またおかしくなり始める
文学部は他の学部より早く、2年から専攻が分かれる。僕は西洋史学を専攻した。
哲学系、人間関係学系には進む気がなかった。文学系は関心もあって悩んだが、文学を深く学びたいと思っていたわけではなかった。文学系は厳しいときいていたので、やっていける自信がなかったのもある。今だったら文学系を選ぶかもしれない。
結局、消去法的に史学系、その中で唯一興味があった西洋史学を選択した。高校では得意ではなかったが、歴史は壮大な物語のようで面白そうだと思った。
2年生くらいから、もう少し真面目に勉強しないといけないなと思い始めた覚えがある。
しかし、大体の講義には身が入らなかった。そして、また僕の精神が異常をきたし始めた。
いつごろから特にひどくなったのかは覚えていない。2年時からそうだったかもしれないし、就活を意識し始める3年からだったかもしれない。
イマイチ講義が面白く感じられないというのもあったが、それ以上に「こんなことをしている場合ではない」という焦燥感が強くなり、まともに座っていられなくなった。将来と、そこからくる現状への不安である。
例えば、歴史の授業を受けていると、自分は歴史の専門家になるわけでもないのに、こんな細かいことを習って意味があるのだろうかと考えた。
かといって、じゃあどんなことをしている場合なのかというと、依然何をすべきか、したいかはわからなかった。気力もなかった。
しばしば、まだ授業があるのに途中で家に帰ってくるようになった。学校に行こうとして引き返したこともある。母は買い物から帰るたびに、僕が家に戻って戻っていないかびくびくしていたそうだ。
ちょっと話がそれるが、一般教養が終わって大学で学ぶ内容が専門的になってくると、そこで学んだことを自分の人生に活かすのって結構難しいのではないかと思う。
研究者だとか、学んだ内容がそのままその後の人生に直結する専門職の人はわかりやすいが、大抵の人は一般企業に就職する。そうすると、一般教養はまだしも、専門的な知識や技能にはなかなか意義を見出しにくい。
別にいいじゃん、そういうものでしょと、というのが大方の反応だと思う。でも、僕はそう簡単に割り切れない。
一方、きちんと自分の中で消化して活かせる人もいるとは思う。しかし、それだけの能力も僕にはなかった。相変わらず常に受け身で、文句を言っているだけだ。
大学という場所は、うまく利用できればとても有用だと今更ながらに思う。優秀な学生や先生がたくさんいるし、資料も揃っている。
僕が講義を受けた先生の中にも、「東洋の英知」と呼ばれている先生や、その世界では有名な先生が数多くいた。
僕は大学の魅力の1パーセントも享受していなかったのではないだろうか。もったいない。
また未練がましくなってしまった。
さて、将来が不安で何も手につかなくなった僕は、就職活動という大学生の一大イベントを前にして、さらに症状を悪化させていった。




