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レベランス  作者: ビオラ
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第3話  レテンシー

 ウォーーン……ウォーーン……ウォーーン



 崩れた廊下の外から緊急警報のやかましい音が聞こえてくる。


 だが、大爆音の咆哮を耳にした後では警報の音など就寝中のイビキ程度にしか聞こえなかった。


 割れた窓ガラスから月光が差し込み、正体不明の黒い塊だった怪物の姿を照らす。


 人間の何倍もの巨体に灰色の肌。そして岩のように盛り上がった肩の筋肉を剥き出しになり、不気味な威圧感を感じさせる。

 怪物は隆起した肩の筋肉を短い間隔で収縮と膨張を繰り返している。

 呼吸を整えているのだろうか、収縮と膨張の合間には、フガフガという低い音が聞こえてくる。きっとこいつの呼吸音なのだろう。


 上半身もそうだが、下半身もやはり人間のそれとは大きく違っていた。


 岩石を想像させるような上半身を支えている強靭な両脚は成人男性の2倍、いや3倍以上の大きさはあるであろうか?骨格の周りを覆う筋肉も上半身同様異常に発達していてまるで黒ずんだ大木の梼が二本並んでいるかのように見える。


 不意に怪物の荒い呼吸が静かになり、怪物がゆっくりとミルンのほうへ向きを変える。


 初めて怪物の目を直視したミルンは思わず息を呑んだ。


 大砲の弾のような巨大な顔には獲物の生血を欲する狼のように獰猛な赤い瞳が二つ、こちらを向いている。


 殺したい……早く殺したい……!!

 そう怪物が訴えているかのように口元からドロドロと粘着質の涎を垂らし、鼻息を荒くしながら巨大な足をミルンのほうへゆっくりと動かす。


 ドスンッ!!ドスンッ!!


 たった二歩歩いただけで地響きのような轟音が廊下中を駆け抜ける。

 崩れかけた廊下の壁は尚も砂煙を上げて瓦礫の山を築きあげていた。


 地響きで足元が揺れるがなんとか体勢を崩さずその場に踏み止まった。

 しかし踏み止まるのが精一杯で足がそれ以上言うことを聞かない。


「武器を出して!!早く!」


 怪物の背中側から再びエレーナの声が聞こえてきた。


 ミルンはハッと我に返る。


「武器の不可視化(アストラル)を解除しなさい!」


 ミルンはその言葉を聞くと同時に怪物を凝視しながら脳内にあるイメージを焼き付けた。


 今、自分が欲している物体。それを強く思い浮かべ、そしてそれを具現化してあたしの力となれ……。あの化け物を倒す、強大な力をこの手に……!!


 怪物はゆっくりと二、三歩ミルンのほうへ歩み寄ったが、四歩目を出す前に突如床を強く蹴り大きく跳躍した。

 跳躍した怪物は空中で岩石のような拳を固めミルンの頭上高くから襲いかかる。


 次の瞬間、空中からの落下とともに勢いよく拳を前方に突き出した。


 ガッッシャーン!!!


 怪物の拳が突き出される同時に廊下は再び爆発音のような轟音で包まれ再び地響きが起きた。

 怪物の反対側にいたエメルとエレーナのほうへ砂煙が突風に乗って襲いかかる。


 二人とも片腕を顔の前に出して砂煙を防ぐ。


 砂煙で防いだ腕の隙間からエレーナは向こう側の様子を凝視した。

 薄らとではあるが地面に屈みこんだ怪物の姿が映った。

 さっきの一撃で床に拳がめり込んでしまったようで、自らの手を引き抜こうと唸り声を上げながら両脚に力を入れてもがいている。


 ミルンは……ミルンはどうなった!?


 エレーナの額から汗が伝った。

 恐らく横でエメルも同じ顔をしているのだろう。


 二人とも凄まじい轟音の後からは言葉を発することができなかった。



 ……と、次の瞬間


 上空から何か黒い影がエメルとエレーナの前に降って来た。

 黒い影は小さな音で着地をして二人に近づいてくる。


 やがて月明かりに照らされて、その影の正体が分かってきた。


「ミルン!」


 エメルが大きな声で呼ぶ。


「ふぅー!危ないところだった~」


 制服についた瓦礫の破片をパラパラと払い落としながらミルンが答える。


「ったくー!相変わらず驚かせてくれちゃってもう!」


 エレーナはそういいながらもミルンの無事を確認してホッとため息をついた。


「えへへ、ごめんなさい。あんなデッカい化け物、初めてみるからビックリしちゃってぇ」


 その言葉を聞いた直後にエレーナはミルンの右手のものに気が付いた。


 ミルンの右手には、腰から足まで届いた細身の長い剣が握られていた。


 手から現れた剣は赤みがかった刀身と金色の鍔を持ち、柄は刀身と同じ赤色をしている。

 樋から刃の面積は人の手の平ほどで先端に向かうに連れて徐々に細くなっていき、切先は人の指2本分程度の細さだがより鋭く尖っている。



「へっへーん!咄嗟のことでこいつを出し忘れちゃったけどもう大丈夫なんだから!」


 ミルンが振り返り怪物に切先を向ける。


 そうこれがレベランスの特徴の一つ。不可視化(アストラル)解除だ。

 レベランスは戦闘のために武器を使用するが、常に形態しているのではなく普段は不可視化(アストラル)状態にしていて必要なときにそれを解除する。


 巡回任務など一般市民とも交流すること機会があるレベランスだが、常に物騒な武器をぶらさげていては市民も畏怖してしまうため、このような処置がとられている。

 加えて不可視化(アストラル)状態では重量を感じないため、長距離移動の際にも体力を温存できる画期的なシステムである。


 もちろん最初から誰でもできることではなく、それ相応の訓練が必要なのだが……。



「ったく、調子のいい子だよまったく」


 エレーナがそう言いながら右手を上げて素早く振り下ろした。

 振り下ろしたと同時にエレーナの右手から金色の剣が現れた。

 剣の長さはミルンの得物と同じくらいだが、こちらは鍔から刀身が金色で統一されており、グリップの部分が緑色だ。刃もミルンの剣と違い、エレーナのものはギザギザしている。


「あんまり心配かけないでよねミルン~」


 今度はエメルが両手を身体の前で交差させ、同時に手の先から二本の剣が現れた。


 エメルの左手から現れた剣は少し青みがかった刀身を持ち、ミルンの持つ剣と同等の長さで金色の鍔を持っている。

 そして右手から現れた剣は刀身から鉄の光沢を発し、長さは左手の得物の半分程度だ。

 エメルは交差した手をゆっくり解き、二つの剣の鋭い切先を地面に向ける。

 剣が空中で移動する度に空気を切り裂く鋭い高音が聞こえる。


 三人が武器を構えたと同時に向こう側で屈んでいた怪物が地面から手を引きぬき、こちらに向き直った。


 今度はミルンだけでなく全員の姿が怪物の赤い眼に映る。


 うまそうな血を持った人間が三人もいる……!全員殺してやる……!皆殺しだ!!!


 怪物は両手を大きく開いて胸を張り、空に向かって巨大な咆哮をあげた。


 素早くエメルとミルンが耳を塞ぐ。


「ったく、いちいちうるさいねー!」


 エレーナが怪物の発した音波に眉をひそめて呟く。


「でも、あんたたちの成長を見る演習相手にはぴったりな相手ってとこかな?」


 エレーナが口元に笑みを浮かべながら言う。


 ミルンもエメルも同時に笑みを浮かべる。


 非常事態ではあるがエレーナの言う通り、力試しにはもってこいの相手かもしれない。

 いつまでも訓練生だったころの自分たちではないと、エレーナに証明するためにもこいつと戦おう。

 二人は密かに思った。



「待てぃ!」


 突然背後から低い声が聞こえてきた。


 エメルとミルンが素早く振り返る。だが、エレーナは振り返らず大げさにため息をついている。


「何の騒ぎかと駆けつけてみれば、貴様たちの仕業か!」


 その声の後に大勢の足音がこちらに向かってくるのが聞こえた。

 あっという間に三人の周りと怪物の周囲を十数人のレベランスが埋め尽くした。


 駆けつけたレベランスたちは怪物の巨大な姿を見て息を呑むもの、声をあげるものなど様々な反応を示す。


 怪物も動きを止めて低く唸りながら様子を伺っている。


「何の用だい、ゼオル」


 エレーナが怪物を視線に捕らえたまま向きを変えずに大きな声で言う。


「廊下が破壊され、警報音が鳴り響いているというのに貴様にはわしが来た理由がわからぬのか!」


 ゼオルが鼻で笑う。


 エメルとミルンはゼオルを睨みつける。

 が、ゼオル自身は二人のことなど眼中になく、エレーナの背中に鋭い眼差しを向けていた。


「悪いが、小娘三人には引込んでいてもらおうか。このような非常事態の対策はわしらの部署が担当することになっておる」


「非常事態のくせに担当だのなんだの、ずいぶんお気楽なことで」


 エレーナが吐き捨てるように言う。


「ふんっ!貴様ら偵察課には荷が重かろうと待機中の小隊を集めたのだ。感謝の言葉あれど文句を言われる筋合いはないぞ!」


「生憎、これからこの子たちの演習があるんでね?邪魔しないでもらえる?」


 エレーナの言葉にゼオルが笑い声を上げる。


「愚かなことを!あの『念獣』相手に演習などと」


「念獣……?」


 ミルンが呟き、後ろを振り返る。

 さっきからあそこで暴れている化け物は念獣というのか。


「念獣……聞いたことあるわ。第三者が特定の人物に向けて攻撃的な思想を持ち、その思念を『レテンシー』によって具現化するの」


 エメルも念獣に向き直り、厳しい視線を向ける。


「そうだ。わしら人間の体内に流れる潜在的な力『レテンシー』。レベランスは訓練によりこれらを自在に行使することができる」


 ゼオルがエメルとミルンの横を通り過ぎながら言う。


「『レテンシー』には火、水、土、風、雷、氷、光、滅の8つの要素がある。『属性』と呼ぶことが多いな。人間は生を受けたときにこの8つの属性の中から一つを帯びて生まれ落ちるのだ」


「そう。でも一般の人は自分が何の属性を帯びているかなんて気づきもしない。

 仮に気づいたとしてもそれを自由に行使することはできない」

 エレーナが続ける。


「だから、体内に宿る潜在的な力を自由に行使できるあたしたちレベランスは特別なのよ。その力で人を護ることも……殺すこともできるんだから」


「だが、レベランス以外でも訓練さえ積めばレテンシーを行使することは不可能ではない」


 ゼオルが厳しい表情で語る。


「今回の件がレベランスの仕業なのか、外部犯の仕業なのかはわからぬ。だが、念獣を作り出せるものはレベランスの中にもそうはいない」


「……つまり、あの念獣を送り込んできた犯人の能力的水準はかなり高い。加えて人に対してあのような憎しみを抱く危険な思想の持ち主ということですか?」


「そうだ。他者に対する憎悪があのような化け物が生み出される原因となる。」


 ゼオルは念獣を睨む。会議室でエメルを鼻で嘲笑った人物とは思えないほど真直ぐな視線を向けている。


「念獣は暴れだしたら止まらん。ただあるのは飼い主の憎悪に感化され、対象を葬り去るためにその命尽きるまで暴れるのみ」


「止める方法はないのですかマスター・ゼオル」


 エメルは素早く聞き返した。数時間前に自分の心に隙間を開けた張本人だけど、今はそんなことを気にしている時ではない。

 とにかく早くあの化け物を止めないといけない。その一心だった。


「念獣はお前が言った通り第三者の操り人形だ。一番確実な方法はそいつを見つけだし止めさせることだ。その飼い主を――」


 そうゼオルが言葉を発した次の瞬間、再び念獣が大きな咆哮をあげた。

 廊下全体が再び大きく揺れる。

 念獣の周囲を囲んでいたレベランスたちがあまりの音量に耳を塞いでよろめく。


 そして次の瞬間、念獣がよろめいたレベランスたちに向かって走りだした。


 眼には眼下のものをただ殺したいという殺意だけを宿して……。


「いかん!」


 ゼオルが走りだした。


 だが、念獣は既に他の隊員のすぐ近くまで迫っていた。


 念獣と対面した男性レベランスの一人が素早く手にハンマーのようなものを具現化する。


「舐めんなよ化けもの!!」


 その言葉が廊下にこだますと同時に念獣が右手を大きく振り上げ、地面に思い切り叩きつけた。


 が、ハンマーを持ったレベランスが武器を下から振り上げて念獣の攻撃を受け止める。


 刹那、ドゴォォォン!!という轟音とともに空気が激しく揺れた。

 念獣に向かっていたゼオルが衝撃で体勢を崩してよろめいた。


 念獣の一撃とハンマーがぶつかり合う衝撃で床にひびが入り、足元が大きくへこむ。


 ハンマーで攻撃を受け止めたが、頭上でのあまりの衝撃に足腰が耐え切れず男性隊員は体勢を崩してしまった。


 念獣はその隙を見逃さなかった。


 ハンマーを軽く払いのけると、反対の拳を外側から大きく振りかぶって体勢を崩したレベランスを横からなぎ払う。


 今度は念獣の攻撃が完全にヒットした。


 岩石の振り子のように豪快な一撃が直撃したその身体は勢いよく空中を舞い、廊下の壁に思い切り激突した。


 ガシャンッ!!という鈍い音の後にドサッ!という床に倒れこむ音がする。


 付近にいた他のレベランスたちが声をあげてしゃがみこむ。


 吹っ飛ばされたレベランスがぶつかった壁には大きな穴が空き、そこに赤いインクをぶちまけたような血痕が生々しく残っていた。


 床に倒れこんだレベランスはもはや音も発せず虚ろな目で向いて天井を見上げていた。


 念獣は胸を両手で激しくたたきながら再び咆哮をあげる。


 一人……!一人殺したぞ!!!


 念獣が周囲を見渡す。

 念獣の目には隊員の死亡によって動揺している複数のレベランスが映った。


 まだ一杯いる……!一杯殺せる!!皆殺す!!!


 念獣は拳を固めてレベランスのほうへ走りだした。


「うわぁ!こっちに走ってくるぞぉ!」

「く、くるなぁ!」


 完全に戦意を喪失したレベランスたちの悲鳴が廊下にこだます。


 だが念獣の耳にはどの悲鳴も心地のよい音楽のように聞こえていた。

 人間の恐れる顔……生きている目から光が失われていく瞬間……。


 自分の欲求を満たすために念獣は次々とレベランスたちに襲いかかった。


 が、次の瞬間にドンッ!という鈍い音が廊下に響いた。

 直後に念獣は背中を折り曲げて体勢を崩し、走っていた勢いで廊下の壁に思い切り激突した。

 ウウゥ……という弱々しい声とともに自ら壁に開けた穴にうつぶせで突っ伏した。


 周りのレベランスたちが呆気に取られてその場で静止する。


「図に乗るな下等な獣が!」


 エメル、ミルン、エレーナの前でゼオルが低い声で怒鳴る。


 ゼオルの右手にはいつの間にか小さな大砲のような筒が煙を上げていた。


 エレーナがヒューと口笛を吹き、エメルとミルンは目を丸くして唖然としていた。


「ふん!歯ごたえのない相手だ」


 ゼオルがそういうと右手から筒が小さな白い光を帯びながらやがて消えていった。

 武器を再び不可視化するときの光である。


「お前たち、大至急救護班をここへ呼んでこい!」


 ゼオルがエメルたちの背後にいた部下に指示を出す。

 指示を受けたレベランスたちは一瞬ビクッと震えたがすぐにゼオルに頭を下げて食堂の方へ走っていった。


 ゼオルは念獣のほうへ歩き出すと、念獣の攻撃で屍となった隊員の前で膝を落とした。

 他の隊員が声もなく見つめる。


「すまん。わしがいながら隊員の命を救えなかった……。我ながら情けない限りだ」


 ゼオルがうなだれる。


 エメル、ミルン、エレーナの三人もゆっくりとゼオルに近づく。


 エレーナは倒れて動かなくなった隊員に目を向けて、続けてゼオルの背中に視線を移す。


 他の隊員たちも仲間を失った悔しさで倒れた念獣に憎悪の眼差しを向ける。


「よくも……よくも仲間のやってくれたなこの猿野郎!!!」


 一人のレベランスが大声で叫び、手から巨大な大剣を出現させた。


「バラバラに引き裂いてやる!」


 大剣を掲げながら倒れた念獣に向かって歩きだす。

 他の隊員たちも怒りに声を震わしながら各々の持つ武器を取り出して念獣に近づいていく。


「ちょっとそれはさすがに……」


 エメルが怒りに身を任せて動く隊員たちを止めようとした。



 次の瞬間、ゴォォォ!という低い音と共に廊下全体に地震のような揺れが走った。


 ハッとして顔をあげるゼオル。


 エメル、ミルンは突然の大きな揺れで体制を崩し床に手をついた。


 エレーナは体制を維持したまま視線を念獣の方向へ向ける。


 そして次の瞬間、エレーナはハッとした。


「みんな、そいつから離れて!そいつはまだ――」


 ドッッカァァァン!!!


 激しい爆発音とともに廊下全体にとてつもない風圧が発生した。


 念獣の周囲にいたレベランスたちは勢いよく後方へ吹き飛ばされ、エメルとミルンも風圧で数メートル後方まで飛ばされた。


 ゼオルとエレーナは姿勢を低くしてその場で耐えた。

 だが、二人の先には低い唸り声を上げて立ち上がった念獣がいた。


 念獣は顔を上げ、視線を二人に向ける。


 その眼は先程よりも獰猛でより血に飢えた深い赤色をしていた。

 ダメージを受けた念獣の身体からは蒸気のような白い煙が立ちこめ、熱の影響か念獣の周りの空間か歪んでいるように見える。


「おーっと。まだ終わってないみたいだよ」


 エレーナが徐々に立ち上がりながら武器を構える。


「ちっ!獣の分際で……」


 ゼオルも再び手に大砲を構える。


「もう一発ぶち込んで奴の息の根を完全に――」


 刹那、エレーナの横にいたゼオルの声が聞こえなくなった。

 直後にエメルとミルンの横を凄まじいスピードで何かが駆け抜けたかと思うと背後でガシャーンッ!と壁に激突する音が聞こえた。


 気が付けばさっきまでゼオルがいた場所に念獣の右足が置かれている。

 床が右足の体重で陥没していた。


 そのすぐ横でエレーナが念獣を凝視していた。


 念獣は口元に不気味な笑みを浮かべている。


「なるほどね……大した速さだ」


 エレーナが一言念獣に呟く。


 だが、念獣にはエレーナの声も姿も映っていなかった。

 あるのは自身を傷つけた相手を殺したいという純粋な殺意のみ。


 遥か後ろのほうで壁に埋もれたゼオルがうめき声を上げている。


 あいつだ……あいつを殺したい!!さっき受けた痛みを倍にして返してやる!!


 念獣は拳を固めて口元に不敵な笑みを浮かべながら右足を前に踏み出した。



 ……が、次の瞬間、念獣が床に足をつく前に体制を崩して前のめりに倒れこんだ。


 念獣はウウゥゥと低い唸り声をあげながら両手をつき体勢を立て直そうとする。


 誰だ……邪魔をする奴は誰だ……!!


 念獣の頭の中にもう一つの殺意が芽生えた。


 念獣の右足からは黒いドロドロした血が床に流れている。


「こらこら、あたしを忘れてもらっちゃ困るね?」


 念獣は頭上の声に反応して動きを止めた。


 エレーナは金色の剣を肩に乗せて口元に笑みを浮かべながら倒れた念獣を見下ろしている。


 念獣は後ろを振り返ってエレーナを睨みつけた。

 そうかお前もか……。

 殺してやる……この女もズタズタにしてやる!!!


 しかし、エレーナを睨みつけたところで念獣の動きが再び止まった。

 身体が動かない。いや、動けない。

 なんだ、この頭から足を駆け抜ける感じは……?


 念獣は少し間をおいてその原因に自ら気が付いた。


 自分の前に立つ女から発せられるこの威圧感。

 さっきまでのザコとは違う。

 全身を冷たいナイフが突きぬけるような殺気。


 エレーナは眼を細めて念獣を力強く凝視する。

 まるで念獣を飲み込むような異様な光を帯びたその眼は、念獣に今まで味わったことのない感覚を植えつけた……。



 そう……「恐怖」を!

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