表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

最後の贈り物

作者: 梟の尻尾

 あいつが私の前からいなくなって何年の月日が流れただろうか。

 いつも二人で歩いた道も今はもう殆ど残っていない。

 響き渡る工事の音が虚しく私の心に響き渡る。

 どこを見てもあいつはいないのに、あいつの残像だけは鮮明に見えてしまう。

「あのバカ、何で今さらこんな所に呼び出すのよ」

 待ち合わせ場所を指定した本人が待っているはずもないことを私は知っているのに、足は約束の場所へと私を運んでいた。

 今は無くなった思い出の道の先にある大きな櫻の木の下。

 あいつとの最後の約束の場所は、最初の約束の場所でもあった。

「なぁ、今度の週末って空いてるか?」

 普段から良く行動を共にするあいつにそう聞かれた。

 彼氏なんていない私に週末の予定が埋まっているわけもなく、ただただ時間を無駄に過ごすだけの予定だった。

「別に予定なんてないよ。あんたが何かご馳走でもしてくれるなら付きあってあげるけど」

 冗談半分、本気半分・・いや、ほとんど本気で奢らせてやろうと思っていた。

 女の子の貴重な時間を使わせてやるんだから、そのくらいはしてもらわなきゃ困る。

「じゃあ決まりだな。待ち合わせの場所は大櫻の木の下な」

 大櫻の木というのは、樹齢二百年以上の櫻の木で小高い山の上に今なお残っている大樹のこと。そこに行くには結構な上り坂を行かなければならない。

 何であんなとこでって言ってはみたんだけど。

「飯奢ってやるんだから文句は無しな」

 その一言で反論する気持ちは霧散させられて待ち合わせ場所は決定してしまった。

 毎日一緒にいることが多いうえに二人で出かけることも珍しくない。

 周りからは『何で付き合わないの?』って言われることもしばしばある。

好きか嫌いかで言えば多分好き。

ううん、凄く好きなんだと思う。

でも、正直、今の関係が壊れるのが恐いってこともあって本音はいつも隠してる。

こいつが私をどんな風に思ってるかも分からないしね。

「お前って妹みたいだよな」

 そんなこと言われて頭をグシャグシャと撫でられることもしばしばあった。

 人の気持ちも知らないで。

 こいつ、今はどう思ってくれてるのかな。

 もちろん気持ちを確かめようなんて思わないわけだけど。

「お前大丈夫か?」

 どのくらいの時間を一人で呆けていたのか分からないけど、気が付いたら顔が目の前に迫っていた。

 少しだけ私が顔を前に出せば、唇に触れられそうなくらいに近い。

 無意識に踵が地面を離れていく。自然、つま先立ちになると近かった顔は更に近づいていき・・・そこでようやく視線があった。

「うわっ、バカ近いわよ!」

不意に我に返り咄嗟に悪態を付きながら数歩後ろに身を引いてしまったのだ。

「バカとは何だバカとは。いきなり口を開けたまま焦点も合わなくなったから、心配してやったんだろうが」

 口を開けて焦点も合わない女って、かなり危ない女に見える。ってか、まさにそう思われてたんじゃないの?!

 しかも、よりにもよってこいつに見られるなんて。

 最悪だ。

「大丈夫なのか?」

「あ、あはは、大丈夫大丈夫。全然平気だから」

 恥ずかしさや照れで、今にも爆発しそうなくらい赤面しているのが自分でも分かったが、何とか取り繕った笑顔で答えてみせた。

 何でこんなにも必死にならなきゃいけないんだろ。

 素直に、あんたのこと考えてた。なんて言えるわけないし。

 全部こいつのせいだ。

「なーんで俺を睨むんだよ」

 どうやら私は考えていることが顔に出やすいらしい。

「お前は考えてることが顔に出やすいから気を付けろって前にも言ったろ」

 そういえば前にも言われたことがあるような。

 そんなやり取りをしながらこの時はこんなこと言ってたのに、私はある日を境に感情が表にでることはなくなった。

 ただ一人、部屋に篭って何も考えられない頭で部屋の一点だけをずっと見つめる日々。

 二人で撮った、たった一枚だけのツーショット写真。

『これから二人の思い出増やそうぜ』

 そう言われて撮った新しいスタートの記念写真だった。

 あの頃が懐かしいと思えるようになるには、まだ何年もかかるのだろうか。

 あれから私の中で時が止まってしまったかのように、あの頃の事は鮮明に覚えている。

 時が止まった影響で私の感情は今もないまま。

 もうずっと涙も流していない。

 あの時に凍りついた私の心は涙すら流させてくれない。

 そんな私が今、約束の場所へと向かっている。

 道幅拡張工事が進み形の無くなっていく思い出の道をしばらく歩いていると、頬に冷たいものが触れた。

「雨?そういえば、ここであいつに傘を借りたこともあったんだった」

 それをきっかけにあいつを男として少しずつ意識し始めた。


 その日は、いつものように何もする事のなかった日曜日だった。

 気分転換に散歩でもして来ようと大櫻の木へと続く道。通称大櫻通りを歩くことにした。

 天気が良くて気持ちの良い風も吹いている。

 こんな日には日向ぼっこもいいなぁ、なんて暢気なことを考えている時だった。

 頬に何やら冷たいものがあたった。

「うっそ?!もしかして・・」

 突然頬に触れた冷たいものの原因を見ようと空を見上げる。さっきまで青かった空は灰色へと姿を変えていた。

「あんなに良い天気だったのに」

 雨が本降りになるのだけは回避したくて大櫻の木の下へと私は走った。

 徐々に雨足が強くなってきたころには、大櫻の木の下へと辿り着けたんだけど、帰りはどうしようかと困っているところに低く響き渡る音が聞こえた。

 周りを見渡したけど、低く響き渡るその音の原因となるものは目につかなかった。

息を潜めて静かに音のする方向に耳を傾け聞いてみると私の立っている位置とは反対側から聞こえるのが分かった。

恐る恐る大櫻の太い幹の周りをゆっくりと回って反対側へと歩いていく。だが、半周し終える前に何かを踏んでしまい驚いて悲鳴をあげようとした時だった。

「イッッッッテェ~!!」

 もちろん今の絶叫は私のものではない。と、いうことは、やっぱり誰かいる?!

 何を踏んだのか足元を見てみると、そこには何故か足が転がっていた。

「ぎゃああああぁぁっ」

「なんだなんだ?おい、どうしたんだ」

 誰かが心配して声を掛けてくれたのは分かったんだけど、恐くて目を閉じてたから誰かは分からなかった。

「そこに足が落ちてて、私はその足を踏んで、その足が雄叫びをあげて、私は・・私は、ごめんなさ~い」

 すでに何を言っているのか意味さえ分からないものとなっていたんだけど、私の頭の中は完全にパニック状態と化していた。

 声をかけてくれた人も私の状態を見て呆れたのか、溜め息をついているのが聞こえた。

 だって、足が転がってて踏んだんだからパニックにもなるってもんでしょ。

 呆れかえっているであろう親切な人は、私を見捨てずにもう一度声をかけてくれた。

「それ、俺の足なんだけど」

 はい?

 はい~?!

「足・・あなたのって・・・」

 冷静になってみると、まだ声の持ち主の顔を見ていない。それ以前に人なのかどうかも分からない。

 相手に刺激を与えないようにゆっくりと振り返る。

 だが、思った以上に近くに顔があり視点が合わず、ぼやけて見えてしまった。

 その結果。

「ばばば、化け物ぉぉぉ」

 こうなった。

「誰が化け物だ。ってか、お前は人の足を踏んどいて謝るってことを知らないのか」

 その声の持ち主が誰なのかようやく気が付いた頃には焦点もあい、相手の顔を完全に認識できていた。

 いつも聞いてる声なのになんで分からなかったんだろう。

「なんであんたがここにいるのよ。それにここで何をしてたわけ?」

 こいつの顔を見たら謝るなんてことは頭から消えた。いや、足を踏んだことさえ忘れていた。

 そのくらい安心したのかもしれないが。

「いい天気だったから散歩に来て木陰で昼寝してたんだよ。そしたらいきなり足を踏まれて起こされたんだ」

 あの音の正体はこいつの(いびき)だったのか。

 それにしても同じことを考えていたなんて。

「さてと、そろそろ帰るかな。お前も一緒に帰るか?」

 まるで何もなかったかのように誘われた。

 たぶん、さっきも本気で怒ってたんじゃないんだろうな。

「帰りたくても傘持ってないから帰れないのよ。あんたはどうやって帰るつもりなの」

「そんなもん、コレを使って帰るに決まってるだろ」

 見れば手には一本の傘があるではないか。

 何であんなに良い天気だったのに傘なんて持ってるんだろ。

「お前は天気予報ってものを見ないのか?それに雲の動きから何となく分かるだろうに」

「そんなものわかるか~」

 ついつい大きな声でツッこんしまった。

 なんでだろう。すごく疲れた。

 私がうな垂れているといきなり影に包まれた。

 見上げるとビニール傘が私の頭上を覆っていた。

 そして隣には並ぶようにして顔があった。

「一本しかないんだ。わりぃけど、一緒で我慢してくれよな」

 少年のような笑顔でそう言われたら嫌だなんて言えるわけない。

 それに、嫌なわけがない。

 いつもより近い距離にいるこいつと一つの傘の中で一緒なせいか、私の心臓はいつもより速いリズムになっていた。

 いつも一緒にいるのにこんなこと今までなかった。

 何でこんなにドキドキするんだろ。

 その答えは、この時には出なかったけど、後に私は自分の気持ちを知ることになる。

 もうちょっと後のことだけど。

 そしてそれらの後に、あいつが私の前から姿を消すことになることを、私は知らないでいた。


 そんなことを思い出しながら歩いていると、降り始めた雨は降ることを止めたのか、空には晴れ間が覗いている。

 気が付けば結構な距離を歩いてきたものだ。

 ここまで来ると道幅の拡張工事もまだ着手されていないらしく、当時のままの道がちゃんと残っている。

 車が一台通るのがやっとの道幅のすぐ側に小さな花畑が出来ていた。

 ここには、もともと花なんて咲いてなかったのだが、毎日のように花束が供えられたことで種が落ちて花畑へと姿を変えたのかもしれない。

 そんな花畑のあるここからなら大櫻の木が目の前に見える。

 あいつに誘われたあの年の週末の日にも、ここから大櫻の木の下にいるあいつの姿が見えたんだった。

 何でわざわざちょっと距離のある大櫻の木の下で待ち合わせたのか、結局理由を教えてくれなかったのだが、とりあえずいつもより少しだけ気合いを入れて服を選んで出かけた。

 基本的にあいつと遊ぶ時にはいつも無意識に無難な服を選んでたんだけど、最近は意識して服を選ぶようになっていた。

 自分からは決して口に出来ない気持ち。でも、もしも、もしもあいつが同じ気持ちになってくれて何か言い出してくれたら。

なんて甘いことを考えるようになっていた。

 そのために少しでも好印象を与えようと服を選ぶようになったのだ。

 準備が完了すると歩いて目的の場所へと向かう。

 自転車だと一緒に行動するのに不便だし、なにより同じ速さで一緒にいたいしね。

 大櫻通りとは名ばかりの殺風景な一本道を歩いていく。

 確かに大櫻のある場所に通じてる道だから間違いではないんだけど、名前からすれば櫻並木を連想させるではないか。

 そんな一本道を歩くこと十数分。

 大櫻が見えてくると、その木の下に小さく人影が見えてきた。

 約束の時間より早めに出たつもりだったのに、あいつはもう待っていた。

「早いじゃん」

 ようやく辿り着いて第一声にそう言ってやった。

 いつも待ち合わせした時には、決まってこいつは遅れてくる。

 だから嫌味で言ってやったんだけど、特に気にしている様子はない。

「俺が誘ったんだから早く来るのは当然だろ」

 それはそうなんだけど。

そんなこいつに何だか違和感を覚えずにはいられなかった。

 何かがいつもと違う。

「どうかしたの?」

 そう聞かずにはいられないくらいに、こいつは変だった。

 表情が硬いというか、緊張してるというか。

 本当にどうしたんだろって感じだった。

 しばらく何も答えないまま妙な沈黙だけが空気を支配していく。

「お~い、誘っといて放ったらかし・・・」

 そんな空気に耐えかねて文句の一つでも言ってやろうとした時だった。

「あのさ、お前、好きな(やつ)とかいるのか?」

 へ?

 私が話すのと同じタイミングで何かを言われたせいで、何を言われたのかハッキリとは分からなかった。

 ううん、そうじゃない。

聞き取れたけど一瞬理解が出来なかったんだ。

 私が言葉の意味を考えていると、私の答えを待たずにこいつは言葉を続けた。

「最近気付いたんだけど、俺、お前のこと好きっぽいんだ。ずっとお前と一緒にいたいって思う。だから今の関係から一歩前に進まないか?」

 さっきの質問の意味を考えていた私の頭の中は完全に真っ白になった。

 でも、すぐに頭の中の霧が晴れて言葉の意味を理解できた。

 告白された。

 いやいやいや、ちょっと待って!

 いくらなんでも唐突過ぎない?

 もう少しフラグ立てるとか、それっぽいイベントが起こってからでもよくない?っていったい何の話をしてるんだ。

落ち着け私!

すぅーっと深く深呼吸をしてようやく意識は落ち着いた。

相変わらず心臓はバクバクドクドクうるさいほどに活性化してるけど、それでも告白されて私の心は初めて真っ直ぐにこいつを見ることができた。

「私も、ずっと思ってた。あんたが気付くずっとずっと前から。ずっと一緒にいたい」

 嬉し涙で私の顔は凄いことになっていたらしいことを後になって聞かされたけど、その時はそんなこと気にならないほどに嬉しかった。

 聞けばこの前約束した時も平常心を保つのに凄く大変だったんだとか。

 今までなら普通に誘えたのに意識してしまって心臓が飛び出そうだったんだって。

 そもそも待ち合わせの場所が不自然だから気付かれるんじゃないかって心配してたらしいんだけど、私はそんなこと考えもしなかった。

 私ってもしかして鈍感なのか。

 そのまましばらくその場で座って話しこんだ。

 今までよりもずっと近くで温もりを感じながら、同じ時間を一緒に過ごした。

 そろそろ帰ろうかって話になったとき、あいつは鞄から何かを取り出し私に見せた。

「今からこれをここに埋めるから、一年後の今日、ここで待ち合わせしようぜ」

「何で一年後の約束なんてするかなぁ」

「別にいいだろ。一年後の約束をして二人で約束守れたら、なんか良い感じだと思わね?」

 私には何を考えてるのか分からなかったけど、簡単に言うと二人がずっと一緒にいるんだって言いたかったんだろうな。

 でも、結局、一年後に二人でここにくることは出来なかった。

 あいつは私の手の届かないところにいき、私は置いていかれた。

 ちょうど約束していた一年後に。

 もちろん付き合うようになってからも二人で色んな所に出かけた。

 遊園地や水族館、食べ歩きから一泊の旅行まで。

 いつでもあいつといっしょにいられた。

 ただ、あの日にした約束のことだけは口にしないのが二人の決まりだった。

 一年後の約束だけど、その日に会うまでお互い自分で覚えておくようにって言われた。

『忘れるような軽い関係じゃ意味がないだろ』って。

 確かにそうなんだけど。

 そして、約束のその日はきた。

 その年のカレンダーに最初に印をつけておいた大切な日。

 付き合って一年目の記念日とかを祝うのかな。

 そんなことも考えながら、この日をずっと待っていた。

 完璧に準備を終えて後は家を出るだけだと安心しているところに、携帯電話が鳴った。

 着信表示にはあいつの名前。

 何の躊躇も心の準備もしないまま、いつものようにその着信に出た。

 次の瞬間、私の手から携帯電話が滑り落ちて床に転がった。

 落ちた携帯電話からは見知らぬ男の声だけが響く。

「もしもし、大丈夫ですか?気をしっかり保ってください。もしもし・・・」

 あいつは、今日も一年前のように私より早く家を出た。

 もうすぐ大櫻というところで、目の前から一台の車が走って来たのだという。

 もちろんあいつは、それを避けようと脇に避けたのだが、そこに草むらから子どもが飛び出してきた。

 遊びに夢中になっていた子どもは車に気付かず、車の運転手も急ブレーキは踏んだらしいのだが間に合わなかった。

 自分がやってしまった恐怖で思わず目を閉じてしまっていた運転手が目を開けると、撥ねたと思った子どもは少し離れた所で泣きながら倒れていた。

 代わりにあいつは、見る影もないほどに傷だらけになっていたらしい。

 あいつは、子どもを助けて死んだ。

 そして今、その場所には小さな花畑が出来ている。

あいつのために供えられた花束が作った花畑。

あいつが死んだという一報は警察の人から聞かされた。

車に撥ねられたあいつが、最後の力で私に電話をしようとしたらしく、携帯電話の画面には私の名前と番号が出ていたので私に報せたのだという。

私はしばらく動くことが出来なかった。

数時間後にあいつの遺体と対面することになり、約束の待ち合わせ場所とは違う場所であいつにあった。

綺麗に傷は隠されていたけど、あいつは目を閉じたまま動かない。

 昨日まであんなにも温もりに溢れていたのに、最後に触れた時は・・・。

 約束の日、待ち合わせ場所に行かなかったのは、あいつだけじゃない。

 私も行かなかった。

 待ち合わせの相手が来ないことが分かっているのに行く気にはなれなかった。

 そのまま一度も行かないままだったのに、昨日の夜、久しぶりにあいつに会えた。

『やっと会いに来れるようになった。約束の待ち合わせの場所で待ってるからな』

 そう言われた。

それなのに朝、目が覚めるとあいつはまた消えていた。

待ち合わせ場所を指定した本人が待っているはずもないのに、私は約束の場所へと足を運んでいた。

 今は殆ど無くなった想いでの道の先にある大きな櫻の木の下。

あいつとの最後の約束の場所は、最初の約束の場所。

そこにあいつは、やっぱりいなかった。

期待してはいけなかったのに、ここに来てしまった自分が凄くバカに思えた。

もう二度とここに来ることもないだろう。

そう心に決めて櫻の木に背を向けて歩き出した時だった。

一歩を踏み出した地面だけが妙に柔らかく感じられた。

「ここって・・・」

そこは、あいつと果たせなかった約束のある場所。

『今からこれをここに埋めるから、一年後の今日、ここで待ち合わせしようぜ』

 結局のところ、何が埋められているのか知らないままだ。

 私は、とりあえず掘り起こしてみることにした。

 二度とここに来ることもないのだからと、自分の心に言い訳をしながら。

 十センチくらいは掘っただろうか。

そこで指先に何かがあたった。

 それを取り出せるように周りの土を取り除いていくと、長方形の缶が出てきた。

 所々が錆付いてはいたが間違いなくあいつの埋めた缶だ。

「いったい何が出てくるのやら」

 硬くなった蓋をなんとか開けると、同時に私の固く閉ざされた心の蓋も開けられた。

「何年待ったと思ってるの?バカ」

 久しぶりに頬に温かいものが流れていくのを感じた。

 心も温かいもので満たされていく。

「こんな私だけど、これから宜しくお願いします」

 それだけ言うと、私は目を閉じてあいつの隣に並んで歩く自分を思い描いた。

 硬く手を握り合い、そのまま一緒に歩いてその場を後にする二人を。

 後日、私が耳にすることはなかったが、こんなニュースが話題になった。

『道幅拡張工事が進められている大櫻通りの大櫻の木の下で、女性の遺体が発見されました。女性の左手薬指には結婚指輪が填められており、右手には婚姻届けが握られていたことから、警察は婚約者による殺害の方針で捜査を進めていました。しかし、婚約者である男性は六十年も前に事故で亡くなっている事が判明。さらに検死の結果で女性は高齢による衰弱死ということも分かり、事件性は無いとのことです。また、第一発見者の方の証言によりますと、女性は幸せそうな笑顔を浮かべて涙を流していたそうです。』

 約束の場所で私たちは、再び出会うことができました。

 彼が最初に準備した最後の贈り物。

 二人お揃いの指輪を填めて誓います。

これから互いに支えあって共に歩いていくことを。

 二度と離れることのないように。

 永遠に。


         了


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ