第1話 転移
「あぁ、またやっちまった」
そう溢した彼――辻真人の手にはスマートフォン、いや…“スマートフォンだったもの”の残骸が握られていた。
彼の特徴と言えば人外と表現しても何らおかしくないであろう握力の強さと、その力に耐え得る肉体の頑丈さだ。
スマートフォンどころか、本気を出せば岩石、果ては鉄塊までも握り潰せる。
身長は173センチ、体重は66キロと日本男子の平均を体現した様な体型と少し垂れた切れ長の目元、目元に対してつり上がった眉、すっとした鼻筋に常に噤んだ口元、見る人によってはカッコイイとも取れる顔立ちだが、特に目立つものでもない彼の容姿とは相反する異質さである。
そんな彼は幼少期の頃からその化物の様な握力の強さを自覚し、加減を覚えていた為に特に問題無く22年の時を生きてきた。
先の様に感情が高ぶった際には少し自制心を忘れ、物を握り潰してしまうことはあるが、周囲には“異常に握力の強いやつ”程度の認識を与えているのみで収まっている。
ただし、特に問題無くとは言ったものの彼には化物だという自覚がある以上、人付き合いにおいて友人とまで呼べる存在は無いに等しい。
さらに補足するならば、少し乱暴な口調の割に彼の一人称は“僕”なのだが、それは彼の異常さ、そして他者に対して少し冷たい性格を知る唯一の知り合いが「君は見た目も怖いのだから自分のことは僕って言いなさい」と無理やりに約束させられたからである。
それによって、彼に対する周囲の人の評価が“あべこべで気味の悪いやつ”となっていることを彼とその知り合いは気付いてはいない。
さて、そんな真人がつい先程破壊したものを片付けていると――
「はぁ…また新しいスマホ買わなきゃな、気を付けてはいるんだけど熱中するとどうもなあ」
「ねえ、何に熱中してたのかな、真人君?」
「しっ!雫⁉︎」
「まーた例のエロゲ?ねえ、変態なの?死ぬの?」
「またじゃねぇよ!というか、どうやって入ってきたんだよ・・・鍵してただろ?」
「あ、話逸らしたね~いつものことだからまあいいけど。私くらい女子力あれば不法侵入なんて朝飯前よ」
「答えになってないし、不法侵入の自覚あるならやめろよな」
「幼馴染の女の子が家に来てるんだよ?喜びなさい」
「話逸らしてるのはどっちだか、最近雫はテレポートでも出来るんじゃないかって本気で思えてきたよ」
「ぎくっ・・・・」
―ん?今「ぎくっ」って・・・まあ、確かに雫みたいな美人で可愛らしい幼馴染がいて嬉しいけど・・・僕にはこの異常な握力のせいで彼女に触れることすら怖くてできないしな。これが宝の持ち腐れってやつか。
いや、違うか。馬鹿なこと考えるのはよそう―
真人が“美人で可愛らしい”と評したように雫の容姿は整っている。
モデルの様なとまではいかないが・・・真人より頭一つ分ほど低い身長にバランスの取れた体型、ぱっちりとした二重の目、すっとした鼻筋、瞳と髪は艶のある栗色で髪型は後頭部の辺りで結った背中の半ばまで届くポニーテールをしている。
真人には友人はいないが、男なら誰もが羨む仲の良く素敵な幼馴染には恵まれている様だ。
「ねえ、真人君。黙ってないでこれ見てよ」
「・・・ん?なんだこれ・・・鏡の・・・欠片?」
真人らが宙に浮かぶ不思議な割れた鏡に気付いた瞬間、鏡から眩い光があふれ出し、真人の家から二人の姿は消え、全く別の世界へと彼らは転移していた。
「ここは・・・どこだ?」
「あれ?・・・教会?」
「なによここ!」
「ふえぇ…人が沢山いますぅ…」
「なあ、誰かトイレットペーパー持ってねえか?」
「あらやだ、可愛いコがいるわねん。うほっ!」
「・・・なるほどね」
「これは・・・まさか夢にまで見た異世界転移ッ?!」
「ッチ、もう少しのとこだったのによう」
―ゾクゾクっ!なんだ?今寒気がした様な…それに、ここはどこだろう。人が沢山いる、日本人じゃなさそうな人もいるな・・・流暢な日本語を話してはいるが。それより家に雫といたはずだが・・・確か、目の前に鏡が現れて・・・―
「雫ッ!どこだ!」
「真人君の隣にいるよ、落ち着きなさい」
「突然知らない場所にいるんだぞ?なんで雫はそんなに落ち着いてるんだよ」
「・・・・・・転移、慣れてるからね」
「っは?」
「なんでもないよ、気にしないで」
―雫が気になることを言っていたけど、今は状況確認が先だな。以前テレビでみた大聖堂の広間の様な場所だが-
「なあ、ここがどこだかわかるヤツはいるか?目の前に鏡が現れたと思った次の瞬間にはこんなところにいたんだが」
「私もそうよ!他のみんなも鏡を見ている様ね」
「これってまさか異世界転移⁈キタコレ!」
周囲が騒がしく問答を繰り返す中、真人は周囲を見渡すと一人落ち着いた様子の女性を目にした。
―あの人、この理解不能な状況なのにえらく落ち着いているな。それにずっと、この場から少し離れた場所にいる司祭の様な格好をした集団を見ている。何か知っているのか?それにすごく・・・美人だ、おっぱいもデカイ―
そう真人が思った瞬間、その女性がこちらを睨む様に振り向き真人に歩み寄ってきた。
「ねぇ、あなた今私を見ていやらしいこと考えたでしょ」
「っは?」
「ねぇ真人君、いやらしいことって何かな?変態なの?死ぬの?」
彼らが姦しく・・・一人は男だが、騒いでいると。
「「「「ようこそおいでくださいました!勇者の皆様!!!」」」
先ほど、美人巨乳が見ていた司祭の様な格好をした集団が一斉に声を張り上げた。
「ぶほおおおおっあっっ!」
「何よ汚いなあ」
「雫・・・勇者ってだれだ?」
「・・・状況からみて、私たちでしょうね」
近くで「勇者キタコレェェエ!」などと喚いている、見た目からしていかにもヲタクですと主張している青年を尻目に真人らは祭司集団の言葉の続きを待った。
「勇者様方、私はこのシュバルツ帝国にて大司祭の役目を担っているカトレア・シュバルツという者です。この度は突然の呼び出しを申し訳なく思っています、ですが急を要する事態の為、異質な力をお持ちの勇者様方にお力添えをお願いしたく召喚の儀を行いました。どうか・・・どうか!私の願いを聞いていただけないでしょうか!」
その言葉とともに集団より歩み出てきたのは金髪碧眼で絶世の美女と称しても、女神と称してもなんら遜色のない美しい女性だった。
「雫・・・すごく、美人だ」
「それ、私に言ってくれてるわけじゃないよね?」
「ああ、断じて違うな」
ドスッ
「いてっ何も殴らなくても・・・」
「それなら私かな?さっき美人だって思ってたみたいだし」
「確かに美人だが・・・」-巨乳のほうがインパクトがデカイ。うん、デカイ-
ドスッ
「いてえ、初対面なのに遠慮がないな。というか巨乳さんは心でも読めるのか?さっきも僕の内心を察していた様だし」
「・・・ま、大司祭さんが言っていたようにここにいる人は皆異質な力を持っているみたいだし。教えてあげる、その代わりあなたたちの力も教えてね。君の言うように私は人の心が読めるわ。ただし、制限はあるけれど」
「制限・・・か、今までの会話から考えると“自分に向けられた意識”のみ読み取れるってとこか?」
「そうね、私たちの力を教えてって言っていたし」
「あなたたち察しがいいわね、その通りよ。異質な力というには何とも不完全でしょ」
「雫にも力があるってのが驚きだが、巨乳さんの読心術は対人において強力なアドバンテージになる以上、異質な力だと思う」
「別にフォローを求めていた訳ではないのだけれど。ねえ、まず巨乳さんって呼ぶのやめてくれない?橘奏って名前があるんだから」
真人らが・・・いや、勇者と呼ばれた者たちが一通り落ち着きを取り戻したのを見計らってか、大司祭カトレアが次の言葉を紡いだ。
「皆様の不安や疑念、動揺のお気持ちは胸が痛いほど伺い知れます。ですからまずは落ち着いて話のできる場所へ案内致しますのでそこで紅茶でも嗜みながら続きを致しましょう」
そうカトレアに促され、勇者と呼ばれた者たちはこの異様な状況に不安な様子を浮かべつつ・・・一部不安とは別の感情を抱いている者もいるが、聖堂の奥へ続く通路へと彼女の後を追っていった。
「ねえ、あなたたち」
「ん?何だ?きょ・・・橘さん」
「はぁ・・・奏でいいわ、そう歳も違わない様だし。初対面の私を信じるのも難しいだろうけど、聞いてちょうだい。私達がここに来た際にあの大司祭達から向けられた意識は“これでやっと魔王様が復活する!”よ」
「魔王?勇者として召喚したのに魔王が復活って何だかおかしいね。真人君はどう思う?」
「魔王だの勇者だの、実感すら今は無いけど…立ち位置によって呼び方なんて変わるんじゃね?ここでいう魔王様ってのは世界を救う存在のことかもしれないし」
「確かにそうね、今は情報が少なすぎるわ。ただその言葉の中には悪意が含まれていたのは確かよ」
「ふむ・・・とりあえずは話を聞いて、全てを鵜呑みにはせずに警戒していこう。いざとなれば逃げればいいしな」
「逃げるって・・・ここがどこかもわからないのに」
「雫、テレポートの対象は雫だけか?」
「・・・まあ、気付くよね。いえ、私自身と左右の手に掴んでいるものが対象よ。人で試したことはないけど、それが限度かな」
「十分だ、最悪の場合―他の人達には悪いが2人で逃げよう。この状況だ、他人に気を配っている余裕は無い」
「ねえ、私は?」
「他人だ」
「・・・・・おっぱい一回だけ触らせてあげる」
「雫、3人で逃げよう」
ドゴスッ
「ッツ!ぐぉっ・・・鳩尾は・・・悪手だろっ!」
「何かむかついた、真人君の変態」
―おおう、見知った顔とはいえ美人に冷たい目で見られるのも悪くない。それに・・・おっぱいゲットだぜ!掴めないのは残念だが指先で堪能するとしよう―
ぞくぞくっ!「・・・余計なこと言わなければよかったわ」
カトレアに続く集団の最後尾でそのような会話を周囲には聞こえない程度にやり取りしている間に、通路の終わりに辿り着いた様だ。
そして目前にある豪奢な扉をくぐればそこは、巨大なシャンデリア、貴族の使うような長いテーブル、その上に用意された豪華な食事や飲み物が見受けられるこれまた煌びやかな広間だった。
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