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重なる思考

「法子、大きゅうなって……」


 法子の目の前には微笑む飛燕がいた。


「飛燕、ちゃん?」


 思考の定まらない法子は必死で脳へ血液を送った。


「あんた何言うてんねん、お母ちゃんの顔忘れたんか?」


 飛燕は、また優しい笑顔で法子を包んだ。


「お母さん……」


 体が震えた、涙が止め処なく溢れた。


「そうや、やっと分ったんかいな」


「お母さんなの?」


 思考が記憶を追い越し、ココロの中で全てのピントが合った。


「ずっとあんたの事見てたんやで」


「ずっと?……」


「そうや、ずっとや……」


「何で今まで来てくれなかったのよ?」


 法子の脳裏に辛い過去がフィードバックされ、母を否定しようとする心が出現する。


「堪忍や……こっちの世界はな、一方通行なんや。こっちからは見えても、あんたの方からは見えへんのや」


「そんなの変よ」


 その理不尽さに法子の瞳に更に涙が溢れた。


「法子、泣かんといて……」


 飛燕は法子を抱き締めた。否定したはずの法子に限りない温もりが伝わった。それはあの時感じた感覚、不良に絡まれ飛燕が叫んだ時の感覚……。


「お母さん!……」


 法子は呼んだ、さっきの疑ってた声ではなかった。


「信じてくれたんか?……」


「うん」


 法子は強く強く抱き返した、優しい母の匂いがした。


「法子、堪忍……もう時間がないんや」


 暫くすると、飛燕は悲しい声で呟いた。


「嫌よ、放さない」


 更に強く飛燕を抱き締めた法子だった。


「聞くんや法子」


「嫌よっ」


「こんな優しい子に育って、お母ちゃんは嬉しいで……」


 法子はそっと力を緩めた。


「法子……明日の為に今日を精一杯生きるんやで、そして誰にでも優しく、笑顔を忘れんといてな……」


 限りない笑顔の飛燕は、法子を包み込んだ。


「がんばる……」


「それでこそ、うちの娘や……ほんなら、もう時間や」


「嫌だよ、ずっと側にいてよ」


 乾きかけていた涙がまた法子に迫った。


「ホンマに泣き虫やな……心配いらん。もうすぐお父ちゃんが来るからな……愛してるで法子……あんたは、お母ちゃんの宝や」


 法子の視界から飛燕は少しづつフェードアウトした、叫ぼうにも法子の声は空中に溶け込んだ。

 

 目覚めた時、涙と汗にまみれ息も絶え絶えの飛燕がいた。


「お母さん……」


 法子は飛燕を抱き締めた。


「どない……したん……法子さん?」


 乱れる息の飛燕は法子の耳元に微かな声を掛けた。


「飛燕ちゃん、なの?……」


「そうや……変やで……法子……さん……でも、よかった」


 法子が目を覚ます事で限界に達していた飛燕の糸が切れ、今度は飛燕が気を失った。


「お父さんが来るから……」


 飛燕を強く胸に抱いた法子の声は、決して闇なんかに負けないと響いていた。


_________________



 ヘリは屋上の狭いスペースに強行着陸した。


「葛城さんにロープ降下はさせられませんから」


 コクピットの田口は後部の葛城に笑った。


「無茶しやがる」


 葛城も笑ってヘリから飛び降りた。


「特別班、前へ。これより突入する」


 田口の合図で葛城も一緒に突入した。内田は吾妻達と、その後ろ姿に祈った……神の加護をと……そして移動を開始した。


「俺が先に行く」


 店内の入口で葛城は田口達に振り向いた。


「作戦通りに! 我々もすぐ配置に付きます」


 後ろから田口は叫んだ。


 店内は暗闇で、ライトの照らす周囲だけに一本の光の筋が通り、その筋の周囲がぼやけて霞んだ。初めての場所、工事中で店舗の概要さえ掴めないはずなのに、葛城は頭に叩き込んだ見取り図で、なんとか五階の中央部分に到着した。途中数体の遺体にも遭遇し、その度法子や飛燕の事が脳裏を掠めた。


 時間にしてほんの二、三分の距離だが、闇は時間と距離を惑わせ、永遠の迷宮の様に内側から精神の崩壊を促す。


 しかし葛城の信念は、雨の様に降り注ぐ不吉を払拭出来た。それは、ここに降り立った時から聞こえる飛鷹の声だった……”あの子らは無事や、うちを信じて”……その声は飛燕の姿と重なった。


 すると葛城に不思議な力が湧いて来た。恐怖は姿を変えても存在してるはずなのに、消えた訳ではないのに葛城を支配出来なかった。


『葛城さん、配置に付きました。索敵を開始します』


 インカムに田口の言葉が飛んで来た。


「こっちも到着した」


 辺りを見回し、返事した葛城だった。


『別働隊こちらも配置完了、合図で突入する』


 内田も配置を完了した。


『対人ソナー感』


『空気振動センサー感』


『熱感知、二人います』


「娘だっ!」


 葛城は直感で分った。


『ソナー、一つ近付いて来ます』


「二人か?」


『違います、別です』


「奴だっ! 二人との距離は!」


 電気ショックみたいな衝撃が葛城を貫く。


『約、三十メートル。停止しました』


「奴の位置は?」


「前方十一時、距離三十メートル」


「二人の位置は?」


『前方二時の方向、距離三十メートル』


『熱感知には二人だけ、ターゲットは反応しません』


「血も涙もない化け物だからな……」


 葛城は吐き捨てるみたいに言った。


「九時の方向へ移動して、奴を誘き寄せる」


 咄嗟に二人から引き離そうと、葛城は位置を換え様とした。


『待て葛城さん! そっちは我々の突入は間に合わない』


 内田は叫んだ。


「田口さんは、どうだ?」


 葛城は笑いながら返答した。


『こちらは問題ありません』


「だとよ、内田さん。急いで来いよ」


 葛城は視線を強めるとホルスターから銃を抜き、スライドを引き初弾を装填すると移動を開始した。スライドが戻る時の金属音が、葛城の炎を激しく煽った。

 


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