学校に行かなくなる
そんな生活をしていたら当然おかしくなるわけで、僕は『発症』で述べたように、何もかもが嫌だという状態になっていった。
最初は「怒り」の感情が強かった。とにかくいつもイライラしていて、母に「何がそんなに気に入らないの」と言われた。
僕は、「わからないけどとにかくイライラする」としか答えられなかった。
床ドンしたりと物に当たって、母にトラウマを与えてしまった。今度は母が耳栓なしではいられなくなった。
辞書のページをぐしゃぐしゃにしてしまってセロテープで修復したあとは、今も残っている。衝動にかられたあと、なんてことをしてしまったんだと思った。
ノートにはネガティブな言葉が書き連ねてあって、ぐちゃぐちゃに線が引かれていた。
何もわかっていなくて、思い返すと目を覆いたくなるほどプライドも高く、他人の助言も全然聞き入れられなかった。こんなはずじゃないという焦りが強く、心にまったく余裕がなかった。
そして、怒りやストレスはだんだんと無気力、憂鬱へと変わっていき、僕はついに学校を休んだ。
「学校は行くもの」とそれまで疑問ももたずに生きてきて、皆勤を誇らしく思っていた自分がそんなことになるとは、夢にも思わなかった。行きたくないというより、行けないのだ。何も考えられず、ただただすべてがずっと憂鬱で、体を動かす気力もない。
どれくらい休んだか覚えていないが、せいぜい1、2週間だったはずだ。「これ以上休むと復帰できなくなる」と父も判断し、とにかく学校に行くだけは行くことにした。よくあの状態でもう一度行ったと思う。それくらいの状態だった。
感情にも波があるので、体育の時間だけ少しテンションを上げてみたり、たまにやる気を出してみたりすることもあった。だが、それも一過性のものだった。気合いを入れようとすればするほど、やっぱりまたダメだった、とあとがつらかった。
まだ僕が調子がよかったころ、仲のよい友達Tが、「○○(僕の名前)、何を楽しみに生きてる?」と尋ねてきたことがあった。
僕はちょっと驚いた。そのときは、大好きな海外テレビドラマの名前を挙げた。彼の真意はわからなかったが、みんな悩んでるのかな、と思った。
また、高2からは文系理系ともに1クラスずつ選抜クラスが作られるのだが、そこ(僕たちは文系)で一緒だったクラスメイトKも、過去に一時期不登校だったときいたことがある。
それが本当だとしたら、彼は何がきっかけで不登校になり、何を思い、どう復帰したのだろうか。
まあ、その二人もやっぱり東大に行ったんだけどね!
Tは僕よりも背が高かったが、無邪気な感じのする愛すべきキャラで、やっぱり昔からのゲーム好きだった。先生たちと仲がよく、職員室に入り浸っていた。
Kはとにかく社会科目に強く、やたらと長いバンコクの正式名称だとか、なんでそんなことまで知っているんだということいくつも知っていた。放課後黒板に色々書いて、生徒同士で半分授業みたいなことをしてたりもした。
みんな優秀でありながらもそれぞれに悩み、克服していったということだろう。
それまでさほど成績のよくなかった生徒が、受験を前に勉強し始めて一流大学や医学部に入ったり、いつも学年最下位クラスだったやつが一浪していつの間にか京大に入ってたりするのを見ると、すごいポテンシャルをもったやつらが集まってたんだなあと思う。
やっぱり色々悩んで、卒業後に先生に相談しに行ったりして、現役の時は文系だったけど、医学部を受けなおす選択をしたやつもいた。すごくエネルギーのいることだと思う。
こんな集団の中で生活するのは、これからもなかなかない経験かもしれない。
そして、上には上がいくらでもいるのだから、世界は広い。
彼らがエリートとして活躍し、バイタリティに富んだ生き方をしているのを見ると、やっぱり羨ましいし、むなしくなったり悔しい気持ちになったりする。
生き方は人それぞれだし、一流企業に入るとかバリバリ働くとか、そういうことに僕は価値を見出せないけれども。
あ、でもさっきのT君は仕事辞めたいって言ってたな。
一方、早い段階で学校をやめてしまった生徒もいた。家庭の事情だったのか、学校が合わなかったのか。
入学直後からずっと成績が悪くて、先生や親に小言を言われ続けている生徒もいた。彼らはどんな気持ちだったのだろう。進学校だし、肩身の狭い思いをしていたのかな。
全然気にしないで平気だったやつもいるだろうし、努力しても結果が出ずに、つらい思いをしたやつもいるだろう。
自分が調子のいいときはそこまで考えが及ばなかったし、調子が悪いときはそれどころじゃなかった。いつか彼らの話もきいてみたい。
今うまくいってるやつも、そうでないやつも、まだまだ人生は続くんだよね。そして、何が起こるかはわからない。
願わくは、それぞれが幸せな道をみつけられるといいのだが。
そして、学校じゃあんなこともあったねと、いつか笑いながら話せたらいいな。
そこに自分も加わって、お世話になった先生にも立派になったところを見せて、安心させて、きちんとお礼を言いたい。




