第2話 怪物
コツコツコツ……。
大理石の床を蹴る音が広い廊下に響く。
左手にたくさんの紙束を抱え、右手は拳を固く握り締めながらゼオルは厳しい顔で歩みを進めていた。
まったくあの生意気な小娘め……。毎度わしの立てた作戦にケチをつけおって。
挙句の果てに自ら作戦を立案するなどという愚かな真似を。
半人前の小娘が戦場の何を分かっているというのだ。
戦場は女が考えるほど甘い世界ではない。常に敵の先を読んで行動しなければ戦いには勝てんのだ。
連携などと悠長なことをしていれば敵に時間を与えるようなもの。
加えて連携を取るということは共有すべき情報も増えるということ。
万が一偵察課の腰抜けどもが敵の捕虜にでもなれば奴らは簡単に口を割ってしまうであろう。
そうなってしまえば自軍の心の臓は敵に握られているも同然。勝ち目はない。
ゼオルは歯ぎしりをしながら廊下を歩き続けた。さっきの会議の会話を思い出すだけで腹が立ってくる。
たかがナイトの分際で百戦錬磨のこのわしの前で出過ぎた真似をしおって。
それもこれもすべてあの女の教育がなってないからだ。
「マスター・エレーナ……」
その名を口にしただけで怒りが込み上げてくる。わしの邪魔をする二匹の雌犬の飼い主。
今度奴にあったらタダでは――
「あら、お呼びで?マスター・ゼオル」
不意に背後から女の声がした。
ゼオルは驚いて目を見開いたまま素早く背後に振り返った。
自分が今歩いてきた道に茶髪の若い女が立っている。
女は一つに束ねた後ろ髪を解き、頭を軽く振って髪の癖を整えながらこちらにゆっくりと歩いてきた。
薄らと口元に笑みを浮かべながらもこちらを見つめる眼差しはとても鋭い。
そう、こいつだ。この女のせいで……。
「丁度いいところに現れたなエレーナお嬢……」
ゼオルも鋭い眼光を向ける。両者の間にはまるで見えない稲妻が走しっているかのような張詰めた空気が流れていた。
「なにさ?用件なら早く済ませてくれない?あたしは任務帰りで疲れてるんだ。早いとこ部屋に帰ってシャワーでも浴びたいもんでね」
エレーナと呼ばれた女性がゼオルの前まで来て立ち止まる。先程の鋭い眼光から一転、目の前で大きな欠伸をするとウンザリしたような声で言った。
まったく、わしの前で欠伸とは。礼儀作法のなっていない女だ。
「貴様に話がある。貴様の部下であるあの二人のナイトについてだ」
ゼオルは表情を一層険しくし、エレーナを睨みつける。
「あ~、あの子たちね。あの子たちがまた何かやったの?」
エレーナはゼオルから目線を外し廊下の壁に視線を移した。
「貴様は一体どういう訓練をしているのだ!人の大事な作戦会議に水を差すような真似をしおって!公衆道徳は教えなかったのか!」
ゼオルはそんなエレーナの態度にさらに腹を立てて大声で叫んだ。
するとエレーナは不意に吹き出し、続けて大声で笑い始めた。
「あっはははは!水を差すっておじいちゃん。あの子が会議に同席している時点で”水”なら差されているじゃないか」
「黙れ!くだらん冗談を言っているのではない!作戦会議では勝手な発言を慎むように教育をしなかったのかと聞いているんだ!!」
エレーナは笑いを止めてゼオルに向き直る。
「ハッ!あんた本人が作戦会議は皆で作るもんだとかいってたんじゃないか。その上新米の貴重な経験になるとかなんとかいって経験の薄い連中を連れ込んでたんだろ?」
エレーナが吐き捨てるように言い放つ。
「あたしはただ上役からマスター・ゼオルが優秀な人物を集めているって聞かされたからエメルを行かせただけさ。最もあんたの想像よりずっと優秀で実戦経験も豊富だったけどね?優秀な分で困ることはないだろ?」
「ああ、お前のお墨付きはその優秀な頭脳とやらでこのわしを前に長々と妄想話を繰り広げてくれたわい!時間の無駄もあったもんではないわ!!」
その言葉を聞いた瞬間、エレーナは眉をひそめる。
が、ゼオルは構わず続ける。
「いいか!わしは優秀な人物を紹介してくれとは頼んだが、机上の空論で論を展開する愚か者をよこせと頼んだ覚えはないぞ!ましてやそれが女などと――」
ドンッ!
次の瞬間に何かが壁に叩きつけられる鈍い音がした。
「うう……は、離せ……」
苦しみでもがくゼオルの声が小さく廊下にこだます。
ゼオルの首元には緑色の指輪をつけた手が伸び、小刻みに震えながらもしっかりと首を押さえて離さない。
あまりの力にまともに発声できないゼオルはただうめき声をあげていた。
壁はゼオルの身体がぶつかった衝撃で少し砂埃が舞っている。
「おい、ジジイ。あんま調子に乗ったこと抜かすなよ」
エレーナがゼオルを押さえつけながら低いドスの効いた声で言う。
先程までとは違い、今度は身体中からピリピリと稲妻のような殺気を醸しだしてゼオルを圧倒している。
「よく聞け。あんたは自分の考えを若い兵士に向かって演説して気持ちよくなってるにすぎないんだよ。優秀な人材だか知らないが、結局昇級や待遇っていう飴で餌付けして、反抗するやつは権力で脅し、口を封じる。そうやって自分の言うことだけを聞くペットを教育しているだけだろ」
エレーナが首を押さえる力をさらに強め、ゼオルは言葉を発することもできない。
「でもね、あたしのかわいい教え子二人はそんな甘く鍛えてないんだよ。少なくとも年老いたじじいの演説を大人しく聞くようにも、権力に尻尾振ってついていくようにもね!」
ガシャンッ!!
次の瞬間、エレーナは反対の手で思い切り壁を殴りつけた。
鈍い音とともに大量の砂煙が二人を包む。
床には大小様々な大きさの瓦礫がパラパラと積もっていった。
エレーナが殴りつけた壁はひび割れて小さい穴が空いていた。
エレーナは殴りつけた手を壁から引き抜くとゼオルを締め上げている手の力を緩める。
ドサッ!という音とゴホッゴホッと咽返るような声が砂煙の中から聞こえる。
エレーナの手から解放されたゼオルが身体を小さく畳んで床に片手をつきながら反対の手で首を押さえている。
床に視線を落としたゼオルの目に砂煙で色のくすんだ革の靴が見えた。
エレーナがゼオルを上から見下ろしていたのだ。
「あたしが女だからって舐めるんじゃないよ。あの子たちもあんたの想像より能力も根性も上だ。優秀な奴っていうのはね。簡単には手に入らないんだよ」
壁を殴った手を撫でながらエレーナが言う。
ゼオルが片目を開けてエレーナを見上げる。砂煙が目に入りそうで細々としか見えないがエレーナの鋭い眼光がゼオルの頭上から手足の先までを稲妻のように駆け抜けて行くのが分かった。
「ま、最もあたしの教え子だし?あんたが直接あの子たちに何かするような馬鹿じゃないのは知ってるけどね。せいぜい嫌味か、怒鳴りつけたってとこかい?」
ゼオルは歯ぎしりをした。
この女、全部知っててこんな真似を……。
「あたしは人のやり方にあれこれ口を挟むのは好きじゃないんでね。これ以上あんたにどうこう口出しする気はないよ。でも、あの子たちに”他の奴ら”のような真似をしたら……次は触る首がなくなってるかもね?」
「っく……」
やっとの思いで声を発したが、ゼオルはそれ以上何も言えなかった。
「あまりあたしを甘くみないことね。あんたもあたしも立場も階級も同じ。あたしは『年功序列』って言葉が嫌いでね。年寄りだからって容赦はしないよ」
それだけ言うとエレーナは踵を返してゼオルが来た方向へ引き返していった。
足音が去る中、解いた髪を再び一束にまとめる姿小さく映っていた。
「……許さん。絶対に許さんぞぉぉぉぉぉ!!」
ゼオルは思い切り拳を床に叩きつけた。
あの女……いつか殺してやる!たかが不意打ちでこのわしに勝った気でいるなら大間違いだぞ……。
拳に瓦礫の欠片がめり込んで出血したきたが、ゼオルは自らの血を見つめながら口元に不敵な笑みを浮かべていた。
人混みでガヤガヤしていた食堂も、時間が経つにつれて閑散としていった。
もう残っているのはエメルとミルンと何人かのレベランスだけになっていた。
「はぁ~!食べた食べたー!」
目の前にたくさんの食器を積み重ねたミルンが自分の腹をたたきながら椅子にもたれかかる。
「毎回毎回、これだけ食べてよく太らないよね~」
エメルが横目で呟く。
「それはこっちのセリフだよ!あんたこそ毎回甘ったるいもんばっかたべてよく体型キープできるよね」
ミルンが片方の手でエメルの横腹をつつきながら言う。
「ちょっと!くすぐったいよぉ」
エメルがミルンの手を払いながら笑う。
「お腹は細いくせにコッチは主張激しいこと……」
今度はエメルの胸元に目を移す。
レベランスの制服の上からでも分かるほど発達したエメルの胸はミルンにとって羨ましいものであった。
「あたしも甘党になればいいのなぁ……」
自分の胸に手を当てながらミルンが呟く。
一応平均的な女性のサイズはあるのだが、それでも自分より二周り程豊かなエメルと並んでしまうとどうも見劣りしてしまう。
エメルは少し顔を赤くしながら慌てて答える。
「す、好きでこうなったんじゃないよ……。なんていうか、その……勝手に」
「勝手にお胸が大きくなるねぇ……羨ましい悩みだねホント!」
ミルンが意地悪にエメルに言う。
そして次の瞬間、エメルの胸元に手を伸ばす。
「きゃっ!」
思わず驚いて両肘を開いたエメル。ミルンの手はなおもエメルの胸元でうごめいていた。
顔を赤らめながらエメルがミルンの手を振り解こうとする。
「ちょっとくらい分けてくれてもいいでしょエメルぅー」
「ちょ、ちょっと止めてよミルン!誰かに見られたらどうす――」
「……あんたたち、何やってるの?」
不意にエメルとミルンの後から声がした。
二人とも驚いて一瞬動きが止まったがすぐに後に振り返ると二人の目に茶髪を後で一束にまとめた女性の姿が映った。
「「エ、エレーナさん!!」」
二人はほぼ同時に大声で名前を呼んで立ち上がった。
そしてそのまま二人ともエレーナの肩に駆け寄る。
「いつの間に帰って来てたんですか?」
「もう~来るなら来るって言ってよね~!」
「しばらくここへいるんですよね!」
「今度またあたしたちの訓練にも付き合ってよ!」
「色々あったんですけど、私たち二人でうまくやってるんですよ!」
「あたしたちの成長、エレーナさんにも見て欲しいんだ!」
エメルとミルンがエレーナの肩を激しく揺さぶる。
「はいはい!二人とも落ち着いて!そんないっぺんに話されても答えられないよ!」
エレーナは笑いながら返した。
「任務が一段落したからね。たまには里帰りでもと思って寄ってみたけど、相変わらずあたしの前では子供なんだから二人ともー」
エレーナがエメルとミルンの頭を撫でながら言う。
「もう二人とも19なんだから、そろそろ親離れしなくちゃだめよ?いつまでもあたしにくっついてたら男が寄りつかないぞ~!」
それを聞いて二人とも目を丸くして顔を少し赤くした。
「わ、私はその……今はレベランスとして成長するためにあまり余計なことはその……」
「あ、あたしはお、男なんて別にもう欲しくないし……」
そんな二人の反応を見てエレーナがさらに笑う。
「はははっ!まぁいきなり大人の話をしすぎたかな?でもさっきみたいに女同士で変なことしてると周りから勘違いされるから気をつけなよ?」
エレーナは歯を見せながら意地悪に笑う。
エメルとミルンはさらに顔を赤らめた。
「あ、あれはミルンが勝手に襲ってきただけで!」
「おい!襲ってきたとかいうな!余計リアルに聞こえるでしょ!」
「……う、ごめん……」
「だいたいあんたの胸があまりにもズルいからその――」「はいはいそこまで!」
エレーナが二人の会話を制止する。
「もー、任務で疲れてるんだからあたしの手を焼かせないでよね?また明日ゆっくり話してあげるから今日は宿舎に帰って身体を休めなさい?」
「はい」
「は~い」
エメルとミルンは返事を返すとエレーナの横に並んだ。
二人にはエレーナは母親代わりの存在であった。
レベランスとして厳しい日常に身を置く二人にとってエレーナは癒しのような存在であった。
勿論、二人を訓練中のエレーナは普段の様子から想像もつかないほど厳しい。
意識を失うほど激しい訓練を受けたことも一度や二度ではなかった。
だが二人ともそんな厳しいエレーナも普段の面倒見の良いエレーナもどちらも心から愛し尊敬していた。
ミルンが食器を片付けている間、エレーナの横で待っていたエメルはふと奇妙なことに気が付いた。
エレーナの靴がかすかに砂埃のようなものでくすんでいる。
それにさっき手を撫でられたときは気づかなかったけど右手の甲に何かで切ったような小さな傷が見えた。
出血は治まっているようなので少し前の傷なのだろうが、若干皮膚に血が滲んでいるところを見るとここへ来る前に手を洗ったのだろうか?
「お待たせ!」
あれこれ考えているうちにミルンがこちらに駆け寄ってきた。
私の考えすぎかな?
エメルは少しの疑問を抱きながら皆と食堂を後にした。
食堂を出て三人で廊下を歩く時、ミルンもエレーナについて考え事をしていた。
マスターとして輝かしい実績と戦歴を持つエレーナ。
年若くして異例のスピードでマスター・オブ・レベランスまで登りつめたその実力は他のマスターたちをも唸らす。
そして戦闘能力、戦況分析力もだが何より普段のその面倒見がよく裏表のない性格は多くのレベランスから尊敬を集めている。
ストレートで肩より少し長い茶髪を普段は後でまとめていて、真直ぐな眼光と凛々しく整った容姿は大人の女性の魅力を感じさせる。
エメルもミルンもエレーナを師として仰ぎ、多くのことを学んだ。戦闘における技術や心得だけでなく人として多くのことを。
だが、そんな容姿、内面ともに完璧に近いエレーナにも一つだけ疑問がある。
それは……。
「ね、エレーナさん」
「ん?どうしたのミルン」
エレーナは不意に口を開いたミルンのほうへ視線を向ける。
改めてよく見てもかわいいというより美しいという表現が合う容姿だ。
本当、神様は平等じゃないな……。
でも、だからこそ疑問が一つだけある。
それをここで今言うべきなのか……?
ミルンは言葉を発してから一瞬迷った。
だが、一瞬の迷いが戦場では命取りになる。
あたしはあれこれ考えるより行動するほうだと前にエレーナさんが言っていた。
考えることはエメルに任せて、あたしは常に前に立つ。そのほうがあたしの性にあっていると。
……確かに、あたしはあまり頭で考えるのは得意じゃない。エメルみたいに作戦の立案ができるわけでもないし、分析力だって人並みしかない。
でも、だからこそあたしには迷うことがない。戦場ではただ前の敵をどう倒すか。それだけ考えていればいいのだから。
後ろはエメルに任せてあたしは前を切り開く、それがあたしとエメルの最大の強みである表裏一体。意味は少し違う気がするけど……。
戦場でなくてもそれは変わらない。迷えばチャンスを失う。
エレーナさんだっていつまでここにいられるか分からないんだ。じゃあいつ聞くの?今でしょ!!
ミルンは心を決めて次の瞬間、こう発した。
「エレーナさんって今年で25歳だけど、彼氏はまだいないの?」
コツコツと大理石の床を歩く音が不意に止まった。
食堂から出て宿舎へ向かう一行の歩みがほぼ同時に止まったからだ。
……………。
ミルンは前を見つめたまま考えをめぐらせた。なぜ止まったんだ?
いや、答えはきっとあたしの隣にある。
考えている暇があるなら答えを見つけだしてしまおう。
そう思ったミルンはエレーナの顔を覗き込んだ。
「ミルン、口は災いの元って言葉知ってるかな?」
ふとエレーナが視線を下に落としながら言った。
ん?何の話だろう?というかどういう意味だろう?
ミルンにはさっぱり分からなかった。
エメルなら理解しているかもしれないと思い、エレーナの影からエメルを覗き込もうとしたがなんだかエメルは小刻みに震えているように見えた。
ん?みんなどうしたんだ?あたしなんか変なこといったかな?
「え?何の話エレーナさ――」
ミルンはそこで言葉を引っ込めた。
エメルも震えていたが、エレーナも少し震えていた。
そして左手の拳は……握られていた。
続けてエレーナは下に落とした視線をゆっくりとミルンのほうへと向けた。
ミルンは全身から汗が吹き出てくるのを感じた。
これは、レベランスとして始めてエレーナの訓練を受けた時とまるで同じ感覚だ。
そう……エレーナが笑っている。
……のに笑っていない。
「んふふ。ミルン~だめだよ?言っていいことと悪いことってあるでしょ~?世の中にはね?知らないほうがいいことだってあるんだからぁ」
「……あ、あの、エレーナさん。目笑ってないよ……?」
ふとエレーナの奥を見るとエメルが反対側を向いて手で顔を覆っている。
そこまで完全にこっちの状況をシャットアウトしなくても……。
「悪いことしたらお母さんの”ゲンコツ”が頭に響くよね~♪」
あ、これはだめだ。
ミルンは咄嗟にそう思った。
こういうどうにもならない状況に陥ったとき、エレーナさんが教えてくれたことがある。今こそその教えを活かすときがきたのかもしれない。
簡単な方法だ。戦術としてもよく組み込まれているのかもしれない。
それは……「逃・走!」
「ご、ごめんなさあああい!!」
それだけ言い残してミルンは床を全力で蹴って廊下を走りだした。
突き当たりの角を右に曲がって真直ぐ宿舎を目指そうとする。
後は任せたよエメル……。
「こらー!ミルン!待ちなさーい!!」
ドカーーーンッッ!!!
次の瞬間後でエレーナの声が響いたと同時に物凄い轟音が廊下に響いた。
凄まじい衝撃で周りが大きく揺れている。後で廊下のガラスがガシャーンと割れる音が聞こえてきた。
衝撃で思わずミルンは足元がふらついてしまったが、なんとか持ちこたえて素早く振り返った。
今走ってきた方向からはエメルとエレーナの叫び声が聞こえたが、何かが床に崩れ落ちる音で何を言っているのかよく聞き取れない。
程なくして瓦礫の落下の際の砂煙がミルンの周りにも漂い始めた。
まさか、これほどまでにエレーナさんを怒らせてしまったのか・・・?
これではまるで”怪物”が現れたのと同じではないか。
「ミルン!気をつけなさい!」
砂煙で視界が霞む向こう側でやっとエレーナの声が聞こえてきた。
……気をつけなさい?どういう意味だろ?
「ミルン!武器を構えて!そいつは敵だ!」
エレーナの声とほぼ同時くらいに前の砂煙から何かが唸るような轟音が聞こえてきた。
ウウォォォォ……!!!
砂煙の中心から太く低い重低音の咆哮がミルンの耳を劈いた。
たまらず耳を塞ぐが決して前から目線は逸らさなかった。
あまりの音量に壁や天井が徐々に崩れてくる。
やがて、音が発せられた周辺の砂煙が晴れてくると何か黒い、大きな物体が二足でその場に立っているのが分かった。
こいつがこの壮絶な状況を作り上げたのか……。
……これではまるで……『怪物』だ!