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「私もこのお菓子が昔から好きなので、気に入って頂けたようでとてもうれしいです」

 咲也は少し寂しげな笑顔を浮かべて、まゆりがまだ手をつけていないお菓子を見つめた。

「お年寄りには好評なんですが、どうも若い人たちにはあまり受けが良くなくて」

 苦笑を浮かべてそう言う咲也に、まゆりが何か言いかけた時、襖の向こうから咲也の名を呼ぶ声が聞こえた。

「咲也様、準備が整いました」

「分かりました。まゆりさん、一緒に来ていただけますか?」

 咲也が立ち上がろうとしたところで、まゆりが彼女に質問を投げかける。

「あの、これから・・夕方に起きた事について、説明があるんですよね」

 詳しくは説明されていないが、これから移動する先で何が待っているのか、なんとなく予想が出来る。

 車の中で朝子に言われた事から、あの出来事について何かしら話があるのだろうと分かっていた。

 まゆり本人としては、あんな出来事の説明などしてもらわなくて良い。むしろあんな事についての情報など知りたくもない。

 けれど・・・。

 まゆりは両膝に載せていた自分の手をギュッと握りしめる。

 知りたくない、恐ろしい。先程まで忘れていたそんな思いが、急に蘇ってきた。

 俯いて恐怖に耐える彼女の手を、咲也の手が優しく包み込んだ。

「怖い思いをしたのですから、知りたくないと思うのは当然です。あなたに辛い思いをさせてしまって申し訳なく思います。ですが、これはあなたを“あれら”から守るために必要なことなのです」

 顔を上げて咲也の顔を見る。

 咲也はまっすぐまゆりの瞳を見つめる。

「どうか、今日だけは、目の前に示された事実から目をそらさないでください。全て知った上で、あなたは、今度どうするか決断をくださなければなりません」

 そう言うと、咲也はそれまでの真剣な表情を崩し、へにゃりと笑う。

「私からの助言を1つ、お教えいたしますね。・・この世界は知らないことで溢れていて、 常識では計り知れないことが山程あるんです。常識はあくまでも指針であり、基準でしかないのです。あなたが見たもの、聞いたもの、感じたものを大切にして下さい」

 咲也の柔らかい笑みが自分の気持ちを緊張を解すためのものだとまゆりは感じた。

 その優しさに応えられる、良い言葉が思い浮かばない。

 まゆりは言葉が見つからず、口をつぐんだまま、もう少しで泣き出していまいそうな笑みを浮かべて頷くことした出来なかった。

「大丈夫、あなたは1人じゃありません。さあ、行きましょうか」

 咲也に手を取られ、まゆりは立ち上がり、部屋の外へ向かう。

 2人が手を繋いだまま襖の前まで行くと、襖が開いた。開いた襖から廊下に出る。

「お待たせしました、百花」

 廊下で待機していた百花に咲也が声をかける。百花は深く頭を下げた。

 百花はまゆりが部屋の外に出たのを確認すると、素早くかつ静かに襖を閉じて立ち上がる。

「お部屋までご案内いたします」

 そう言うと、百花が踵を返し、歩き出す。その後に咲也、まゆりと続く。

 まゆりが玄関から通ってきた廊下と同じ所を通り、途中で別の廊下に入る。そこから少し進んだ所で、百花が足を止めた。

「咲也様、藤堂様、お出でになりました」

 襖の向こうに聞こえるよう、大きな声で百花が告げる。中からの返事を待たずに、百花は襖を開ける。

「皆さん、お待たせいたしました」

 咲也が部屋に入り、中にいる人たちへ声をかける。咲也の入室と同時に中にいた人たちは一斉に頭を下げた。その乱れのない動きを見たまゆりは、驚きでびくりと小さく体を震わせた。

 部屋の中にいるのは数名程。中央を開けて左右に1列ずつ向かい合うように座っている。

 咲也が部屋の中へ進んで行くのを見て、まゆりは慌てて小さく失礼しますと入室の挨拶をすると、咲也の後を追う。

「まゆりさん、こちらにお座りください」

 咲也に促されるまま、下座、中央に置かれている座布団に座る。

 まゆりが腰を落ち着けたのを確認すると、咲也は部屋の左端を進み、上座へ座った。

 咲也が移動している間に、まゆりは右側の列の下手に誰も座っていない座布団が一枚置かれている事に気づいた。

 まだ誰か来るのだろうか。まゆりは小さく首を傾げた。

「皆さん、面を上げてください」

 咲也が座り前を向くと、硬い口調で告げる。

 全員が顔を上げる。

 年配の人が多くいるとまゆりは予想していたが、ここにいる面々は年若い年代の人たちが多い。一番年上だろう男性、まゆりから見て右側の上手に座っている人物は、40代頃に見える。

 他は30代から20代、もしかしたら10代かもしれない年頃の男女が座っている。左側の列の下手に朝子が座っていた。

 朝子はまゆりと目が合うと、にっこりと笑った。自然とまゆりも、彼女に微笑みを返す。

「あら?尭久はどうしたのですか?」

「尭久は、本日のお役目の後始末のため少々遅れて参ります」

 咲也の口から出てきた名前に、まゆりは驚きで心臓が大きく脈打った。

 少し前に思い浮かべていた同級生と同じ名前。その名が出てきた事、咲也が言っていた自分と同じ高校に通う身内の事。

 まさかという思いが、確信へと変化していく。

「そうですか。1名不在ですが、始めましょう」

 咲也の一言で、場の空気がガラリと変わる。

 ほんの少し部屋の中に漂っていた和やかな雰囲気がなくなり、場が引き締まる。

「まゆりさん、辛い事を思い出させてしまいますが、今日、あなたが意識を失い、倒れる前に起きた出来事をお話いただけますか」

 咲也の言葉に、まゆりは息を飲む。

 小さく口を開き、すぐに閉じて顔を伏せる。

 目をぎゅっとつぶり、深く息をはいてから、再び顔を上げて咲也をじっと見つめながら口を開いた。

「学校から帰る途中、通学路にある住宅街を歩いていたら、急に変な感覚がしたんです。湿った空気が急に乾燥した様な、それまでいた空間と何かが違う場所に入ったような。上手く説明出来ないんですけれど。それでなんだか気味が悪くなって、別の道を通って帰ることにしたんです。それで来た道を戻り初めたところで、急に大きな音が聞こえたと思ったら、強い風が襲ってきたんです。何が起こったんだろうって、後ろを振り返ったら・・・大きな塊が道の真中にあったんです」

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