第4章 第9節
「えーっと、ここでいいか」
ダンスホールのロビーの、休憩スペースにて。
裕樹はベンチに腰掛け、宇佐美を背負ったカグツチもその近くで伏せる。
「宇佐美、体勢苦しくない?」」
「うん、大丈夫。鱗がちょっと痛いけど、寝心地は良いよ」
『グルルっ!』
「よかったなカグツチ、お前の背中気に入ったってよ」
気分良さげに鳴き声を上げるカグツチに、裕樹は頭を撫でてやる。
その撫でる手に、カグツチは心地よさそうに身をゆだねており、デフォルメ形態である事も手伝って、和む光景となっていた。
「――おいで、ユラ」
『ミュウっ』
そんな光景に感化されたのか、カグツチの背中に空色の猫がちょこんと乗っかった。
宇佐美の電子召喚獣、ユラだ。
「その子が?」
「そっ、あたしの電子召喚獣ユラ」
「――なんだろ? 鳴き声聞いたら、なんか気持ちが落ち着く様な……」
「それがユラの能力なの。ユラの鳴き声は、人を落ちつかせたり和ませる効力があってね」
「へえっ……お前すごいんだな」
『ミュウっ』
ユラが裕樹の膝の上に飛び乗って、そこでコロンと丸くなった。
「ははっ、気に入られたみたいだ」
「――これじゃ、どっちがどっちの主人かわからないね」
「違いない――か?」
今はセントバーナード位の大きさにデフォルメされてるが、本気出せば象位の大きさで恐竜顔負けの迫力が出せるカグツチを、宇佐美が主人だ等と考えられるか?
そこで、裕樹は相槌の言葉を疑問形に変えてしまう。
「……ごめん、あたしもユラからユウを繋げるの、無理だって思った」
「結局、電子召喚獣の主人は、その当人以外にはなれないって事か」
「みたいだね」
宇佐美が乗ってるカグツチ、裕樹の膝の上で丸くなるユラを互いに見合わせ、どちらからともなく苦笑した。
「――ふーん」
――その様子を、至近距離で見つめている少女の存在に、気付かないままに。
「……何やってんだ、アスカ?」
「何って、ユウ君が宇佐美ちゃんとどれだけ進展してるかのチェックだけど?」
「そんなのチェックすんなよ」
その少女は、アスカ・ホークアイ。
宇佐美が頭角を現すその時まで、学園都市の歌姫の座をほしいままにし、学園都市の音楽はアスカ・ホークアイの時代とまで言われる、ギタリスト。
「……あの、なんでアスカさんが?」
「アスカで良いよ。なんでって……
「――あっ、そっか。アスカの住んでる寮って、宇佐美が住んでる寮に近いんだった。だったらここにいてもおかしくない」
「そうみたいだね。まさか宇佐美ちゃんにユウ君と会うだなんて、思わなかったけど」
「――そう言えば、ユウってアスカさんの護衛もした事、あるんだっけ?」
「そうだよ。今思い返せば、懐かしいなあ」
そこでふと、宇佐美は今の自分をアスカに置き換えて、想像してみる。
普段はカグツチを護衛に着けて、朝はバイクで送りとどけて、お昼は一緒に――そして、いざという時は……
「……」
「? どうした宇佐美?」
「こうして考えると、ユウって女たらしな事結構やってるくせに、女の子の扱いがこうもヘタクソなのかが疑問になっただけ」
「あっ、それわかるわかる。結構ドキッとする様な事言ったりやったりするけど、その後で絶対自分でそれを台無しにするからね」
「ええ。そうだ、聞いてよアスカさん。ユウったら……」
「……あれ? なんかいきなり、居心地が悪くなった様な……?」
宇佐美がカグツチの背の上で寝そべったまま、アスカとの会話を弾ませるが、会話の内容が自身の欠点がらみで居心地が悪く、縮こまる事しか出来ない裕樹だった。
「――朝霧さん、少々よろしいでしょうか?」
そこへ1人の保安部の制服に身を包み、帽子を顔を隠すように深く被ったガタイの良い男子生徒が、アスカと宇佐美に顔を見せない様にしながら、裕樹に話しかけた。
「!?」
裕樹は顔を見てぎょっと目を見開いた――が、すぐに表情を平常の物に戻す。
「良いけど、どうかしました?」
「――貴方が居ると言う事で話したい事があると、隊長がお呼びです」
「――わかった。ちょっと行って来るから、2人を頼むぞカグツチ」
『グルルっ!』
返事をするように、右前足を敬礼する様に出したのを見て、裕樹は頷いて保安部員の指示に従い、一路――ダンスホールの会議室へと赴いた。
「――で、どういうつもりだ?」
「――保安部の職務上を全うするが為のつもりだ」
保安部員は周囲を見回し――深く被っていた帽子をとって、保安部長官、北郷正輝の顔を露わにした。




