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頭の中で整理した情報に、思わず言葉が出た。
一度出てしまうと、次から次へと言葉が溢れ出した。
「あり得ない。そもそも結界ってなんですか、結界って。特別な能力?そんなお伽話の中に出てくるような力が、現実にあるわけないじゃないですか。しかもオニって何ですか。桃太郎とか、地獄にいる鬼がこの世にいると?あり得ない、常識的に考えて、あり得ない!!」
小さくブツブツと呟いていた声は段々と大きくなり、最後は叫ぶように言葉を発して終わった。
そんなまゆりに懐かしいものを見る眼差しを向ける者、苦笑を浮かべる者、特に反応のない者、優しい笑みを浮かべる者など、反応は様々ではあるが、まゆりの発言に不快を表すものは1人もいなかった。
まゆりが大きな声を出した事で息を切らせていると、まゆりたちが入ってきた襖の向こうから声が聞こえた。
「お話し中のところ、失礼いたします。尭久、参りました。入室してもよろしいでしょうか」
聞こえてきた声に、まゆりは体がピクリと反応した。
今、向こうにいる人は尭久と名乗らなかったか。
襖越しに聞こえた声。
自分の中であまり認めくたくなかった確信が、事実へと進化した。
頭の隅で、混乱させるようなもう情報はいらない!と叫ぶ自分がいる。
「お入りなさい」
咲也が入室を許可する。
襖が開く音がやけに大きく聞こえるのは、今、全神経をそちらに向けているからだろうか。
遅れて入ってきた人物は、遅くなり申し訳ございません、と一言いうと、空いていた座布団に座った。
まゆりは恐る恐る、その人物を見る。
自分の考えが外れているかもしれない。そんな一縷の望みが叶うように願った彼女の思いは、大半の予想の通り、見事に打ち砕かれた。
まゆりの右手斜め前に座った人物は、平日には同じ教室で勉学を共に学ぶ同級生、白木尭久、その人だった。
尭久はまゆりの方を見ることなく、静かに正面を向いている。
少しくらい、自分がここにいることに反応があるかと思っていたが、何もないことにまゆりは拍子抜けしてしまった。
「まゆりさん、あなたの言うように、常識的に考えてあり得ないと思う方が正しいのですよ。むしろ、そう思っていただけないと困ってしまいますから」
咲也の言葉に、まゆりは何故?と彼女を見つめる。
「私たちのお役目は関係者以外に知られないよう、極秘に行っています。結界を張るのは、オニの討伐に一般の方を巻き込まないという目的はもちろんですが、私たちの活動を公に知られない事を目的にしている方が強いんです。だから、非常識であることが正常なのですよ」
非常識である事が、正常。つまり、知らないという事が一般的なのだと、咲也が明言する。
それは「自分たちは正常ではない」と言っていること同じなのではとまゆりは思ったが、口にすることなく胸の内に仕舞った。
「まゆりさんが結界を作る能力をお持ちであるとご説明いたしましたが、ここまでで質問はありますか?」
「いえ、今のところ特にないです」
まゆりは少し悩んだ後、そう答えた。本当は訳の分からないことだらけだが、これ以上詳細に聞いても混乱するだけのような気がする。
「そうですか。では、今後についてですが、まゆりさんに能力を自分の意思で制御出来るよう、能力の使用方法を身につけていただきます。申し訳ありませんが、能力の制御については必ず了承していただきます。能力が制御出来るようになれば、今回の様なことが起こる前に対処出来るようになりますよ」
まるでお得な特典で釣って、何らかの契約を結ばせようとしているみたいだ。あながち間違っていない様な気がする。
「能力の使い方を学んでいただくために、習得までこの屋敷に通っていただきます。その辺の予定は、指導に当たる朝子と相談していただければと思います。そして、能力の制御を身につけた後は・・・まゆりさんにも私どものお役目にご協力いただきたいと考えております。ご協力をお願いできますでしょうか」
来た、とまゆりは思った。朝子の事例からなんとなく、役目に参加するように要請が来るだろうと予想出来ていた。
この部屋に来る前に咲也が言っていた決断とは、彼女らの世界に片足どころか両足どっぷりと浸かるかを決めろという事だったのだろう。
まゆりは、膝の上に置いている手をぎゅっと握る。
緊張で口が渇く。今考えている事を彼らに告げる事はとても緊張する。だが、今を逃したら、ずっと言うことが出来ずにズルズルと戻れないところまで進んで行くだろう。
まゆりは口を開く。
「能力の件はとてもありがたいと思います。でも、そのお役目とかいうものの協力はお断りします」
まゆりの声は大きくなかったが、部屋の中にいる人たちに伝わるには十分だった。
部屋に満ちた静寂に居心地が悪くなる。
「分かりました」
少し間があいた後に咲也が言う。
あっさりと了承が帰ってきた事に少し拍子抜けする。
咲也は変わらず優しい笑顔を浮かべたまま、まゆりを見つめる。
「断られるだろうとは思っていましたから。突然、こんな事を言われて、はいそうですかと受け入れられてもこちらが困惑してしまいます」
そう言って咲也はコロコロ笑う。
「ただ、先程も言いましたが、能力の制御だけは身につけていただきますので、よろしくお願いします」
今度は笑顔で念押しをされた。
緊張しながら告げた思いを簡単に承諾され、まゆりは体に入っていた力が抜けていくのを感じた。
「では、これからしばらくこの屋敷に通うことになりますので、今日ここにいる者の紹介をいたしますね。今後、何かあれば遠慮せずに屋敷にいる者たちを頼ってください。では、達彦から順に、まゆりさんへ自己紹介をしてください」
名を呼ばれた男性、まゆりから見て右側の列の一番奥にいる40代程の人物が咲也に向かってかしこまりましたと返答すると、まゆりの方へ体を向ける。
「私は達彦と申します。ここにいる者たちを束ねる立場におります。どうぞお見知り置きください」
達彦はそう言うと頭を下げ、体を元の位置に戻す。思わず、まゆりも彼に向かって小さく頭を下げた。
達彦の次は彼の隣にいた女性がまゆりの方を見る。
「私は円花と言います。まゆりさんとは年が近いですし、何かあれば気軽におっしゃってくださいね」
そう言うと円花はまゆりに向かって手をひらひらと振る。
まゆりは若干引きつってはいるが、笑顔を返した。
この順番でいくと、次は円花の隣に座っている尭久の番になる。まゆりは無意識の内にまた体を硬直させる。
尭久は顔だけまゆりの方を見ると口を開いた。
「尭久です。よろしく」
最低限の自己紹介に、隣にいる円花がそれだけ?と不服そうだ。