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彼の簡潔な自己紹介を補足するように、咲也が話す。
「尭久はまゆりさんと同じ高校に通っています。同じ高校に通っているとお話した身内は尭久のことだったんです」
ええ、存じておりますとも。
まゆりは咲也が嬉しそうに話す内容に、心の中で言葉を返す。
彼が余計な事を言わないのに乗じて、まゆりも彼がクラスメイトである事実を伏せる事にした。そんな事をしてもそのうち知られるだろうとも思ったが、ここでそれを明かしてしまえば、色々と突っつかれて面倒な事になる気がした。
まゆりはかろうじて、そうだったんですね、とだけ返した。
尭久の自己紹介が終わると、まゆりから見て左側の列の奥にいる人物が咲也の方を見る。
その人物の視線に気づいた咲也は、促すように頷いた。
「私は誠二と申します。よろしくお願いいたします」
誠二も達彦の様にまゆりの方に体を向け、頭を下げるのでまゆりも小さく頭を下げる。
誠二が終わると、隣の男性が続く。
「瑞希と申します。一応、そこにいる朝子と尭久の直属の上司をやっています。あいつらが何かやらかしたら俺に言ってくれれば対処するので、遠慮無く言ってくださいね」
「瑞希さん、それ酷くないですか!?」
朝子が瑞希に抗議の声を上げるが、瑞希は笑ってそれを流した。
取り合おうとしない瑞希に、朝子はもうっとそれ以上言葉を続ける事を止めた。
「祐輔と言います。誠二さんの下に付いて働いてます。よろしく」
瑞希と朝子のやり取りが一段落したところで、彼らの間に座っている男性が静かに自己紹介をする。
祐輔もまゆりに向かって手をひらひらと振って来たので、まゆりはこちらにも愛想笑いを返しておいた。
「朝子と言います。変な事に巻き込まれて能力が発覚した者同士、仲良くしてもらえると嬉しいです。これからよろしく」
朝子の自己紹介が終わると、咲也が話を続ける。
「今ここにはいませんが、誠二と瑞希の指揮下に他1名ずつおります。他にもお役目を担う者たちがいるのですが、それは機会がありましたらご紹介いたします。あとは後ろに控えている百花を含めた屋敷に勤めている者がおります。彼らは後日紹介いたしますね。では、皆の紹介も終わりましたし、私も改めて名乗らせていただきましょうか」
咲也はそう言うと、一度目を閉じる。再度彼女が目を開けると、変わらず笑みを浮かべてはいるが、その眼差しは美しく、それでいて鋭い光を宿している。
まるで、いつか見た剣のようだと思った。
「私は、ここにいる者を含めたオニを狩る者たちの長であり、人とオニとの狭間に生を持つ者、名を咲也と申します。貴女様のお名前をお聞かせいただけますでしょうか」
まゆりは、少し前までの緩やかな雰囲気を脱ぎ捨て、目の前にいる人たちの長として、凛とした長者の風格を身にまとう彼女の姿がとても美しく見えた。
どこかで自分の名を告げたら逃げられなくなってしまうのではないか恐れる自分がいる。だが、恐れ以上に咲也がまとう雰囲気とその美しさに心を奪われてしまう。
不安を訴える声は遠のき、小さくなっていく。
「藤堂まゆり、と言います。…お世話になります」
「はい、これからよろしくお願いいたします。さて、皆の紹介も終わったことですし、これにてお開きといたします」
咲也はそう言うと、鋭い眼差しが柔らかいものに戻る。
それに気づくと同時に、体がふっと軽くなった。無意識の内に体に力が入っていたようだ。
小さく息をはく。
「今日は立て続けに色々なことが起こり、大変お疲れでしょう。ご自宅まで車でお送りいたします。瑞希、朝子、お願いしますね」
咲也に名を呼ばれた2人は、はい、と返事をすると軽く頭を下げる。それを確認すると、咲也は立ち上がり真っ直ぐまゆりの元へ歩いて行く。
まゆりは咲也が向かってくるのを見て、緩んでいた背筋を慌てて伸ばす。
「玄関までお見送りします。さあ、行きましょう」
咲也はまゆりの前で膝を折り、まゆりの手を取って立ち上がる様に促してきたので、それに従い、立ち上がる。
まゆりは先を行く咲也について行くが、部屋を出る前に後ろを振り返る。
「お邪魔しました」
部屋に残っている人たちへ一礼し、先に行く咲也に追いつくため、早足でその場を去る。
そんなまゆりの後に続いて、瑞希と朝子も部屋を出て行った。
最後に出て行った朝子が襖を閉め、足音が遠のく。彼らが部屋から離れると、円花は彼らが出て行った襖を見つめながら話し始める。
「咲也様すごく積極的というか、はしゃいでいたというか。珍しかったですね。まあ、当然か。・・・彼女、思い出してはいないんですよね」
円花は達彦の方を見て尋ねる。
「今のところはな。・・・尭久」
大きくため息をつきそうになるのをぐっと堪え、達彦はいつにも増して表情が無い部下の名を呼ぶ。
「今後、彼女に接触する機会も増えるだろう。不自然にならない程度に彼女と親交を深めておくように」
尭久は達彦の顔をじっと見つめながら、彼の指示を聞く。
感情が抜け落ちた顔の裏に不安を隠している事を、達彦は知っている。
昔、尭久に初めて合った時も、彼は今と同じ表情をしていた。
まだ幼い妹を守るために、武器を振りかざして立ち向かっていた少年は、恐怖で体が動けなくなってしまわないように、己の心を殺していた。
少年とその妹を保護した後、咲也や他の仲間達と接する内に本来の明るさを取り戻したが、不安や恐れを感じるとそれを隠そうと表情が乏しくなる癖が付いてしまったようだ。
「お前が危惧しているようなことにはならんさ」
先ほどまでこの場所にいた少女、藤堂まゆりの姿を思い出す。
彼女は自分が置かれた状況に酷く混乱してはいたが、突きつけられた事柄をしっかり把握した上ではっきりと拒否を示した。
得体の知れないものに目や耳を閉じ、全てを拒否する状況になるかとも思ったが、彼女がこちらの話を本当に信じているかは別として、一応はこちらの話を理解して受け入れる度量もあった。
今後彼らが直面するだろう出来事も案外簡単に乗り越えてしまうかもしれないと、まゆりを見て達彦は思った。
達彦は部屋を出るため立ち上がる。途中、尭久の後ろを通るときに、あまり気負いすぎるなと彼の頭をぐしゃぐしゃと少々荒っぽく撫でた。
「さあ、今日の夕飯を食べに行くぞ」
まだ立ち上がろうとしない他のメンバーに声をかけ、達彦は部屋を出た。