人生で一番気楽な時期
いよいよ6年間の中高生活が始まる。これまでにも述べてきたが、改めて簡単に学校の紹介を。
僕が通っていたS校は、完全中高一貫(高校からの生徒募集をしない)の男子校。ミッション系で、当時の校長先生は、数十年前に修士会から日本に派遣されたクリスチャンのカナダ人だった。校長先生以外にもクリスチャン、外国人の先生は多かった。
「予備校いらず」との評判で、英語教育に特に力を入れていていた。もっとも、これはうちの学校に限ったことではないかもしれないが。
立地としてはすばらしい環境で、長い坂を上った閑静なところに校舎があった。周辺には超名門お嬢様学校がひしめいていたが、そのお嬢様方にお近づきになったことは、ただの一度もない。
わざわざ彼女たちが乗ってくる車両に乗る生徒もいたとか。中高一貫の女子高とかお嬢様学校とか、どんな様子なのかはちょっと気になる。
家からは電車で1本で、乗車時間は30分程度。ドアトゥドアで1時間てもんだった。
職員の方々や後輩の頑張りもあってか、近年では東大合格ランキングベスト10にほぼ毎年ランクインしているようだ。
教室での席順は、出席番号=名前順だった。近くの席のクラスメイトを中心に、友達もすぐできた。
それなりにまじめに勉強して、最初の中間テストは225名ほどの中で5位だった。進学校の中でも、成績のいいやつをからかうような風潮はあった。
中学の間は何かしらのクラブに入らなくてはいけなかったので、サッカー部に入った。これが、苦痛で仕方なかった。
繰り返し述べることになると思うが、僕は自分の時間をやりたくないことに使わされるのが人一倍耐えられない。
嫌なのは誰しもそうだろうが、そのレベルが尋常じゃない。普通なら「嫌だなあ。でも仕方ないか」で済むようなことでも、発狂しそうになる。実際、する。休日に部活動があろうもんなら、暴れださん勢いだった。
自分が異常なのではないかと気がつくのには、結構時間がかかった。みんな嫌でも我慢してるんだ、自分の忍耐力が足りないんだ、と思っていた。もちろん、その要素は大いにあると今でも自覚している。
また、とにかく目立つのが嫌だった。部活の試合では、いつもメンバーに選ばれないよう祈っていた。
それでも、部活動が不満な以外はおおむね順調な生活だっいたから、このころはまだ自我を保てていた。
だんだんと勉強をしなくなり、中2になるころには、家に帰ってテレビを見ながらさらっと授業内容を見直す程度だった。授業中はよく寝たりゲームをしたりしていた。ゲームボーイアドバンスを電車の中で先生に没収された。
成績は、学年20位あたりで落ち着いていたと思う。
部活もサボるようになった。よく、サボり仲間と野球をしていた。
難しいことは考えず、やりたいようにやっていた。それでうまくいっていた。ある意味、一番幸せだった時期かもしれない。




