一章 少女の祈り
一章 少女の祈り
「ありがとうございました」
全てを吹っ切れたような爽やかな笑顔を向けて老婆が、お礼を伝えてきた。
老婆と共にお辞儀をする。
老婆は顔を上げると、足早に長い廊下を歩いて去って行った。
「ふう、とりあえず、この件は終わりか・・・・・」
正座していた足を崩し、腕を上に伸ばして、大きく息を吸った。
疲れたな。
だが、依頼者の晴やかな笑顔と、法外な報酬を考えると、この仕事は止められない。
受付などはやっていないため、これくらいの依頼一つを受けていくらくらいかは正確には知らないが、この屋敷が維持できる十分な金額が掛かっている筈だ。
「特殊能力と言えばそうだけど、よく支払うもんだよな」
皐月流総本山、周囲に山々が囲み、澄んだ空気の中に大きな社があり、その隣に古くから受け継がれる大きな屋敷があった。
屋敷の広さは正確には知らない。この家はどれくらいの部屋数があるのか。
掃除の手伝いをしてくれる人を3人ほど雇っている。
そのため、部屋の隅々まで綺麗に整っている。
今の依頼人は、途中までは父が担当していた。
しかし、先月、父が亡くなったことにより、依頼者の仕事がそのまま回ってきてしまった。
しかも、父が末期がんと宣告された半年前からの依頼の消化が終わっていないため、半年前から学校に行くことが出来ない程、仕事詰めにされていた。
「全く、優秀者でいろって言ってたくせに、学校行くくらいさせろよ」
一人事を呟いた。
もちろん、依頼者には父が病で倒れたため、代わりに私が承りますと然るべき説明をした上で、それでも、予約者が消えていくことはなかった。
台帳に予約日時とか大よその概要、その他が残っているが、数年前からの予約もある。
優秀な占術、除霊、祈祷、霊媒で有名になり、数代にも続いて皐月家は広く世間に広まっていたため、当分はこの屋敷を維持できるだけはお金になるのだろう。
父の葬儀も、仕事だった。
悲しむ時間や暇はない。
知人や知り合いなどを前に、この家の新しい次代当主としての初仕事と言えた。
その葬儀の中で、父の霊を呼び、その魂の言霊を示すこと。
出棺などの手続きは他の者がいるが、父の霊の呼び出しという仕事だけは、自分だけしか出来ない事であった。
そう言えば、と思い出した。
『失敗しても結衣が手伝ってあげるから大丈夫!』
その儀式の前に明るい声で励ましてきた少女の声を思い出した。
儀式は成功し、父の魂は青い塊となって現れ、霊力のないものにさえもはっきり聞こえる思念の声を伝えてきた。
-満。後は頼んだぞ。
それにより、さらに評判は上がってしまったようでもある。
勿論、胡散臭い、あり得ないなどの否定やバッシングをしてくる者もいる。
一週間後には、当主の交代を示す儀式が正式に行われる。
「ふぅ」
当分はまだ学校に通えそうもないな。
引き出しを開けて予約のざっとした予定が書いてある帳簿を確認する。
正式なものは受け付けで管理しているため、最新だともう少し予約状況は変わっているかも知れないが、これくらいであれば、一か月後くらいには学校に行けそうだな。
体を起こし、今日の予約者の対応を終えて、渡り廊下を歩いていると、継母である、父の後妻、凛子とすれ違った。
「あら満様、本日もお疲れだったでしょう、すぐにお夕飯をお持ちしますわね」
にっこりと微笑み凛子が言う。
「いや、後で食べます・・・・・少し部屋で休みますね」
満がそう言って再び歩き出すと、凛子が面白くない顔で、可愛げない子だわと呟き、舌打ちした。
いつもの事だよ、くそババア、と内心思いながらもそのまま振りかえらず自室に戻った。