犬の悩み
俺は廃墟でひょろひょろ草を育てるついでに、トマトやナスも育て始めた。廃墟が、実りの場所になって行くにつれて、俺は犬のところに遊びに行っても盗みをしなくなった。
「今の暮らしが好きだ」
俺が育てたトマトを犬にやると美味そうに食べるので、思わずそんな言葉が口をついて出た。
「君が満足なら、なによりだ」
犬の言い方が妙に気になった。
「お前の暮らしはどうなんだ、快適か」
「快適は快適さ、話し相手もいる」
「引っかかる喋り方をしやがって、はっきり言え」
俺が怒ると犬はたじろいで、小声で言った。
「散歩に出てみたい、君の冒険話のように楽しい遊びじゃなくてもいい。ただ、道を歩いてみたいんだ」
犬は恨めしそうに、高級な首輪を後ろ足で掻いた。
「行ったらいいじゃないか」
「みんな忙しくて連れて行ってくれないし、僕だけでは鎖いっぱいの距離をうろうろするのが関の山だ」
つまらなさそうにそう言うと、仰向けに寝転がって、俺を腹に乗せた。
「よし、俺が考えてやる」
俺はふんふんと鼻息荒く、犬の腹を飛び跳ねた。
「頼もしいな」
犬は期待しないような顔をして、すうすうと眠ってしまった。
俺は家に帰ると、仲間に相談をした。
「どう思う、あのひょろひょろ草を教えてくれたり、俺を逃してくれる良い奴なんだ」
「それは助けてあげたいが、俺達が鎖をくわえて犬を連れまわしたってしょうがないだろ」
仲間はうーんと考えこんだ。すると、連絡係が叫んだ。
「そうだ!」
「いい案があるのか!」
俺は嬉しくなって、思わず笑顔で返事をしてしまった。連絡係は、俺の顔を見てにやりとしたあと得意げにこう言った。
「硬い鎖は無理でも、首輪ならどうだ。噛み千切れないか」
俺は不覚にも感動した。こいつにもこんな閃きが訪れるとは。
「そうと決まれば、歯磨きだ」
俺は、硬い草をちぎってそれを一心に噛んだ。そして、頭の中で何度も何度も首輪を噛みちぎる瞬間を想像した。