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僕はどう生きるか 偏差値80からうつ、ニート、無職になるまで  作者: 依澄歌
大学~社会人時代 迷いの日々は続く
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朝帰りは当たり前

 C社での僕の仕事は、ソーシャルゲームのキャラのセリフ作成、ノベルの執筆、ノベルのタグ打ち(ノベルにタグを入れてキャラクターが動いたり音声が流れたりするようにする)、お知らせの作成、声優さんの音声収録の台本作成、収録への立ち合い、外注管理、音声管理、その他細々としたデータ作りなどだった。


 タイトルに関わる人たちは50人以上いて、プロデューサー(ゲームの一番の責任者)もマネージャー(さらに上の立場から複数のゲームを見て売り上げとか色々考える人)も、僕より年下だった。


 僕はその中のイラスト・シナリオチームに入った。

 リーダーは、面接もしてくれたTさん。シナリオ担当は、僕と40歳の髭のおじさんMDさん。仕事中でも外さない帽子がトレードマークの制作進行MKさんがいて、イラスト担当が数人。10人弱のチームだった。


 はじめはタグ打ちが主な仕事で、それまでタグ打ちを担当していたMKさんに引き継ぎをしてもらった。

 MKさんは真面目で悪い人ではないのだが、性格が細かかったり、いちいちプレッシャーをかけてきたり、言い方が嫌味っぽかったりで癖のある人で、ストレスがたまった。

 それは僕に対してだけでなく、とにかく他人を焦らせる人だった。スケジュール管理が大変なのはわかるのだが。

 そして、お酒や飲み会がとても好きだった。酔っぱらったときのやかましさと空気の読めなさはかなりのものだった。


 僕が働き始めて早々に、適当な性格のMDさんとskypeでやり取りをしていたMKさんは、ブチ切れて「あいつマジで死んだほうがいいよ!」と叫んでいた。

 Tさんは、「問題児の多い学級でして……」と困り顔だった。


 しかし、チーム全体の雰囲気はそんなに悪くなかったと思う。フロアも広々としていたし、交流の場も設けられていた。


 売り上げが目標を達成すればご褒美に高級店で食事、毎月会社からお金が出てメンバーとの交流ランチ、定期的にお弁当やピザなどが支給され、誰かの誕生日にはケーキをくる。

 羽振りが良く、儲かってるんだなあと思った。忘年会なんかも相当手間とお金がかかっていた。


 実際、僕らが運営しているタイトルは月に数億の売り上げを出していた。C社は他にも有名タイトルをいくつも抱えていたし、ゲーム事業以外にも幅広く事業を展開しており、超有名コンテンツを数多くもっていた。


 同じフロアには社長室もあったのだが、そこの女性スタッフは綺麗な人ばかりで、社長室に限らず、失礼ながら思わず顔採用? と思ってしまうくらい、会社には美人社員が多かった。

 他の事業部だと、もっとリア充っぽい人ばかりだったのだろうか。


 この業界には若い人が多いときいていたが、確かに平均年齢は低かったと思う。それでも、僕と同じか年下の人がほとんどかと思っていたのだが、30代の人も結構いた。


 そして、人の出入りが激しかった。毎月、何人かの人が辞めて、代わりの人が入ってきた。

 周りも入って1,2年という人が多く、この業界はせいぜい2,3年で職場を変える人が多いのだと言っていた。

 みんなよくそんなにバイタリティがあるなと思った。


 C社での仕事はなかなか大変で、僕は入った直後から、帰るのが朝方になっていた。

 最初は仕事に慣れないので、慣れてきてからはやることも増えて、そして、案やできたものをMDさんに、MDさんのOKが出たらTさんに、場合によってはさらにその上に見せなければならなかったので、会社を出るのが朝の4時5時になるのもざらだった。幸い家が近かったので、30分ほどかけて歩いて帰った。


 朝は体力的にも精神的にも辛く、だんだんと出社時間に遅れてしまうようになった。会社に向かうバスの中では、一生会社につかないでほしいとか、このままどこか遠くにいきたいとか、毎日考えていた。

 出社時間についてあまりうるさくは言われなかったが、派遣元のL社の担当者には心配され、職場でも徐々に勤怠をしっかりしようという流れになっていった。


 それでも、僕より遅く残っている人たちもいた。深夜や早朝に「お先に失礼します」というのは変な気分だった。

 早く帰っている人もいたのだろうが、全体的にみんな遅くまで仕事をしていた。特に企画チームやプロデューサー、マネージャーは深夜や早朝、土日まで働いているのが当たり前で、0時過ぎから会議をしたり、ほとんど会社に住んだりしていた。


 ステップアップしたらあちら側にいくのだろうが、正直、ああはなりたくないと思った。人生ってなんだろう。

 どうして彼らはあんなに頑張れるのだろう。よくもつものだ。いつか体を壊すのではないだろうか。


 イラスト担当の人たちもしんどそうだった。ここでは僕が経験した他の現場と比べても一段としっかりイラストの発注資料を作っていて、それに特に時間がかかっているようだった。

 イラストレーターさんとのスケジュール調整、交渉にも苦心していた。他には、クオリティ管理はもちろん、イラストの加工作業もあった。


 途中から一人、アニメ業界で働いていた人がイラストチームに入ってきたのだが、前職では一週間泊まり込みとか普通だったんで、全然大丈夫ですよー、と言っていて、恐ろしい世界だなと思った。同僚には、家から出てこられなくなった人もいたらしい。


 僕が普段一緒に仕事をするMDさんは、めちゃくちゃ適当な人だった。まあ、そのおかげでやりやすいところもあったが……。

 会社に来るのは早くても昼過ぎ(出社は10時)。17時くらいに来ることも珍しくなく、やる気がないときには20時ごろに帰ってしまったりした。それでも、特に注意はされていないようだった。


 交流ランチや会社イベントにも参加しないタイプだった。こういうのには、できれば僕も参加したくはない。

 音声収録にもよく遅刻して、僕のところに電話がかかってきたり先方に注意されたりした。外注さんへの指示もしばしば滞った。


 シナリオの仕事も、「みんな○○さん(僕)にやってもらお」とか言う人だった。まあ、大体の場合、結局は仕事をしてくれたが。めんどくさい仕事には、「これもうやめようよー」とかよく言っていた。打ち合わせも、できるだけ僕だけに出させようとした。

 収録を言い訳に出社を遅くしようとしたり、早く帰ろうとしたりもしていた。「この声優さんは美人だから、自分が収録に行く!」と言っていたのは、さすがに冗談だったのだろうか。


 MDさんの書くものは面白かったし、気さくな性格はいいところだった。いいものを作ろうという気概もあった。なんだかんだで、最後には僕のことを気使ってくれた。

 仕事が多くて疲れてもいたのだろう。年明けごろに、近々辞めるかも(結局、しばらくは残ることになった)と言っていたので、そのころは特にモチベーションが下がっていたのかもしれない。


 Tさんは明るく人柄もよさそうで、最初は、いつも遅くまで仕事をしていて、メンバーにも気を配って、大変だな、偉い人だな、と思っていた。

 しかし、次第にTさんの仕事のできなさっぷりがわかってきた。Tさんはチームのメンバーに評判が悪く、とにかく仕事ができないとみんな口を揃えて言っていた。それをきいたときの僕は驚くと同時に、やっぱりそうなんだ、という気持ちだった。


 実際抱えている仕事は多かったと思うが、Tさんは要領が悪くて仕事が遅く、優先度のつけ方も下手だった(俺も人のことはいえないが)。

 声をかけ、予定表のツールを使って時間を確保してもなかなか対応してもらえず、見ます! と言ってから一週間たっても見ていない、ということがしょっちゅうだった。

 今から見るからそこで待ってて、と言われ、こちらはやることが終わっているのに深夜まで待たされることもよくあった。そして、そこから直しが始まる。


 それが些細なことやチーム内で完結することならまだいいのだが、Tさんの確認で止まってしまって声優さんの台本が作れず、収録の予定が組めない、ということも起こった。

 声優さんのスケジューリングは外部の方にお願いしていたので迷惑がかかるし、信用問題に関わる。声優さんの事務所から、こういうことが続くと今後仕事を受けられない、と言われたこともある。音声の収録ができなければ企画倒れになり、会社にとって大打撃だ。


 僕たちのゲームは人気声優を数多く起用していたが、人気声優さんは数か月前からスケジュールを押さえなければならず、台本もそれに合わせて作らなければならないので、企画を立てる時間も考えると確かに大変ではあった。


 ちなみに、プロデューサーは声優マニアだった。プロデューサーは、一エンジニアからのし上がった努力家だそうだ。


 仕事はハードで、妻と過ごす時間が減り、家のこともほとんどできず、休日はダウンしていた。ただ、仕事にやりがいはあった。

 MDさんがやる気がないぶん、大きな企画のキャラクターのセリフや設定、シナリオを担当できたし、今までにない経験もできた。

 声優さんの声がついて、自分の考えたキャラクターに命が吹き込まれていくのは嬉しかった。そして、それが世に出るのだ。


 僕はあまり声優さんに詳しくないのだが、人気声優さんの収録にも数多く行かせてもらって、声優好きの友人は羨ましがっていた。

 声優さんたちは演技のうまさ、取り組む姿勢の真剣さはもちろんのこと、みなさん礼儀正しくてとても感じが良かった。とりわけまだ駆け出しの人たちからは、夢に向かってひた走る溢れんばかりのエネルギーと強い意志を感じた。


 コラボがあるときは(頻繁にあるのだが)、特に忙しくなった。監修に備えてものを早めに用意しなければならないし、フィードバックを受けての修正もある。必要な素材を洗い出して、それをもらえるよう先方にお願いし、使用可能な限りある素材の中から、使えそうなセリフなんかを抜き出したりつぎはぎにしたりする。


 もちろん新規作成分や声優さん、外注の方にお願いする作業もあり、当然それらにも監修やスケジュールの問題がつきまとう。

 足りないものや方針変更、メンバー間の認識の違いはどうしても出てきて、それらに対応する工数は非コラボのときとは段違いだった。


 そういえば、某人気アニメの監修担当のお姉さんはとても感じが悪かった。僕が敏感すぎるだけかもしれないが。


 他の会社のときもやはりコラボにはみんな苦労していて、売り上げが上がるから上がやりたがるのは当然なのだが、実作業をする側としては勘弁してくれという思いだった。


 TさんやMDさんは独身だし、会社に残るのが苦でないというかもうそれが当たり前になっていた。MDさんは「俺らは会社に残るのが半分趣味だからさ」と言っていた。「残業代をもらって稼がないと」とも言っていた。


 TさんやMDさんとする会議はダラダラと非効率で、Tさんがまた変なところにこだわるものだから、とても時間がかかった。仕事が押しているのにくだらない話もよくしていた。

 立場上Tさんがこだわりをもつのは大切だが、もう少し諸事情と折り合いをつけてほしいと思った。


 通常業務に加えて、ソーシャルゲームの勉強企画もあった。これは、期間ごとにタイトルを決めてみんなでソーシャルゲームを遊び、チーム別にやり込み度を競ったり発表をしたりするというものだ。上位チームには豪華ランチなどがプレゼントされる。


 これも仕事のうちというのはわかるが、僕はどうしてもソーシャルゲームを楽しめないし、プライベートの時間をとられるので(多くの人が仕事中にやっていたが)、これが苦痛だった。

 この業界にはやっぱりソーシャルゲームが好きな人が多くて、そこにもギャップを感じた。


 今思えば、派遣元のL社の人も心配してくれていたし、こまめに面談もしてくれていたので、労働条件の厳しさについてもっと相談すればよかった。

 しかし、当時はこの業界はどこもこんなものなのかなと思っていたし、何より頑張らなきゃ、という思いが強くて、そこまで訴えることはしなかった。

 有名企業でやりがいのあることをやれてる! という高揚感もあっただろう。


 L社の人は定期的にTさんと面談の場を設けようとしてくれていたが、忙しいからとC社の人事の人に断られていたようだ。


 復帰後によくあんな働き方ができていたと思う。

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