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過去の輪郭

「薪慎二……」


 署の玄関で、突然薪は呼び止められた。振り向くと壁に凭れた飛燕がいた、前と違う雰囲気は薪を驚かせた。サラサラの髪が太陽巻き込んで煌き、ナチュラルな化粧はとてもいい香りがして、薄着の胸元は薪の血圧を急上昇させた。


「だからフルネームで呼ぶな、どうしたんだよ?」


 なんか照れた様子の薪だった。


「あんたに頼みがあるんや?」


 いつになく真剣な表情の飛燕に、また薪の心拍は上昇した。


「急に言われてもなぁ……」


 明らかに違う事を薪は想像し、脳内ではパラダイスが昇華していた。


「調べて欲しい人がおるんや」


 薪の妄想を完全に無視して飛燕は言った。


「何だよ、それ?」


 そんな事かと薪の声は湖に沈んだ。。


「合コン……うちの連れはレベル高いで」


 腕組みした飛燕は口元を緩めた。


「そんな事言ったって、俺にも事情が……」


 明らかに薪は動揺していた。


「ごっつ可愛い娘おるんや。刑事に憧れてんねん。うちがあんたの事、エエ具合に始めから仕込んどいたるのに」


「本当か?」


 薪の脳裏には”成功@”が立ち上がり初めていた。


「どないする?……」


 飛燕は猫撫で声で寄り添った。薪など、飛燕の手にかかればベビーハンドツイストの様なものだった。


「……やる」


 俯いた薪は小声で呟いた。勿論、妄想を膨らませインタレストを汎用打算機で高速演算しながら……。その時、ふいに葛城が現れた。


「昨日、来てたんだってな?」


 突然の言葉に今度は飛燕が動揺した。


「そっ、そうや……」


「晩飯、食ってけばよかったのに」


 意外な葛城の言葉は更に飛燕を動揺させた。


「そんな事、言うたかて……」


「また、今度な」


「……うん」


 子供扱いされてるのは分ったが、嫌な感じではなかった。そして、自分でも驚くぐらいに素直に返事が出来た。


 横にいた薪は、全然意味が分らなくて唖然としていた。なにしろ葛城と組んで四年、親しく誰かと話す様子なんて見た事もなかったから。


 背中で軽く手を振って葛城は通りの方へ歩いていった。暫くは飛燕も薪も金縛りだったが、葛城が消えた通りに梓を見つけると飛燕のスイッチが入った。


「あの人調べて欲しいんや」


「えっ、夏樹警部を?」


 驚いた薪は、なんだか変な声を出した。


「知ってんの?……」


「知ってるも何も、将来の警視庁初の女性警視総監候補だよ」


「どんな人や?」


 梓を視線で追いながら飛燕は薪に迫った。


「あの人苦手なんだよなぁ……」


「しゃきっとしいっ、男やろっ」


 思い切り顔を近づけた飛燕だった。息が掛る程の距離、薪の心拍は直上に舞い上がり、その精神思考は成層圏に達した。


「えっと……その、超が付くエリートで鉄の女、射撃から格闘技まで一部の隙もないよ。おまけに、三年連続検挙率ナンバーワン……もひとつおまけに、俺と同い年」


「でも、この前な、巧を付けてたで?」


 飛燕は何か辻褄が合わないような気がした。


「そりゃ、葛城さんにゾッコンだから」


「詳しく聞かせてもらおか」


 飛燕は嫌がる薪のネクタイを引っ張り、梓の後を追った。


_________________



 普通に歩いているはずなのに、梓の脚は早かった。通りから細い路地に入り、角を曲がる頃には、大分離されていた。


「グズグズせんと、早よしっ」


 遅れがちな薪に、振り向きざま飛燕は叫んだ。その瞬間、誰かに腕を取られてビルの一室に連れ込まれた。勿論、薪は気付く事無く前を走り去った。


 口を塞がれたままの、暗闇は恐怖もあったが、その指からは微かに香水の香りがした。部屋に明かりが点くとそこは小さなショットバーで、口を押さえていた手がそっと離れると飛燕の顔の横には梓がいた。


「今度は私の尾行……薪君まで引き込んで。何なの、あなた?」


 顔を近づけたまま、梓は低い声で言った。


「うちは……」


「しょうがないわね……」


 飛燕から少し離れ、梓はカウンターに座った。そして、飛燕に向き直った。


「あなたは自分の事、何も喋らない……立花飛燕さん。大阪出身、二十歳、スーパーでバイト中、変なグループには所属してないけど、友達は多いみたいね……まあ、ちょっとぐらいイタズラはしてるみたいだけど、可愛いものね。葛城さんとの接点は、五日前の御幸通りの事件。分んないのよね……」


 本当は分っているんだろうなと、飛燕は梓の自信に満ちた態度に感じていた。自分は梓には敵わない、でも負けたくないという気持ちがまだ飛燕の中にあった。


「……好きなんやろ……巧の事?」


 苦し紛れのジャブが、せめてもの飛燕の意地だった。


「そうね……好きよ……小さな頃は大好きなおじちゃん、そして大好きなお兄ちゃん、最後は大好きな……人」


 カウンターの奥に視線を流して、はっきりとした口調で梓は言った。ずっと昔から葛城と知り合いだったという事実は、飛燕を激しく殴打した。そして時間という壁も飛燕の敵となった、言葉を出そうとも喉の奥が凍っていた。


「あなたは葛城さんに近付かない方がいい、これは忠告」


 言葉の出ない飛燕に梓は、もう一度向き直った。


「……何でや……」


 消え入りそうな声が、今の飛燕を表していた。一度、座り直した梓は真剣な顔になった。


「二十五年前の猟奇殺人……両目をくり抜かれ、耳を千切ら、鼻を削られ、舌を切り刻まれた被害者。死因は出血多量。死が訪れるまで、冷酷な目で見ていた犯人……そんな残酷な事件だったそうよ。しかも初めの事件から過去に四度、五年毎に事件は繰り返し起こっているの。犠牲者はも既に五十人を超えている……今年の六月二十五日で、丁度二十五年目」


「それがどうしたんや……」


 あと三日で二十五日だなって、何でも知ってるなって、飛燕はぼんやり思った。


「もうすぐ始まるの……いえ、既に始まっているのかもしれない……二十五年前から繰り返されて来た猟奇殺人」


 梓の瞳は真剣だった。まるで、迫り来る恐怖を予感しているみたいだった。


「だから、うちと何の関係があるんや?」


 分ってはいたが飛燕は反抗した。


「人が変わるのよ……あの人。あの事件に関しては。鬼になる……特に今年は……きっと決着を付けるつもり……」


 梓の言葉には深い悲しみが感じられた。


「巧がどうかなるって言うんか?」


 飛燕の震える声が店内に響いた。


「そうね……飛鷹さんの仇を討つつもり……」


更に悲しげな梓の声だった。


「……そいつに、殺された……」


 俯いた飛燕の瞳からは、涙が溢れた。葛城の事、法子の事が心の中で破裂した。それは悲しみとは少し別のもので、胃の辺りからくる震える様な燃える様な感覚は、怒りや悔しさに近かった。


 涙の中でその不思議な気持ちの振幅は、飛燕自身さえ理解する事は不可能だった。


「あなたが関わる事で、あの人の不利になる。足手まといになる……」


 今度は厳しい声で梓は飛燕の濡れた瞳を見た。


「……」


 飛燕は返事が出来なかった。だだ、今は泣いてる事しか出来なかった。そして暫くの沈黙後、梓はゆっくり口を開いた。


「犯人を見た者は誰もいない……葛城さんを除いては。漆黒のフード付きコート、深紅の虹彩……そして、四本の腕」


 梓の言葉が飛燕の中で恐怖が実体を結んだ。それは最早人間ではなくて、魔物でしかなかった。


「法子さんに、法子さんに……」


 自分なら絶対に教えないって思った。しかし梓に対する気持ちが法子と重なって、飛燕は涙と一緒に呟いた。


「法ちゃん、もう大人だもんね……知る権利はあるよね」


 以外な梓の言葉、その落ち着いた口調には確かに悲しみがあった。そして大きく深呼吸した梓は、タバコに火を点けた。


「事件に初めて関わったのは五年前……エリートだって言われて、ホープだって言われてた私も子供扱い。証拠どころか、手掛かりの欠片さえ掴めなかった……分った事と言えば、おばちゃんの本当の死因ぐらいなもの……見たでしょ? あの写真。五歳の私が撮ったのよ……優しくて、元気で明るくてて……大好きだった、飛鷹おばちゃん。……………どうして、あなたにこんな事まで話してしまうのかしら……自分でも分らないな……秘匿が仕事なのにね」


 梓の吐き出した紫煙は、迷っているみたいに空中に何かに似た形を作ろうとしていた。


「法子さん……小さい頃可愛かったん?」


 何故かそんな質問をした飛燕だった。


「小さい頃は丸顔でね、パッチリとした大きな瞳、食べちゃいたいぐらいのオちょぼ口で堪らなく可愛かったよ」


 タバコを消した梓は、少し目を伏せた。飛燕の中の恐怖や恐れは、想像した法子の愛らしい姿が掻き消した。その姿は堪らなく愛しくて切なくて、体の芯がまた震えた……何故かなんて、飛燕には分る訳はなかった。


「さてと、泣き虫さん……送ってく」


 ハンカチを差し出した梓は飛燕の肩を優しく抱いた。頷いた飛燕は、素直に梓に従った。 


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