ゲームコンプレックス①
ひとつ前の話で、目が悪くなっていたのでテレビゲームを禁止されていたという話をしたが、最初はやりたくてやりたくて仕方がなかったのにやらせてもらえなかった、というわけではなかった。
当時僕自身ゲームのことをよく知らなくて、なんとなくそういうものがある、程度の認識だった。『ジャンプ』だとか『コロコロ』だとか『ボンボン』だとかの漫画雑誌に関してもそうだったかな。
どちらかというと本とか生き物とか外遊びのほうに興味があって、小学校中学年まではゲームを買ってくれと親にねだった覚えはあまりない。
それでも、友達の家に遊びに行ったときは、ちょくちょくゲームをやらせてもらっていた。
よく覚えているのは、仲がよかったある友達の家で、みんなで『ストリートファイターⅡ』をやっていたときのことだ。
僕はそのゲームをやったことはなかったが、『リュウ』と『ケン』というのが主人公らしいということは知っていた。だから、自分がやらせてもらえることになったとき、「ケンを使いたい」と友達に言った。
友達は「こいつがケンだよ」と言って、緑色をしたキモい怪物みたいなキャラを選択した。
こいつ、ひとが何も知らないと思って……知ってるぞ、そいつは『ブランカ』っていうんだ。てか、名前書いてあるし。
だけど結局、僕は異議を唱えることもなく、ボタンを連打してむなしくエレクトリックサンダーをしていた。
思えば、この友達の家で『ドラゴンボール』の単行本をチラ見したのが、家で見つけたのよりも先だったかもしれない。ちょっとエッチーなシーンで、ドキドキしたのを覚えている。
この友達とは低学年のころとても仲がよかったが、じきに遊ばなくなってしまった。クラスが別になったからかな?
ほかにも時期によって仲良くしていた友達は色々と変わったが、みな次第に付き合いはなくなった。小学校だと、クラスの壁って大きいのかもしれない。
いわゆる問題児みたいな子と一緒にいたこともあったな。プロレスごっこが過熱して問題になったり。
からかってきたからももかん(太ももの痛いところに膝蹴り入れるやつ)したら、泣きながらコンパスもって追っかけてきたときは焦った。慌てて謝りながら給食室まで逃げた。何事もなくてよかった。
卒業後すれ違ったことがあるが、彼は窮屈な制服を着て、つまらなそうな顔をして、すたすた歩いていた。
人生全体を通してそうだけど、接する人が違ったら、生き方もまた違ったものになっていたのかな、なんて思う。人の本質は変わらなくとも、他人の影響って大きいよな。考えだすと長くなりそうだ。
卒業後、何人かとは同じ中学にいったけど、他の小学校の友達とはまず会わなくなった。
高学年のときに交流があった子とはごくまれに集まったりもしたが、懐かしいし楽しいんだけど、なんか居心地が悪かった。何より、いつも自分の立場に引け目を感じていたのが大きかったと思う。
一方、中高一貫の学校に進学したのだが、ここでの友人とは今でも付き合いがある。親友と呼べる人間にも出会えた。苦しいこともいっぱいあったが。
中高でのことは、のちに詳しく書きたいと思う。
ずいぶん話がそれてしまった。続く。




