序章 遠い記憶
序章 遠い記憶
暗い世界。
髭が生えた中年の男と幼い少年がいる空間の辺りは何も見えない。
遠い、記憶。
これは、どこなのだろう。
幼い少年が、厳格な父親の正面で正座を強いられていた。
「お前は皐月家の当主として、誰よりも優れた人間にならなければならない」
その言葉を少年は頷いて聞いていた。
「お前は私の教え通り、誰より優れた人間になる為に、武道を習いながらも小学校では成績優秀な生徒になった。それは認めよう。だが気を抜くのではないぞ」
父の言葉に少年は嬉しそうに頷いた。
父に褒めてもらうことなど、滅多にない事なのかも知れない。
あれは、誰なんだ?
一体、此処は何処なんだ?
当たりの景色が変わる。
一体、俺に何を見せるつもりなんだ?
小学校の校舎が見える。
沢山の花が校舎に飾られている。
その校舎の傍には二十くらいの桜の木が花を咲かせている。とても綺麗だ。
{第三十四回 卒業式}と書かれた大きな看板が校舎の入口の前に掲げられていた。
先程の父親は、少年に一人の女性を紹介した。
「お父さん、その人、誰?」
「新しいお母さんだよ」
その父から考えれば不釣り合いな若い女性が父の隣に立ち、にっこりと微笑んでいた。
美人だな。俺の嫁にしたいくらいだ。なんでこんな髭ジジイの嫁になるんだよ。
ちょっと面白くない思いになった。
化粧を丹念に塗った肌は白く美女だったが、少年は気に入らなかったようで、その女性を鋭い目つきで睨み付けた。
それは本当に刺すような視線だった。
その少年の想いが突き刺さってくる。
どうして、お父さんは、その人が良かったの?
僕のお母さんは、どんな人だったの?もう、どうでもいいの?
そんなババア、何が・・・・!
僕は、言うことを聞いて、これだけ優秀でいい子になったじゃないか!
何故かわからない。俺はこんなこと、関係がない。
その筈なのに、思念が心に刺さってくる。
支配・・・・される。
何なんだ・・・・。
「お前は、もう、俺のものだよ」
一体、何なんだ?
そうだ、こんな訳がわからない夢を見ている場合じゃない。
アルバイトに行く時間の筈だ。
夢の中の筈だ。
「夢なんかじゃない。現実なんだよ」
何だこの声は・・・・。
もうさっきの子供の姿も何処にも見えない。
真っ暗の世界の中だった。
こ、これは夢だ・・・・・目を覚まさないと・・・・。
「全て、無駄なんだよ」
ひ、陽菜・・・・。
つい最近別れた恋人の名前が頭に浮かんだ。
母さん・・・・。
父と喧嘩して家を出たときの心配そうな母の顔が浮かんだ。
夢から、醒められない?
これだけ、自分という意識があると言うのに。
「お前の意識なんて、もう無いんだよ」
ないわけがない。俺は俺だ。
出してくれ。
・・・・助けてくれ・・・・・!