第7話 パルナ
「わかんないよ!説明して!」
ミルンが地団駄を踏みながらエレーナに食ってかかる。
が、当のエレーナはミルンから視線を外して遠くの方を注意深く見渡している。
エメルもエレーナの死角を補う形で背中合わせに辺りを見渡す。
ミルンは二人を見て口を尖らせながら一歩下がって剣を握った。
「どーせあたしには"勘"くらいしか取柄なんてないですよーだ」
剣を真直ぐ構えながら小声で呟く。
周囲は先程の激しい戦いで荒れ放題だった。
天井は崩れ、床が割れ、壁には穴が空き、そこかしこから小さな破片が風に煽られて舞っていた。
エメルとミルンのレテンシーによる連携攻撃の影響で空気がジメジメしている。
じっと立っているだけで蒸し暑さで汗が吹き出してくる。
さらに空気中に舞う砂埃が肌につき、身体から滲み出る汗と合わさって泥のようになって露出部分を汚す。
室内環境として最低なこの場所から一刻も早く退避したい三人であったが、念獣退治の任はまだ終わっていない。
ゼオルが言っていた通り、念獣は第三者のレテンシーによって作り出された傀儡。
いくら念獣を攻撃しようが、後ろで操っている者がレテンシーを送り続ける限り何度でも復活する。
仮に念獣の息の根を止められたとしても、念獣の操縦者はコントロールができなくなった念獣を捨て、レテンシーでまた新たに念獣を作り出す。
念獣というのはその攻撃的な面もさることながら真に脅威なのは元を断ち切らない限り、術者に成り変わって延々と破壊行為を繰り返すということなのだ。
まさしく人が心の底に秘める怨念の如く、感情を生み出す人間そのものを消さない限り、怨念は永遠と生成され続ける……。
ここで三人が止めない限り、何度でも同じようなことが起きてしまう。
念獣が戦闘不能な今、術者の次の行動は大きくわけて二つに絞られる。
ひとつは、再び念獣にレテンシーを送り復活させること。
だが、三人の連携攻撃による念獣へのダメージはあまりにも大きい。
身体はほぼ丸焦げで黒い輪郭くらいしかわからない程度まで損傷している。
外見だけで判断しても復活までには相当な時間レテンシーを送り込まなければいけないだろう。
二つ目は、大人しくこのまま退却すること。
が、これだけ大きな騒ぎになり、当然ながらピュレジア支部には厳戒態勢が敷かれている。
のこのこ正面から出ようものならたちまち包囲されるだろう。
だからと言って他に逃走できるような経路はない。
どのような手段でここに侵入したのかは分からないが、念獣を失った今、侵入者は袋の鼠同然の状況なのだ。
加えて言うなら前者にせよ後者にせよ現在身を隠している場所から動かなければ何もできないと言うことだ。
だからこそ、エメルとエレーナは神経を集中して周囲を注視しているのだ。
何かが動けばそこには必ず気配が生じる。
念獣の術者ともなれば相応の能力は持ち合わせているだろうからすぐに姿がバレるような真似はしないだろう。
……が、エレーナにはある秘策があった。
「さてと、この酷い景色を眺めてるのもいい加減ウンザリしてきたし、こっちから探しにいくとするか」
エレーナは辺りに聞こえるような大きな声で言った。
エメルとミルンは驚いてエレーナに向き直った。
そんな二人を背にエレーナはパッ!と勢いよく左手を真横に突き出した。
それと同時にエレーナの足元から吹き上がるような風が吹いた。
風に煽られてエレーナの制服や髪が上へなびく。
やがてパチッ!という音とともにエレーナの身体から緑色の光が勢いよく発せられた。
思わずエメルとミルンは腕で視界を庇う。
パチパチッ!という音と緑の発光はまだ続いていた。
エメルは視界を庇った腕から薄目を開けてエレーナを見ようとした。
風と光に包まれたエレーナの左腕にさっきまでは存在しなかった小さい影が見える。
エメルはその影の正体がなんなのか確かめたかったがまぶしくて目を開けられない。
次の瞬間、ヒュン!という高い音とともに急に風が止んだ。
エレーナから発せられる緑色の光も収まり、ようやく二人は目をあけることができた。
ゆっくりと二人は目を開ける。
真直ぐ伸びたエレーナの腕に何か緑色の物体が乗っているのが見えた。
「久々なんだナ!エレーナ!」
突如エレーナの腕に乗っていた物体がバサバサと勢いよく動き出した。
徐々に視界が慣れてきて二人にはようやくそれが緑色の鳥だと言うことが分かった。
「あーもう!騒がないのパルナ!」
エレーナが肘を曲げて左腕を自分の前に水平に持ってきた。
「エメル、ミルンも久々なんだナ!」
エレーナの言葉も虚しく、緑の鳥が翼をバタつかせながら今度はエメルとミルンに向かって甲高い声を発した。
エメルとミルンはようやく何が起きたか理解した。
エレーナが呼び出したこの緑色の鳥。実はエメルとミルンもよく知る存在だ。
頭から尾まで明るい緑の毛並み、小さく尖った赤色のクチバシ、そして手のひらサイズほどの小柄だが両翼を激しくバタつかせ喉元から甲高い音を発しているこの生き物は……。
「久しぶりね!パルナ」
エメルがエレーナに近づいて左手のパルナと呼んだあ鳥に笑顔で話しかける。
「相変わらずやかましい奴だなほんと!」
ミルンも近寄ってきてパルナの頭を指で軽く小突く。
「やかましいとは失礼なんだナ!そんなんだから胸も大きくならないんだナ!」
「なっ!!それと胸は関係なんだろうがっ!」
パルナとミルンがいがみ合う。
すぐ横でエメルがクスリと笑う。
「あーはいはい!その話はこれが片付いたらゆっくりしてよね!」
痺れを切らしたエレーナが左手を大きく上に振り上げる。
「わっわっ!いきなり動かすナ!落っこちるんだナ!」
「落っこちるってあんた飛べるでしょ?っていうかそんなことよりちょっと働いてもらうわよ」
「そうだったナ。話に夢中になって用件忘れてたんだナ」
パルナがピョンとエレーナの手から離れて緑色の翼を開き、空中でパタパタと羽ばたいた。
エレーナの目線あたりで高度をあわせ、一定のリズムで羽ばたく。
「あそこに転がってる黒いアレ。大分焦げてるけど実は念獣っていうレテンシーで作られた怪物なんだけどね。アレの術者を探して欲しいのさ」
「ね、念獣!?そんな恐ろしい奴の主人をやっつけろっていうのかナ!?見つかったらどうするんだナ!ウチは焼き鳥にされちゃうナ!」
パルナが急に翼を激しく振りながら早口で言う。
「安心しろって。誰も倒せなんていってないよ。ただ見つけてくれればいいだけさ。後の事はあたしが始末を付けるから。できればマーキングを付けておいてくれると助かるんだけどな」
「うう……ほんとかナ?それならやってやらないこともないんだナ」
「おお?怖いのかなパルナちゃん!」
ミルンが横から茶々を入れる。
「こ、怖くなんかないんだナ!ただウチの綺麗な羽が汚れそうだから嫌がっただけなんだナ!」
激しくパルナが反論するが、ミルンは歯を見せながらニヤニヤしている。
「で、その念獣の主人のレテンシーは何なんだナ?」
「念獣を作り出せるのはほとんどの場合”滅”のレテンシーを持つ奴だけだ。もともと滅のレテンシーを帯びている奴なんてそう多くないから見つけ出すのは簡単だと思うんだけど?」
「案外そうでもないんだナ。いくらレテンシーが珍しいからっていってもここはレベランスたちのお城だナ。そこら中にレテンシーが感じられて特定するのは大変なんだナ」
「だとしても、滅の反応なんてそうそう感じられるものじゃないだろう?それにあの焦げた念獣、どうやら再生する気配がないところを見るとご主人様には完全に見捨てられたみたいよ。ご主人様を見つける前に逃げられたら後々厄介なことになるんだけどねぇ……」
「そんなこと言われてもナ。たぶん念獣の主人もレテンシーを使いすぎて相当弱ってるんだナ。滅のレテンシーでも微弱で、しかも他のレテンシーの中に紛れ込まれると感じ取るのが難しいんだナ」
それを聞いてエレーナが低く唸り、唇に手を当てて考えた。
「でも……相手に取ってこの支部にいることが好都合ならまだ術者はこの建物から出てはいないはずですよね?レテンシーだって時間をかければ回復しますしそうなればパルナでも感知できるようになるのでは?」
エメルが口を開いた。
「確かにその通りなんだけどね。でも、それは相手の目的にもよる」
エレーナが眉をひそめた。
「そもそも今回のこの騒ぎ。一体何が目的だったのかイマイチ解らないのよね。最初はあまりに大きな騒ぎだったから何かの陽動かと思ったけどその後後続による動きはなし。何か支部内の情報を盗みだすとか、そういう工作じみた行動にしてもやり方が大雑把すぎるし。なら直接支部を落としにきたかと考えてみても、レベランスたちの根城に単騎で攻め込んだらどうなるかなんて考えなくてもわかるでしょ?」
「うーん。まぁそうだよねぇ。……実はただのイタズラとか?」
「ミルンじゃあるまいし、そんな悪ふざけを命がけをやる奴なんていないよ。百歩譲ってイタズラだったとしても最初に念獣がやられた段階で撤退するか降伏するでしょ」
「とにかく考えてても仕方ないんだナ。今、念獣の主人がここから出ていない可能性があるなら探すしかないんだナ。難しいけどやってみるんだナ」
「そうね。とりあえず相手も弱ってるみたいだし、捜索はあたしとパルナでやるわ。エメルはさっきもいった通り、上層部への報告をお願い。ミルンは他の課の奴らと協力してここら辺の収拾に当たってくれる?」
エメルとミルンは軽くうなずいた。
「あたしは取りあえずパルナと外から建て物全体を探ってみるから。もし何かあったら”それ”で連絡して」
そういうとエレーナは左手の指輪を二人に見せる。
エメルとミルンも左手を突き出すと、腕に巻いた銀色の時計のようなものをエレーナに見せた。
「あら、随分おしゃれじゃない?」
エレーナが微笑みながら言う。
「2ndから1stになったとき記念に二人でお揃いにしたの!まぁ前に見たときはエレーナさんも金色の時計だったのにいつの間にか指輪に変わってるし……?誰かにもらったんですかねぇ?」
ミルンが薄目でニヤニヤしながら言う。
「その話はまた今度よ。じゃあたしたちは行くわ。二人とも頼んだよ!」
エレーナはそういうと二人に背を向ける。
続いてパルナがチョンとエレーナの左肩に乗った。
「エメル、ミルン!がんばるんだナ!」
そういうとエレーナが勢いよく地面を蹴って空いた天井から表へ出た。
床や壁を蹴ってどんどんスピードをあげていくとあっという間に見えないところまで言ってしまった。
「さて、あたしたちも仕事しますか。もう日またぎそうだけどね」
「仕方ないわよ。まずはあの念獣を検死にまわさないとね。私は上層部への報告のついでに応援を呼んでくるから。さすがに二人じゃ人手が足らないもんね」
「ついでに廊下の修繕もしたいから土のレテンシーを持ってる奴らはなるべくここに来るように伝えといて」
「わかった。じゃまた朝にでも!」
エメルはそういうと宿舎のほうへ走り出した。
「朝ね……」
ミルンは走るエメルを身ながら小さく溜息をついた。
そして踵を返し、丸焦げになったままの念獣の元へゆっくりと歩く。
「さて、働きますか……」
「……エレーナ。なんで二人に嘘つくんだナ?」
紺色の大きな布に宝石を散りばめたような星空で月光を浴びながら街を横切り、ピュレジア支部からどんどん離れて行くエレーナ。
「もうあそこに念獣はいない。戦ってて二度目に復活した後、しばらくしてからなんとなく違和感を感じてたんだ」
エレーナが街の建物の屋根を次から次へと飛び移りながら言う。
屋根を踏むたびにコツンという固いものを踏む音が生まれ、それが次々にあちらこちらで奏でられ、妙なリズムとなって夜の静寂を遮る。
エレーナの耳には自ら鳴らした音よりもビュンビュンという風を切る音が大きく響いていた。
「たぶんどこかのタイミングで術者は既に退却していたはず。それでも念獣の力がさほど衰えていなかっただけに半信半疑だったけど、あの子たちとレテンシーで連携攻撃をしたときにハッキリわかった」
「エレーナはともかく、エメルとミルンのレテンシーじゃあの念獣は止められなかったんだナ。それはエレーナに呼ばれたときになんとなく感じてたんだナ」
「相変わらずあんたは察しがよくて助かるよ。あたしが術者を探して欲しいっていったときも話あわせてくれたしね」
「長年の付き合いだからナ。それにエレーナがウチを左腕で呼ぶときは何かあるときなんだナ」
「あれー?そうだっけ?」
「人間は嘘を付くとき、無意識に右側を向いちゃうって聞いたことあるんだナ。エレーナはそれを防ぐためにウチを左腕に呼んで視線を集中させるんだナ」
「おやおや、あんたに人間のクセまで指摘されるなんて皮肉なもんだね」
エレーナがクスリと笑う。
「でもエメルとミルンに黙ってることないんだナ。どうせあっちの処理が終わったら連絡がきちゃうんだナ。そうしたらウチらなんて答えるんだナ?」
「ん?あーそれね。パルナ、あんたが考えておいてよ」
「ええ!?無茶なんだナ!ミルンはともかくエメルを騙すのは難しいんだナ!さっきのだってもしかしたらバレてるんだナ!」
「大丈夫さ。あの子はあたしの言うことはなんでも信じるからね」
「でも、なんか悪い気がするんだナ。あんなにエレーナを慕っている二人を騙すなんて……」
「そうね。後でバレたら甘いもの一杯買ってあげないとね」
「そういう問題じゃないんだ――」
「でも……あたしはあの子たちを危険な目にあわせたくない。今回の奴はそこらへんの奴らとは何か違う、危険な感じがするのさ」
エレーナが眉をひそめる。
「それでこの件を二人から遠ざけたんだナ?でもちゃんと説明すれば分かってくれるんだナ?」
「説明なんかしたら余計についてくるさ。特にエメルはね。あの子はそうやって危ないからだとか女だからだとかで区別されるのが何よりも嫌がるから。例えその場は収めてもこっそり後ろからついてくるのがオチよ」
「そうなのかナ。複雑なんだナ……」
「複雑よ。ミルンだってエメルのためならどんなことをしでかすかわからないしね。あの子たちの絆は他人が思うよりずっと深くて強いから」
「ウチとエレーナみたいにかナ?」
パルナがエレーナの顔を覗きながら言う。
「ふふ。そうね。それ以上……かもね」
読者の皆様へ。
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