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僕はどう生きるか 偏差値80からうつ、ニート、無職になるまで  作者: 依澄歌
大学~社会人時代 迷いの日々は続く
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再就職

 仕事をやめてから再び働き始めるまでには、半年以上の時間がかかった。仕事をしようと思える状態にまで回復したきっかけは覚えていない。お金がつきたか、このままでは妻にも限界がくるという恐怖に駆られたか、父が倒れてこんなことをしている場合じゃないと思ったか。


 とにかく、そろそろ働かなくてはと思った僕は、転職エージェントのR社にお世話になることにした。

 インターネットで登録をして、R社の建物までスタッフさんに会いに行った。


 受付の人、案内をしていくれる人、そして僕の担当スタッフさん。誰もが愛想がよくて礼儀正しかった。

 みんな仕事でやってるんだよな。偉いな、よく頑張れるな、と思った。


 そういえば、仕事をするようになってから、面白いCMなんかを見ても、これも誰かが仕事で作ってるんだよな、大変だったんだろうな、と考えてしまって素直に楽しめないことが多くなった。作っている人は楽しんでやってるかもしれないのに。


 僕の担当になってくれたスタッフの方は優しそうな女性で、とても親切に対応をしてくれた。

 転職の相談をして、会社を見繕ってもらって、職務経歴書を見てもらったり、模擬面接をしてもらったりした。

 転職者向けの経歴書の書き方、面接の仕方の講習も受けた。


 転職活動は就職活動に比べて馬鹿らしいという思いよりも頑張らなきゃという思いが強く、真剣に取り組んだ。

 あんな辞め方になるとは思っていなかったが、前の仕事は一生続ける仕事ではないよねと、妻とも話していたので、これが逆に新たな一歩を踏み出すチャンスになるかもしれないと考えた。


 求人を出している候補の企業には、業界が違わなければなるべくえり好みせずエントリーした。

 これを機にゲーム業界以外に目を向けてみてもいいかなと思ったが、営業や接客には向いていないと自覚していたし、精神をやられるから絶対やめたほうがいいと妻にも言われた。妻は接客業経験者だ。

 特別スキルもないので、採用されやすさも考慮して、結局ゲーム業界で探すことにした。ゲーム業界だけでも、求人はかなりの数あった。ほとんどが、ソーシャルゲーム関係のものだった。


 そうして応募した企業のうち、十~二十社に一社くらいの割合で、面接をしてくれる企業があった。

 面接前は憂鬱だった。企業のホームページを見て、そこが出しているゲームをちょこっとやって、ほめられそうなところを見つけて、面接でしゃべることを考えて。


 面接では、『仕事をやめる』のエピソードでも触れたように、将来的には企画やディレクションもできるようになりたいとか、色々なことにチャレンジしてスキルアップしたいのでなんでもやるとか、売り上げを上げつつユーザーの記憶に残るゲームを作りたいとか、そういったことを話した。


 まあ、どれもまったくの嘘というわけではない。ただ、心からそう思っているとも、熱意があったとも言えない。

 僕個人としてはどうしてもソーシャルゲームというものが好きになれなかったし、ここで働きたい! という会社も、こういう仕事がしたい! というものもなかった。

 それは、わざわざ時間を割いて面接をしてくれた人たちにも伝わっていたと思う。


 そんなだから、面接に通る企業はなかった。面接が終わった直後は開放感があったが、すぐに次のことを考えて憂鬱になった。

 回数を重ねるうちに、面接には少し慣れた。適当に下調べして、面接では本心ではないことをでっちあげて話し、落ちる。そういう作業みたいになっていった。

 転職が決まるまでには何十社も受ける人が多いらしいが、みんなよくやるよなと思った。


 圧迫面接とまではいかないが、感じの悪い面接もあった。幸い僕には経験がないが、面接でとても嫌な思いをする人もいるのだろう。

 不採用の理由をエージェント経由で教えてくれるところもあった。大体はうちではもっとこういうところがないと~とか、求めている人材とはちょっと違う、とかだった。


 仕事が決まらないまま時間だけが過ぎ、焦るようなこのままもう少し休んでいたいような気持ちで本屋の中をうろうろしていたとき、R社とは別の人材派遣会社のL社の方から電話がかかってきた。


 まだ在職していたころ、職場に疑問を感じていた僕は、ネットでL社の存在を知り、コンタクトをとっていたのだ。

 

 L社で最初に僕の担当になってくれたSさんは同い年の爽やかな男性で、本当に親身になって話をきいたり仕事を探したり経歴書の添削をしたりしてくれた。今回調子を崩したときも、僕が少し落ち着くタイミングを見計らって連絡をくれ、僕のかけてほしい言葉をかけてくれた。


 また、Sさんは僕の人柄をとても買ってくれた。僕のような人と仕事がしたいと言ってくれ、社内にも推薦したいと言ってくれた。

 それだけに、Sさんの期待を裏切り、顔に泥を塗って申し訳ないと思う。(※後にまた調子を崩して、紹介してもらった会社を辞めることになって、という意味でこう書いたんだと思う)それでも、Sさんはそんなのいいんですよ、と言ってくれた。


 僕のメインの担当の方は何回か変わったが、Sさんだけでなくどの人も本当にいい人で、仕事のことに限らずプライベートな話や悩みもきいてくれた。弱音ばかり吐いているが、僕の人生は非常に人に恵まれていると思う。


 さて、L社からの電話は、僕に案件を紹介したいという内容だった。その案件とは、僕も知っている有名IT企業のC社が運営するソーシャルゲームのシナリオを、業務委託として担当しないかというものだった。

 僕は、ぜひにとお願いした。


 L社がゲーム業界専門で活動しているせいか、売り込み方が違うのか、簡単な課題を提出して一度顔合わせをした程度で、C社への採用は拍子抜けするほどすんなりと決まった。

 R社の担当の方にもお礼と報告をしたのだが、喜んでくれると同時に、あのC社ですか、と驚いてもいた。


 業務内容も自分に合っていそうだし、業務委託ではあるが有名企業だし、ようやく仕事が決まって僕はほっとした。今度こそ頑張ろうと思った。

 妻は、C社の名前をきいて激務ではないかと心配していたが、それは働き始めないとわからないし、そうなったらそのとき考えようと思った。

 ひとまず、安心して年が越せる状態になった。


 年越しと言えば、この年だったか翌年だったか、L社の忘年会に参加させてもらった。マジシャンを呼んだりと、趣向を凝らしたものだった。毎年色々やっているらしい。L社の代表はとてもパワフルでユニークな人だ。


 最初の会社(F社)での僕らのリーダーのさらに上司にSさんという評判の悪い人がいたのだが、なんとこの忘年会にSさんとその部下が来ていた。

 SさんはF社を辞め、自分の会社を創業していた。L社はその会社と関わりが深いらしく、Sさんはみんなの前で挨拶をしていた。


 向こうは僕のことなど覚えていないだろうが、僕はSさんたちに見つからないように気を配った。

 幸い何事もなかったが、世間は狭いなと改めて感じた。L社の登録者には、他にもX社出身の人や僕と同じような仕事をしていた人がいるときいた。


 話があっちに行ったりこっちに行ったりしたが、そんなわけで、僕の社会人生活が再開した。

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