと異世界に転生したらこう思うことはなくなるだろうか」と。
「で、実際に来てみたわけだけど… 実感わかねぇな…」
そう。俺こと池谷 淳はとある事情から異世界に転生した。いや、というよりも異世界に転移した。
周囲は森になっており、そよそよと風が吹き抜け空にはさんさんと太陽が輝いている。
「う~ん。この穴、本当に異世界に続いてたんだな… 噂は本当だったわけだ」
淳の後ろには人一人がやっと通れるような穴が開いており、中には薄い水色の光源が風に揺られて波を立てている。
「さて…あとは本当にここが異世界なのか調べる必要があるな」
そういって立ち上がると、すぐ目の前の茂みが不自然に揺れる。
「っ!? 誰だ!」
淳は近くにあった手ごろな木の棒を手に取り構える。 すると、茂みの中から人影が飛び出してくる。
「待って待って、私は怪しい者じゃないわ!」
出てきたのは金髪碧眼の女性だった。しかもただの女性ではない。見た限りだと耳が尖っている。
「…大体怪しい奴は最初そうやって言うんだよ」
「待って、本当に怪しいもじゃないのよ! っていうか怪しさならあなたの方が怪しいわよ!なんで森精語が使えるのよ!」
いきなり現れた女性にあーだこーだ言われ、少し困惑する。
「しんせいご?なんだそりゃ」
「森精語はエルフ族に伝わる共通語よ。なんで人間族のあなたが喋れてるのよ―――」
「エルフだって!?」
女性から放たれたエルフという単語に過敏に反応する。その反応に女性はびくりと硬直する。
「そ、そうよ。いったい何なのあなた…」
「やった!やった!本当に異世界にこれたんだ!」
本当に異世界にこれたという喜びのあまり、万歳三唱をする。それを尻目にエルフの女性は腰のあたりから短剣を引き抜き構える。
「質問に答えなさい!どうして森精語が話せるの!」
「森精語…と言われても、こっちは日本語を話してるだけなんだがなぁ…」
日本語、という単語に女性は疑問符を浮かべる。
「ニホンゴ…?なにそれ、聞いたことのない言語ね」
女性は短剣を構えたまま淳を怪しむ。
「そういえば、俺は池谷 淳。お前は?」
「わ、私はアニーシャ・トルチェフ、見ての通りエルフよ。それにしても、イケタニ ジュン?って言ったっけ?不思議な名前ね」
「アニーシャか。じゃあアーニャでいいかな?」
「なんで愛称なんてつけてるのよ!」
アニーシャは急に愛称をつけられボボボっと赤面する。どうやら満更でもないようだ。
「と、とにかく!あなたは一応里に連れて行くわ!人間族のスパイかもしれないし!」
そういうと短剣を収め、近くにあったツタで手首を拘束する。そのまま森の奥へと連れて行かれていった。
*****
連れてこられた先はエルフの集落だった。辺りは樹に覆われているが、その樹の枝の上に家のようなものが確認できる。淳は集落の広場のようなところに誘導される。
「で?アニーシャ、こいつは何なんだ?」
「こいつ、妖精の森にいたんです。それに森精語を使っていたんです。もしかしたら人間族のスパイかも―――」
アニーシャが淳を連れてきた理由をエルフの男に話すと、男は突然激高する。
「馬鹿者!スパイかもしれん者を集落までわざわざ案内したのか!」
「し、しかし!あのまま森で放置しておく訳にも…」
「だから馬鹿だと言うのだ!この男は見る限り武装しておらんではないか!そのっま放っておけば森の魔物にやられていたやもしれないだろう!」
そこまで言われてアニーシャはハッとする。そう、もし淳がエルフたちの言う通りスパイなのだとしたらわざわざ集落まで案内したことになる。
「あの~… 俺、スパイじゃないんですけど…」
「ジュンは黙ってなさい!」
おずおずと喋った淳だったが、アニーシャがたしなめる。
「む… 本当に森精語を使っているのか。不思議な奴だな」
「えっと、もしかしてこの世界の人間ってそのしんせいご?以外を使っているんですか?」
「あれ?言ってなかったっけ?人間族には人間族の共通語があるのよ」
それを聞いて、嫌な予感がしてくる。
「えっと、完全に違う言語なの?それだったら俺、この世界の人間とコミュニケーション取れないんですけど。それにスパイってことは人間と敵対してるんですよね?だったら俺が森精語を使ってると知れた瞬間俺の命危なくないっすか?」
「ふむ、とぼけてこの場をしのぐ気だろうが、そうはいかん。おい、こいつを牢に入れておけ!」
男は踵を返し、アニーシャとともに家屋の中へと入ってゆく。そして一人になった淳はほかのエルフに連れられ牢に入れられた。
牢にはすでに人が5~6人入っており、耳が尖ってないことから同じ人間のようだ。
「はぁ…何でこんなことになったんだろうな。 俺は普通に異世界に行きたかっただけなのに」
淳がぽつりと愚痴をこぼすと、周りの人間が騒ぎ出す。どうやら独り言を聞いて騒いでるようだ。 そんな中、一人の青年が声をかけてくる。
「お前、森精語話せるのか?」
「あ、あぁ。ていうか、人間族の言語は森精語じゃないんだろ?どうして喋れてるんだ?」
「実はな、人森戦争を終わらせるために送られた使者なんだ。講和を持ち掛けたら捕まったんだがな」
使者の男ははははと乾いた笑いを見せるが、その目に生気はない。ほかの者もそうだった。
そうこうしていると、エルフの老人がガードマンらしきエルフを二人連れて牢の前にやってくる。
「この中に今日来た者がおると聞いたが、どいつだ?」
「あ、俺ですけど…」
「ふむ。ならば一緒に来い」
老人がそういうと、ガードマンが牢を開ける。
老人に連れられやってきたのは集会所のようなところだった。中には複数人のエルフがいた。
「つれてきたぞ。こいつがそうなのか?」
「あぁ、アニーシャの言うことが正しければそのようだ。」
そう話しているのは先ほど淳を牢に入れるように指示したエルフだった。
「えっと、俺これからどうなるんですかね?」
不安になり口をついて出た言葉だったが、それを聞いたエルフは本当に森精語をしゃべったとざわつく。
「失礼。君、どこから来たのかね?」
「えっと、日本…って言ってもわかりませんよね?簡単に言うと異世界から来ました」
質問に答えると、またもエルフたちはざわついた。
「そうか… だとすると、この者が…」
「いや、しかしだな…」
「だが、この際背に腹は代えられんぞ」
エルフたちはぶつぶつと相談しているが、何のことかはわからない。
「えっと、何か問題でもあるんですか?」
「いやなに、問題ではないのだがな。そうだ、異世界からやってきたということはこの世界のことは知らんだろう。いろいろ教えてやろう」
老人は淳を連れて奥の部屋へと入ってゆく。
「さて。この世界のことだが、聞いているかどうだかわからんが人間族とエルフ族は戦争をしていてな、その発端は人間族の無差別な侵攻から始まったんだ。お前、あの牢で人間族の使者とは話したか?あの者たち、自分たちが元凶なのにもかかわらず終戦を求めてきたのだ」
「それで相手の使者を監禁してるんですね」
「まぁそんなところだ。そこでだ、お前に頼みがある。お前、名は?」
「あ、池谷 淳です」
「ではジュンよ。この戦争に終止符を打ってほしい―――」
「わかりました」
突然の無茶振りに即答で返す。
「えっと、詳細とか聞かなくていいの?目途はあるのかとか、どうすればいいのかとか…」
「そんなことはどうだっていい。重要なことじゃない」
「えぇ…」
唐突に放たれた異世界のネタに老人は困惑する。
「なにせこっちは異世界に来るだけで目標達成してるわけですし、それならその世界で生きるのが次の目標ですし、現地で話せるのがエルフだけとなったらもう手伝う以外ありませんしね」
「そ、そうか。だったらジュンよ、頼んだぞ」
—to be continue—