ひょろひょろ草
帰ったら早速、ごちそうを皆に振る舞った。何匹かは腹を壊して死んでしまったので、あまり明るい食事にはならなかった。
「出来るだけ、新しいのを食べろよ」
俺は仲間を気遣ったが、腹が膨れれば同じ事だと誰も聞きゃしなかった。
「お前がグルメなおかげで、俺達も味には詳しいが、生きるためにはそればっかりにこだわってられないんだ」
連絡係は生意気な態度でそう言うと、湿気たパン屑を美味そうに食べた。
俺は少しうなだれた。こんな暮らしでも、仲間が減るのは哀しい。
「俺が毎日、綺麗な食べ物をとってきてやる」
「それで死んだら、腹壊すのと同じ事だ」
それからあとは、誰も何も言わなかった。暗い場所で、静かに食事を終え、死んだように眠った。
朝起きると、子供が生まれていた。ネズミはネズミ、すぐ増える。哀しみは一日も保たなかった。
ある日、大通りで事故があった。犬が轢かれて死んだそうだ。仲間が犬の首輪を、遊び道具として持ち帰っていた。
俺は、はっとした。
「大変だ、あの金持ち坊っちゃんだ」
排水口を駆け上がり、例の廃墟に飛び出すと、ヤモリ小僧の憎まれ口を無視して、犬の繋がれている中庭を目指した。
「おーい、いるかー。金髪坊っちゃん、金持ち坊っちゃん」
喉の奥から声を絞り出して叫ぶと、金色の毛並みをふさふささせながら犬が出てきた。
「やぁ、どうした。僕はここだ」
犬はピンピンしていた。口ひげにビスケットのカスなんかつけやがって、実に呑気だ。
「お前が死んだと思った!金持ちってやつは、皆おんなじ首輪を締めやがって!紛らわしい!」
俺は芝の上を転げまわって怒鳴った。
「なんだって僕が死ぬんだ、道路で遊ばないのに車になんか轢かれるもんか」
犬は、ゲラゲラ笑って俺を前足で捕まえた。
「仲間は毎日死ぬんだ、お腹を空かせて死んだり、お腹を壊して死んだり、ねずみとりに引っかかったり、酔っぱらいにピストルで撃たれたり」
犬は眉尻を下げて、くぅと喉を鳴らした。
「外の世界は忙しいんだな」
「そうさ」
俺は、犬のために用意されてある清潔な水を飲み、ビスケットをひとかけら食べた。
「そうだ、あのプランターのハーブは腹痛に効くよ」
犬が鼻先で指し示した先には、いかにも女が好きそうな華奢な草がひょろひょろ伸びていた。
「あの類は、ゴキブリも嫌うぞ」
「我慢してあの草を噛めば、腹痛で死なないのに」
「ふむ」
俺はひょろひょろ草を少しばかり頂戴して、家に帰った。仲間が腹を抑えて転がっているので、鼻をつまめと言って、草を口に突っ込んでやった。
「あっこいつ!俺に毒を飲ませた!」
ヒィヒィ言いながら俺を非難していたが、たちまち腹痛が収まったので、一転礼を言ってきた。良い気分だ。
俺はひょろひょろ草を、廃墟で育てることにした。それからは腹痛で死ぬこともなくなった。
「と、言うことだ。ありがとう、金持ち坊っちゃん」
「そうか、よかった。しかし、栽培とは君も頭が良い」
「生きていかなきゃいけないからな」
俺は胸を張った、犬は寂しそうだ。
「君がここに来ることも減るわけだな」
「ん?」
「残飯を食べても腹を下さないなら、ここで盗む必要もない」
俺は大笑いした。あんまりにも寂しそうな目で、喉を鳴らすからそれが可笑しかった。
「俺はグルメだから、うまい飯のために毎日でも来るさ」
「それがいい、僕は友達がいないから」
犬は尻尾を振った。顔はなんとも無いようなふりをしても、尻尾のせいで気持ちがわかるのは、面白い仕組みだ。