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下水道

 薄暗いだけでなく、すえた悪臭立ち込めるここは、訪れた誰もが思う通りこの世の果てと言える。

 そんな場所を、住処にするのに理由があるのかないのかそれは知らん。まだ目も開ききらないころから、ここの汚い壁に這いつくばっていた。人間様の汚水がざぁざぁ流れこむこの場所がホームだ。

 下水道、そして住み着いた俺達はネズミだ。それがどうしたと言われれば、別にどうってことはない。単なる自己紹介だ。


「やぁ、今日もクールだね」

 廃墟の排水口から顔を出したところで、ヤモリの小僧に声を掛けられた。こいつはホコリや小バエなんかを食ってる、下品なやつだ。

「ったりめぇよ、お前と違って毛があるからな」

 俺はきいっと甲高くひと鳴きしてやった。

「毛なんかあるから、臭いが染み付いてるんだろ。俺なんかいっつもピカピカ清潔だ」

「ほざけクソガキ」

 全く話しにならない。俺が大きく飛び上がって脅かすと、ヤツはペタペタと何処かへ逃げて行った。

 俺が体全部を、古びたタイルに這わせた時、排水口の奥から声がした。

「おーい、今朝のおでかけは中止だ」

 連絡係が間抜けに叫んでいる、理由を言わないところがこいつの使えなさを表している。

「やい阿呆、モノを知らせるときは理由も言えウスノロ」

 俺が怒鳴ると、連絡係は少しだけごもごもとしてからこう言った。

「いつものごみ捨て場に、市場の駄目になった野菜やらが捨てられてるんだ。わざわざ、人の家に盗みに入らなくったって飯はある。」

「そうか、だったらお前はその腐った野菜を食え。俺は金持ちの家でチーズを食べて、ワインで顔を洗ってくる」

 向上心のない奴はこれだから嫌だ。俺はうまい飯を食うために死んだっていいんだ。


 金持ちの家は、案外汚れているもんで、俺専用の玄関が家の隅に出来たって分かりゃしない。金はあるけどみんな馬鹿だ。

 俺はいつものように馬鹿の金持ちの家に穴を開けて、まずはこの家の飼い犬にキスをした。この犬は、飼い主より賢い。

「調子はどうだ、金持ちのぼうや」

「よしてよ、ただの犬なんだ。景気付けに僕のクッキーを食べてくかい?」

 奴は金色の毛並みを揺らして、上品に笑った。

「帰りにもらうよ、仲間は町外れで腐ったレタスなんかを食ってるからな。お土産だ。」

 俺がすんすんと鼻を鳴らすと、犬も同じように家に向かって鼻を利かせた。

「今夜は上等のチーズとワインがあるみたい、フランスパンは湿気てるからやめておくのがいいよ。それじゃ、死なないように」

「死んだらお前が食ってくれ!」

 俺はいつもの調子で、食卓やら食料庫、あっちこっちで飲み食いした。犬の言うとおり、チーズもワインも最高にうまい。フランスパンは、いまいちだが土産には足りる味だった。

 俺は庭で拾った赤ん坊の靴下に、あれもこれも詰めて帰り支度をした。そして、犬に別れのキスをしようとしたその時。

 「危ない、後ろだ」

 犬の声に、はっとして飛び退くと、そこには馬鹿な金持ちが吸いかけの葉巻を持って俺を踏み潰そうとしていた。

「安心していいよ兄弟、僕が追いかけるふりをして逃してあげる」

 犬はクッキーを芝の上に投げると、うう、と怒ったふりをして俺を逃げ道まで走らせた。俺は全力で走りながら口でクッキーを拾い、心の中で犬に礼を言った。


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