待つ者と行く者
指揮車の外で梓は震えていた、その顔色は死人みたいに光を失い夕暮れの太陽が斜めから照らす。
「法ちゃんのデザインしたお店は五階……来場名簿に二人の名前があったわ。避難した人の中に……いなかった……」
梓は放心しそうな心を葛城を見つめる事で踏み止まった。
「そうか……」
葛城の穏やかな声は自分に対する気遣いだと分っていても梓は叫んでしまった。
「私、行くからねっ絶対行くからねっ!」
言葉と一緒に涙が溢れた、息が出来ない程咽た。
「泣き虫は連れて行けないな……梓……一生のお願いを聞いてくれるか?」
葛城の声はとても優しかった。
「嫌よっ、絶対聞かないっ!」
子供みたいに梓は泣いた。
「飛鷹は奴に殺された……法子や飛燕まで失う訳にはいかない」
「そんなの分ってるっ!」
「飛鷹は最初の事件の時、俺の後を付けて来た。仕事にのめり込む俺を心配してな……でも法子はお前の両親に預けていた……あいつは、俺も法子も守りたかったんだと思う……そして、あいつは俺の身代わりになって。死んだ……最後の言葉が”法子の事を頼む”……だった」
葛城は悲しみを押し殺す様に、途切れる言葉を漏らした。
「そんな……」
梓は切なさに身を引き裂かれそうだった。
「だから、二人は命に代えても守る」
葛城の言葉は衝撃を伴い、梓の胸に突き刺さった。梓でさえ最悪の事態を頭から消せないのに、葛城は真っ直ぐ信じていた……二人の無事を。
「……私だって……」
急に梓の呼吸は落ち着いた。
「お前は二人を待ってやってくれ……」
「…………」
「俺は飛鷹と約束した……娘を守る。と」
「あなたはどうなるの!? 刺し違えるつもりなんでしょ?!」
「そうかもな……な」
葛城は否定しなかった。
「飛燕ちゃんはどうなの? 娘じゃないよっ!」
梓は、そこが悔しかった。
「娘だ……」
葛城は嘘を付いた……梓にも自分にも。
「私だって……私だって……」
複雑で張り裂けそうな想いが、梓を引き裂こうとした。
「梓………頼む」
俯く梓を葛城は抱き締めた、逃れようとしても強い力で葛城は抱き締め続けた……やがて梓は力を緩めて、もっと強く葛城を抱き締めた。言葉なんかより、葛城の気持ちは梓の中の浸透した。
ゆっくりと葛城が身体を離すと、消えそうな声で梓は呟いた。
「……約束して」
「ああ」
「必ず帰ってくるって……」
「約束する」
葛城の微笑みを、梓は見つめ返す事が出来なかった。見送る葛城の背中は手の届かない、世界一大切なもの。でも、自分には何も出来ない、何もしてあげられない……ただ泣くだけの自分が、梓には耐えれなかった。
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「装備を着けて下さい」
指揮車に戻った葛城に田口が言った。
「あんなの着てちゃ動けないよ」
「そうですか、せめてこれを」
田口はインカムと、防弾ベストを渡した。
「センス悪いな」
苦笑いした葛城はベストを着た。
「奴は何なんですか?」
田口は葛城の背中に問い掛けた。
「……多分……恐怖、みたいなモノ……」
葛城は踏み締める様に呟いた、その言葉は田口にも理解出来た。
「そうですね……人間の持つ、あらゆる恐れが奴かもしれませんね」
「ああ」
「それなら……勝てるはずなんて無い」
田口は自分の不甲斐なさを悔いた。
「恐れが無い人間なんて、人間じゃない」
葛城の言葉は田口にもう一つの答えの可能性を示唆した。
「自分は今、恐怖に支配されてはいるが、まだ怒りは失っていない……試してみるさ」
それまで無言だった内田が口を開いた。
「そうだな」
葛城も内田の意見に同意した。内臓の奥で燃えたぎる怒りに、答えの一つを見出そうと。
「準備完了」
モニター員より報告が入った。
「葛城さん、これを……」
内田は葛城にオートの拳銃を二丁手渡した。葛城は頷くと自分のリボルバーを内田に渡し、一丁をホルスターに、もう一丁を腰に挿した。
「行こうか」
葛城は自分自身と他の者に気合を入れた。そして、田口を先頭に指揮車を出た葛城と内田はヘリに乗り込んだ。
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「嘘は許さないから……」
発進を見ていた梓は葛城の背中に言葉を投げつけた。
「葛城さんどこへ?」
ヘリの発進に慌てた薪が走って来た。
「行っちゃった……」
風圧で乱れる髪を梓は片手で押さえていた。
「だからどこです?」
薪は梓に食い下がった。
「……運命に、会いに……」
「えっ?」
梓の顔を覗き込んだ薪は、背筋に滝が流れた。頭で考えるより先に薪は輸送車に向けて走り出した。そして無反動砲を肩に乗せると、輸送車から飛び降りた。
「どこに行くの?」
外では腕組みした梓が待っていた。
「葛城さんの援護に行きます」
薪は梓に敬礼した。
「ダメよ、足手まといになるだけ」
「分ってます……俺は役立たずです……でも……一秒でも二秒でも、葛城さんの援護がしたいんです」
薪の目は遠くの葛城を見ていた。
「使い方分かる?」
ふと力が抜ける、梓は小さく呟いた。
「説明書読みました」
薪は真っ直ぐ梓を見た。
「許可します……その代わり約束して」
「約束?」
「あの人を無事に連れ帰って」
梓は強い言葉で言った。
「了解」
敬礼した薪は、施設へと走って行った。
「男が羨ましいな……」
薪の背中に、梓の言葉は消えて流れた。さっきまでの太陽は雲に覆われ、まだ夕方なのに、一気に夜へと空を暗闇に引きずった。
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「下に下りる階段がないなあ?」
「この先のはずなんだけど……」
ライトの先は行き止まりで、二人は顔を見合わせた。
「しゃーない、戻る?」
「でも……」
法子の泣きそうな顔は、何故か飛燕に力を与えた。
「こっちや」
飛燕は戻る決心をした、そして二つ目の角を曲がった時階段を見付けた。
「やっぱ、うちの勘は……」
階段に出ると人が倒れていた。言葉が途中で消える、心臓を鷲掴みにされた衝撃が、飛燕から生命をも奪うインパクトで激突する。なんとか持ち応えたのは、繋いだ法子の手の感覚だった。しかし近付くと、更に激しい爆風に殴打された。
それは両目を潰され、顔をメッタ切りにされた死体だった。本来なら飛燕は失神していた、そうならなかったのは先に失神した法子を支えていたからだった。涙がスコールみたいに流れて視界を遮った、法子を支え歩く脚は鉛の様に重かった。
爆発しそうな心臓、カラカラの喉、気を抜けば意識を失いそうなココロ、泣き叫びたい衝動。でも飛燕は見えない力に支えられていた、それは温もりのある法子の身体だった。
法子だけは守る……その想いだけが、動かないはずの飛燕を動かしていた。飛燕は階段を降りるのを止めた。下らないと出られないとは分かっていたが、本能は下る事を拒否し、飛燕に苦しみの選択をさせた。
それは、飛燕の頭の中で木霊する言葉から少しでも法子を遠ざける為……その言葉とは。
『下に行けば”アイツ”がいる』だった。




