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「失礼します」

 一言告げてから少女は襖の間を通り、中へ入る。

 部屋の中は畳張りで品の良い調度品が置かれている。

 中央に置かれたちゃぶ台を挟んで反対側に、先ほど部屋の中から聞こえた声の主と思われる、和装の女性が座っている。もう1人、部屋の隅の方に中学生くらいの年頃の少女が座っている。

「ようこそお出でくださいました。どうぞ、そちらにお座りください」

 和装の女性に促されるまま、正面にある座布団に座る。

「それでは、私は失礼いたします」

「ここまでの案内ご苦労さまです、朝子。ありがとうございました」

 朝子は廊下で深々と頭を下げると、静かに襖を閉める。

 1人で残されるとは思っていなかった少女は、襖が完全に閉まる前に、慌てて後ろを振り返る。

「あの、ありがとうございました!」

 朝子は一瞬目を見開き、すぐにその表情を笑顔に変えた後、襖を閉めた。

 完全に襖が閉じると同時に、少女は和装の女性の方へと向き直る。

 少女が居住まいを正すと、和装の女性が口を開いた。

「本日はお越しいただき誠にありがとうございます。私は、咲也と申します。あなた様のお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか」

「は、はい!えっと、藤堂まゆりと言います」

 少女、藤堂まゆりは改めて、目の前の女性、咲也を見る。

 咲也は長く艷やかな髪を切れに結い上げ、上品な着物を身に付けており、ひと目で良い家柄の人なのだと分かる。

 めったに会うことのない上流階級の人間を目の前にして、粗相をしてしまってはまずいとまゆりは体を強張らせた。

 そんなまゆりの様子に気づいている咲也は、彼女の緊張を解そうと話を続ける。

「まゆりさん、とおっしゃるのですね。お年をお聞きしても?」

「17です」

「高校2年生ですか?」

「はい、都宮高校に在籍しています」

「そうなのですね。実は私の身内に、まゆりさんと同じく都宮高校に通っている人がいるんです。まゆりさんと同い年なので、もしかしたらまゆりさんもご存知かもしれませんね」

 突然出てきた接点に、まゆりは驚いた。

 彼女が通う都宮高校はごくありふれた公立高校だ。目の前の人のような上流階級の家の人が通うような学校ではない。

 そこで、まゆりはふと、1人の男子生徒の事を思い出した。

 学内で有名な生徒である同級生。

 他人の噂を話すことが殆どない友人が珍しく彼について詳しく情報を持っていたことで印象に残っている。

 とある名家の生まれで、かっこいいと女子の間で人気がある生徒、白木尭久。

 もしかして、咲也の言う身内とは彼の事ではないかという考えが浮かぶ。

 そんなまさか、とまゆりは自分の考えを頭の隅へ追い払った。

「そうだ、今その者がこちらにいますから、呼んできましょうか」

 咲也の突然の提案にまゆりは驚き、へ?と奇妙な声を出した。

 それまで静かに部屋の隅で待機していた少女が咲也の行動を止める。

「咲也様、まずは藤堂様のご体調のご確認が先かと存じます」

 静かで落ち着きのある声が、自分よりも幼い少女から発せられたことに、まゆりは密かに驚いた。

「まあ、そうでした。申し訳ありません、まゆりさん。私としたことが、あなたにお会い出来た事が嬉しくて、つい余計なことを」

 咲也はそう言うと、立ち上がり、そろそろとまゆりの近くまで移動して座ると、まゆりへ両手を差し出して。

「お手をお借り出来ますか?」

 特に断る理由もないので、まゆりは咲也の手に自分の手を重ねた。

 重なったまゆりの手を、咲也は優しく包むように握る。

「目を閉じてください」

 まゆりが目を閉じたのを確認すると、咲也も目を閉じて繋いだ手へと意識を集中させる。

 少しすると、繋いだ手から全身を、温かい何かが包み込むような感覚が生じる。それまで感じていた体の疲れが、じんわりと解けて消えていくようだ。

 ほんの少し、1分程経ったかというところで、咲也がまゆりに目を開けて下さいと告げる。

「具合は悪くなっていませんか?」

「はい、大丈夫です」

「良かった。体に悪いところはないようですから、本日はしっかりと睡眠をとってくださいね」

 咲也はまゆりの両手を少しだけ力を込めて握った後、ゆっくりと手を開いてまゆりの手を離した。

 自分の手をじっと見つめた後、まゆりは咲也を見る。すると、咲也は先程とは打って変わって、少し寂しげな笑みを浮かべていた。咲也を見たまゆりは首を傾げる。

 どうしてそんな表情をしているのだろうか。どうして手を繋いだだけで体調の確認ができるのだろうか。聞きたいことが色々と浮かんだが、全ての疑問を胸の奥に押し込んだ。

「さてと。百花、まゆりさんの体調の確認が終わりましたし、あちらの準備は整っているかを確認してきてもらえますか?」

 咲也の言葉に、部屋の隅に控えていた少女がかしこまりましたと言ってお辞儀をした後、部屋を出て行った。

 百花が部屋を出て行く姿を見送ると、咲也は立ち上がる。

「まゆりさん、お腹は空いていませんか?」

 確か先日頂いたお菓子がこの辺りに、と言って咲也は部屋にある棚の引き出しを開けて中を探し始める。

「あの、お構いなく」

 わざわざ食べ物を出してもらうのは気が引ける。それに、色々と経験のない事に遭遇しているためか、食欲を感じない。

 そんなまゆりの遠慮を気にせず、咲也は目的の物を見つけたようで、引き出しから手のひら程の大きさの箱を取り出した。

「ありました。お口に合うと良いのですが」

 まゆりの前へ皿代わりの綺麗な和紙を置き、その上に包装紙に包まれた菓子を2つ置く。その後、お茶もいりますねと言うと先ほどとは違う棚の扉を開け、中から茶道具を取り出した。

 どこか楽しそうに準備をしている咲也を見て、まゆりは折角出してもらったのだから一口だけでも、と目の前に出してもらった菓子を頂く事にした。

「では、頂きます」

「はい。どうぞ、召し上がれ」

 まゆりが手を付けると、咲也は手元から目を離し、まゆりを見てにっこりと笑った。

 菓子を1つ手に取り、包装紙を開ける。中は白く少し柔らかい感触だ。

 口に運んで半分ほど食べる。餅のように柔らかく、ほんのりとした甘さが口の中に広がり、体に染み渡っていく。

「とても美味しいお菓子ですね。初めて食べました」

 味の感想を言うと、残り半分を口の中に入れる。

「良かった。お茶もどうぞ」

「ありがとうございます」

 口の中に物が入っているので、口元に手を当てて礼を述べる。

 湯のみからは日本茶の良い香りがする。

 手にとってお茶も頂く。口の中に少しばかり残る甘みをお茶で流し込む。その後に残るお茶の旨味と苦味がなんとも言えない味わい深さを残す。

 入らないと思っていたが、実際に口にすると、お菓子とお茶をするりと食べてしまった。そのことに、思っていたよりも自分は神経が図太いようだと感じ、自分自身に若干呆れた。

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