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僕はどう生きるか 偏差値80からうつ、ニート、無職になるまで  作者: 依澄歌
大学~社会人時代 迷いの日々は続く
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嘘まみれの就職活動

 最近では就活解禁の時期が年度によって変わっているみたいだが、僕のときは大学3年の秋ごろから就職活動の準備がはじまった。

 その時期になっても、僕はやっぱり自分の働く姿がまったくもって想像できなかった。学校で開かれる説明会なんかにも、ギリギリまで参加しなかった。

 そして、就職のことを考えれば考えるほど体調が悪化した。


 頭がおかしくなりそうになって床をのたうち回ったし、インフルエンザのときでも食欲が衰えない僕が、数日で5キロくらいやせた。


 それでも、仕方がないからエントリーシートを書いた。みんな何十社、何百社と応募していたが、僕はせいぜい十社が精いっぱいだった。


 性格検査というものも受けた。これはもう存在が意味わからな過ぎて、あまりの馬鹿らしさにどうかしそうだった。

 今となっては、それなりに意味があったのだろうし、そこまで噛みつかなくてもよかったと思う。それでも好きにはなれないが。


 名前を知っている企業に応募したから、当然超大手ばかりになる。僕の経歴で選考を通過するわけがない。

 おごっていたわけではない。会社を調べる気にならなかったからだ。どうすればいいかもわからなかった。


 それでも、面接に進めた企業もあった。

 僕は面接が嫌いだ。まあ、多分大体の人が嫌だよね。妻は結構好きと言っていたが、信じられない。


 その企業では、一次面接にグループディスカッションがあった。大の苦手項目だ。

 同じグループにはすごいアグレッシブな女学生がいて、僕はたじたじだった。積極的に発言もできなかったと思う。彼女はどこまで進んだのだろうか。


 その面接と同じ日だったか一次面接を通過したあとだったかは忘れたが、グループディスカッションの次は企業の人との面接だった。2対1か3対1くらいだったと思う。


 僕はよくある質問にたどたどしく答え、「緊張してうまくしゃべれなくて~」と言い訳をした。

 僕はそういうふうに予防線を張る癖がある。あんまり印象よくないよな。

 面接官の一人の女性に「いえ、よくしゃべってましたよ」と言われ、あ、落ちたな、と思った。

 結果はその通りだった。


 ちょっといいなと思う企業で家からも近かったので多少残念だったが、きっと入社しても長くは続かなかっただろう。


 そんな感じで内定がもらえないまま、卒業の日が迫っていった。


 3年から始まったゼミは和やかな雰囲気で、先生も同じゼミの仲間もみんないい人で、助かった。


 地元に戻って公務員になり、穏やかなオタク生活を送ると言っていたS君。彼自身穏やかで、大学で一緒にいて疲れない数少ない友人だった。無事平和な毎日を送れているだろうか。


 とても美人で、絵に描いたように真面目で性格のいいKさん。彼女のほうが年上で、僕は「弟」と呼ばれていた。変わり者の僕と気さくに話してくれた。


 途中から顔を出さなくなってしまった子もいた。彼女は、その後どうなったのだろう。幸せに暮らせているといいのだが。


 携帯のアドレス帳がふっ飛んだときにみんなの連絡先が消えてしまって、連絡がとれなくなってしまったのが残念だ。

 ……と思ったら、先日偶然Kさんと連絡をとることができた。インターネットの力ってすごい。


 卒論は先生も面倒見がよく3年から準備ができたので、それ自体にはさほど苦労はしなかった。

 英語の文献を読んで書いていたので、僕が精神的に参っているいるときに母は「プロの人にお願いして翻訳してもらったら?」なんて言っていた。さすがの過保護っぷりである。

 それじゃあ意味がないので当然自分でやったが、そのときの精神状態によってはきつかった覚えがある。

 しかし、今調べてみたら卒論代行サービスとかあるんだなあ。世の中広い。色々な仕事がある。一つくらい自分に合ったものがありそうなものだが。


 僕の悩み相談にのってくれた先生もいた。宗教学の先生で、アニメを見ながら行う講義が学生に人気だった。

 先生は人を紹介してくれたり、何かの会に連れて行ってくれたりした。本当にいい先生だったなあ。


 結局、僕は就職が決まらないまま卒業した。


 就職活動にまつわるすべてが、(あくまで僕にとって)虫唾が走るほどに嫌だった。

 昔から、スーツを着て、会社員として働く自分が想像できなかった。家族にも、友人にもそう言われた。それは嫌ではなかった。むしろ、どこか特別なようで、誇らしくさえあった。

 だけど、いつかはそんな自分も社会に溶け込んでいくものだと思っていた。サラリーマンになっているかはわからないが、将来は何者かになっているのだろうと。


 でも、その日はこなかった。

 何もしていないのだから当然だ。うつだとかニートだとか、かつてはどこか遠い存在のように感じていたものに、本当になるんだなと思った。


 当時、僕はとことん自分が異常なんだと思っていた。実際、少数派だろう。でも、ネットなんかを見たりして、就職活動だとか仕事だとか人生だとか、そういったものに我慢できないレベルで違和感を覚えているのは自分だけじゃないようだということが、最近わかってきた。それは、10年前も変わらなかっただろう。


 そういった人たちが幸せに生きるには、起業をするとか芸で身を立てるとか、他の人とは違う生き方をするしかない。

 しかし、僕にはその能力も、人と違う道で生きていく覚悟もなかった。


 僕の他にも似たような思いをしている人たちがいたなら……というわけではないが、もうちょっと勇気を出してもっと広い世界を知ろうとしていたら、そこがいいところかどうかは別として、今とは違うところに立っていたかもしれないと考える。

 自分だけじゃないっていうのは、やっぱり勇気をもらえる。


 けど、結局最後は一人。自分の問題だ。

 今から何ができるだろう。

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