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僕はどう生きるか 偏差値80からうつ、ニート、無職になるまで  作者: 依澄歌
誕生~小学生時代 フツウに生きていたころ
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塾に通う

 早い子は小3とかから通っていたが、僕は小4から中学受験用の塾に通うようになった。小4まではピアノも習っていたのだが、塾が忙しくなる小5くらいでやめたと思う。


 主に3つの塾に入塾を検討して、テストを受けた。

 1つ目は、スパルタで有名な大手S塾。テストも難しかったのを覚えている。

 2つ目は、こちらも大手のN塾。入塾前のテストのことは覚えていない。平均的だったということだろうか。

 3つ目は、T塾。上記2つの塾ほど有名ではないが、N塾と同様校舎が家から近かった。テストの点が良かったらしく、特待生での入塾を誘われた。


 結局、僕はN塾に入った。バランスがいいと判断したんだろう。本人の希望だったと思う。家から近いのもよかった。

 少なくとも最初のうち、塾は楽しかった。色々なところから魅力的なやつが集まってきてたし、勉強は簡単に結果が出た。半ばゲーム感覚でやっていた。深刻に「勉強しなきゃ」と思った覚えはあまりない。


 先生も面白かった。相手は子供だし、あの手この手で興味をひこうとしていた。色々と苦心していただろう。

 自分が小さかったこともあったかもしれないが、塾の先生は総じて魅力的に感じた。個性的で、学校の先生とは一味違うしね。

 塾の職員の人との距離も近かった。歴代の室長の中には合わない人もいたが。


 こんなことを言うといい気持ちがしない人もいるかもしれないが、塾では一番上のクラスで、その中でも最上位の成績だった。全国で上位に入ることもたまにあった。得意科目は国語で、算数は平均よりはできたけど他の科目に比べると苦手、理科と社会はそこそこだったと思う。

 自分の生きてきた人生の性質上、それを語るには今後もこういった学力に関する話は出てくると思う。自分を知ってもらうため、ありのままを記述しようと思う。他意はないので、そう受け止めてほしい。別に悪いことだとは思っちゃいないけど、人によっては嫌がりそうな話題だと思うから。


 特に仲の良かった同じクラスの友達は、スチール缶をつぶして手でちぎる男勝りのワイルドな女の子、今では女医をしている、美人で、めちゃくちゃ頭が良くて、とてもユニークで面白くて、いつも歩きながら本を読んでいて、やっぱり女の子らしくない女の子、異次元レベルで算数のできる、よくお弁当にすっぽんスープをもってきていた、ちっちゃくてかわいい系の男の子など、個性的で魅力的な面々だった。

 一緒にいて、とにかく楽しかった。


 親が車で迎えに来ているのに、受付のところでみんなと『せんだみつおゲーム』をしていて、ずいぶん長い間待たせたこともある。

 そういえば、親が迎えに来ている子供も少なくなかったが、一人で帰ってる子も結構いた。大人だ。夜遅いとちょっと危ない気もするけど、どっちが一般的なんだろう。


 今思えば、自分もそれなりに目立っていたのかもしれない。先生や生徒を巻き込んで、面白おかしく過ごしていた。

 『ヤンデルーズ』とかいうグループを組んで、他のクラスの『エロトフ島ボーイズ』に対抗してたな……。


 前にも書いたが、6年くらいから結構きつくなってきたんだと思う。周りの本気度も違ってくるし、課題も多くなるし。授業も長かった。

 夕飯用にマックの配達とかあったなあ。僕はお弁当を作ってもらっていたけど。いつも食べていた子は、栄養とか大丈夫だったんだろうか。


 さて、この塾で僕は一人の天才と出会い、一時期大きく影響を受けることになる。

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