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僕はどう生きるか 偏差値80からうつ、ニート、無職になるまで  作者: 依澄歌
中学・高校時代 歯車が狂いはじめる
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優等生街道まっしぐら

 結果はすぐに出た。少し勉強すると成績はグンとのび、常に学年で1,2を争うようになった。優秀な生徒が数多く揃っていたが、特にできる人が1人いて、トータルでは彼のほうがちょっと上だったんじゃないかなと思っている。

 彼はとても真面目な生徒で、1時間半くらいかけて学校に通っていた。東大法学部に進学後現役で司法試験に合格し、現在裁判官をしている。しばらく前に婚約したという話をきいた。相手は当時のクラスメイトの塾講師時代の教え子だとか。


 こうして、中3~高1くらいのころは、学業成績の面ではトップをひた走っていた。中間、期末ともに英語の成績が100点だったり、全教科の平均点が90点以上だったりで、全校生徒の前で表彰されたりもした。

 よく、「どんなふうに勉強してるの?」ときかれた。僕は「予習して復習して授業をきいて、学校の勉強をしてるだけだよ」と答えていた。実際、そうだった。

 ただ、授業では寝ることも多かった。きく気がないのではなくて、眠気に耐えられなかったのだ。そのぶんは家で勉強しなおして補っていた。実に非効率だ。

 友人に勉強を教えることもあった。逆に、苦手な科目は得意なやつに教えてもらった。


 このころの僕が勉強一色だったかというと、そういうわけでもない。当時格闘技を見るのにハマっていて、休日には体を鍛えたりもしていた。廊下ですれ違うたびに僕にタックルをかまされる同級生はいい迷惑だったと思う。

 

 頭を軽く縫う怪我をしたのも中3のときだ。昼休みはいつも外で体を動かしていたのだが、その日は雨だった。なので、階段教室で鬼ごっこをした。

 そのうち、誰がはじめたか、電気を消すようになった。鬼が見えない鬼ごっこというのは、スリルがあって面白かった。

 そして、僕は気がついた。机の上を走っていれば、捕まらないということに。俺って天才だなとか思ってた。


 しかし、いくつ目かの机に飛び移ろうとしたとき、僕は足場を失って下に落ちた。机の列はそこで終わっていたのだ。僕はどこかに頭をぶつけた。

 それほど痛くもなかったので大丈夫だと言ったが、友だちは音にびっくりして電気をつけた。僕は少し頭を切っていて、血が出ていた。自分でも驚いた。

 僕が保健室に行っている間、友人たちは必至に血痕を拭き取り、証拠を隠滅していたらしい。彼らは結局階段教室で遊んでいるのが先生に見つかって怒られたとのことだが、僕がそこで怪我をしたことはバレなかったようだ。


 保健室で手当てを受け、頭にネットを被って教室に戻った僕は、「お前の頭パイナップルじゃん!」とクラスメイトに笑われた。M先生には、「雨で滑ってコケまして……」とうそをついた。先生は「災難だったなあ」と同情してくれたが、少し後ろめたかった。ごめん先生。不運じゃなくて、僕がバカだったんだ。


 早めに縫ってもらったほうがいいということで、僕は早退した。それまで僕は無遅刻・無欠席・無早退だったので、M先生はこの早退をもみ消した。さすがM先生。

 僕は縫うとかの痛い系が大の苦手だったので、なんてバカなことをしたんだと後悔した。病院についてきてくれた母は、「そうよ。本当にバカよ」と言っていた。

 しかし、病院が終わると、僕は怒られてきた友人たちと合流して東京ドームに野球の東西対抗を見に行った。友だちの1人が家で読売新聞をとっていて、もらったチケットをくれたのだ。


 これが、僕の最初で最後の野球観戦だった。当時は休み時間には野球やキャッチボールをして、野球ゲームをして、毎日スポーツニュースを見て、父に通勤途中で大量にもらってきてもらったオールスターの投票用紙を学校で配るほど、野球に夢中だった。今でも野球は好きだが、すっかりテレビは見なくなった。

 そういえば、野球に興味をもったきっかけは、中1のときにサッカー部でも一緒だったクラスの友達に、某野球ゲームの存在を教えてもらったことだった。

 このゲームにはすいずんハマったが、ホームランが打てないとリセットしたり、選手の育成がうまくいかないと泣きそうになったり、既に自分の完璧主義的な危うい面は出ていた。


 また、夢中になっている対戦ゲームもあった。親友Nと知り合ったのもこのゲームをとおしてだ。1学年225名前後いるし、クラブやクラスが同じにでもならない限り、6年間同じ学校に通っていてもほぼ接点がないやつはいる。

 Nとは、よく遊んでいたクラスメイトに同じゲームをやっているやつがいると紹介されて知り合った。すぐ一緒に遊んだがNはゲームがうまく、ゲームが苦手な僕はボコボコにされた。このゲームはその後も長きにわたってやり続けることになり、僕の人生に少なからぬ影響を与えた。

 Nは面白いやつで趣味も合い、結局1度も同じクラスにならなかったにも関わらず、卒業後も今に至るまでずっと付き合っている。


 長期休みでも、例えば最初の1週間は1秒も勉強しないで遊びまくり、残りの1週間で計画的に宿題を片付けるとかしていた。友人にも、遊びと勉強のけじめがついていてすごいと評された。冗談なんかもよく言っていて、面白いやつだとよく言われた。


 このころはどうしてうまくいっていたのか、自分のやり方に疑問を感じなかったのか。それにはいくつもの理由があるが、さほど範囲も広くない決まったことだけやっていればよかったから、というのが最も大きいと思う。

 これは、自分の中での非常に大きなテーマに密接に関係することで、のちに詳しく考察したいと思う。


 はたから見れば、実に順調な学生生活を送っているように見えただろう。だが、僕の中では苦しみが生まれ、徐々に精神を蝕みはじめていた。

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