仕事をやめる
結婚して幸せいっぱいだったはずの僕は、新婚生活をいくらも満喫しないうちに、またうつになった。12月に結婚し、年末年始にはもう調子がおかしくなっていたと思う。
はっきりとした原因はよくわからない。
私生活では、僕のいびきや寝相の悪さで妻が寝られないという問題があった。いびきがうるさいのは昔からのことで、その様は父に瓜二つだった。僕の母もやはり父のいびきで寝られず、父はリビングにマットを敷いて一人で寝ていた。
完全に睡眠時無呼吸症候群だと思ったので、僕は病院で検査をすることにした。高いお金を払い、ものものしい器具を全身につけて一晩入院して検査したが、そこでは症状は見られなかった。
市販のいびき対策グッズも試したが、改善はしなかった。睡眠に悩む僕は、このことがかなりショックだった
妻の健康を阻害するわけにはいかないので、僕はリビングのソファで寝ることにした。今でもそこで寝ている。
仕事では、やっていることがとても苦痛になっていた。お客様対応が多くなっていたので、ストレスがたまっていたのかもしれない。ミスをしてショックを受けてもいた。
職場の人たちにはいい人が多かったが、特定の二人がしょっちゅう人の悪口を言っていたり、僕が上からの指示で業務上必要な仕事を頼んでも露骨に嫌そうな態度で拒否したり、仕事中に堂々とゲームをして遊んでいたり鍋を作っていたり、チームのメンバーに嫌味を言ったり、みんなだって行きたくないのに参加必須の会社の行事を毎回自分たちだけ欠席したりしていて、僕は不満をつのらせていた。好きな声優のポスターを勝手に事務所の壁に貼ったりもしてたなあ。(今思えばまったく人のこと言えない)
僕がとてもお世話になり、恥ずかしながらずいぶん甘えたり頼ったりした上司は、子供のまま大人になったようなユーモラスな人で、企画力もありいい人なのだが、この人たちには何も言わなかった(言えなかった?)。他のメンバーが直接抗議しても、それは変わらなかった。
また、リーダーたちはずっとくだらない下ネタを言ったり遊んだりしながらダラダラと仕事をするようになっていて、僕の気持ちは彼らから離れていった。
当時は気持ちがすさんでいたから、余計に彼らが不愉快に映ったという面もあるだろう。
こうして僕は自分の関わるゲームにも一緒に働く人たちにも仕事内容にも冷めていき、仕事をするのが、事務所にいるのが苦痛になっていった。
もっとやりようとか気持ちのもっていき方はいくらでもあったと思が、実際にそうしてしのぐのは難しい。完全にいつものパターンにはまっていた。
シナリオを書いているほうが性に合っていたのかもしれない。しかし、よほど実力がない限り、それだけでは生計を立てられない。それが理由で企画とかディレクターとかプロデューサーとかを目指す人も少なくないんじゃないだろうか。
KPIをどうたらこうたらしてPDCAをうんたらかんたらして企画を立てられるようになりたい。ゆくゆくはゲーム全体のディレクションを、プランニングを。スキルアップを。履歴書にもそう書くようになっていく。面接でもそんなことを言うようになっていく。
僕にも色々なことを経験して成長したい気持ちはあった。でも、とにもかくにも売上を上げる、お金を稼ぐ、ということを考えて仕事をし続けるのは、僕にとってさほど魅力的ではなかった。それはそれで面白いしこともあるし、成果が出れば嬉しくは思うのだが。
お客様の対応は、馬鹿らしくなることもあった。
みんな、やっぱり企画を立てたりディレクション、プランニングをしたりするほうが楽しいのだろうか? そっちのほうが重要で必要とされるのはわかるんだけれども。
仕事での苦痛と並行して、私生活でもうまくいかないことが多かったと思う。
そして、苦痛はどんどん肥大化し、仕事ができなくなり、前そうなったときと同じように座っていられなくなり、立つことすらまともにできなくなった。
業務上特に関わりのあった一人のメンバーには、とんでもない迷惑をかけた。ただでさえ普段から深夜まで仕事をしている人だったが、僕が会社に来なくなったぶん、さらに彼に負担がかかったと思う。にもかかわらず、彼はとても優しくしてくれた。真面目で意欲があって、いい人だった。
リーダーも僕の話をきき、親切に対応をしてくれた。すごくお世話になったし、僕に期待もしてくれていたから運営チームに誘ってくれたと思うのに、申し訳ない気持ちだった。
ここで倒れたらまずい。色々な人に心配や迷惑をかける。申し訳ない。それは痛いほどわかっていた。また同じ過ちを繰り返すのは嫌だ。でも、もう無理だった。
とりあえず、僕は一月ほど休職することになった。メンバーには休職を経験した人がいて、「少し休めば絶対よくなるよ」と言ってくれたが、僕はちょっと休んだくらいじゃ治らないだろうなと思っていた。
案の定僕はすぐには回復せず、そのまま退職することになった。
絶望の日々が始まった。




