第4章 第7節
『グルルっ!』
「おうっ、カグツチに宇佐美。無事だったか」
「うん、カグツチに助けられたの」
「そうか。よくやったな、カグツチ」
『グルルっ!』
カグツチからの緊急通信を受け、宇佐美の住んでる女子寮に駆け付けた裕樹を、背にキャリーケースと宇佐美を乗せたカグツチが出迎える。
既に避難が終わっており、事件の主犯と思われる人物の確保に保安部も躍起になっている為、今居るのは宇佐美だけと言う女子寮前は、閑散としていた。
「――で、何があったんだ?」
「例の違法召喚獣が、ここで暴れだしたの」
「ここで? ――おいおい、まさか」
「うん、そのまさか。すぐに保安部が駆け付けて、応戦して――D-Phoneに避難勧告が来て、あたしも避難準備を始めたんだけど……ふと、あそこに誰かが居るのに気づいてね」
宇佐美は女子寮の向かい側の、テナントに女子寮の住人御用達のコンビニを備えたアパートの、その屋上を指さした。
「誰か? ――盗撮でもしようとしたのかね?」
「――違うと思う。だって、あたしが見てる事に気付いたような素ぶり見せた途端、慌てて何かを操作したら違法召喚獣が現れて、それがあたしに襲い掛かったから」
「――何?」
『グルルっ!』
「その違法召喚獣からあたしを守ってくれたの、カグツチだから。カグツチが証人だよ」
「……となりゃ、尻尾は掴んだってコトか。それなら保安部にかかれば、捕縛は時間の問題だろうし――避難指定地まで送ろうか?」
「うん、そうだね――でもちょっと、着替えて来て良いかな? 普段着とはいかなくても、責めて練習着で行きたいかひゃっ!」
カグツチの背から降りようとして、宇佐美が体勢を崩して倒れ込んだ。
――その際、パジャマがカグツチのパーツに引っかかって、ボタンがプチプチとはじけ飛んだ事に、2人が気づかないまま。
「おいおい、だいじょうわっ!?」
「え? ……あっ! きゃっ!!?」
裕樹が珍しく、驚いたような声を上げて、顔を風切り音を鳴らすかのようにそらす。
その様子に疑問に思った宇佐美だが、自分のパジャマのボタンが千切れ、スポーツブラに包まれた大きな胸や、お腹や腰回りなどが露わになっており、慌ててパジャマの裾を掴んで交差させて隠す。
「――生の巨乳って、ブラジャー越しでも迫力あるなあ」
「あ・さ・ぎ・り・ゆ・う・きー!!」
「え? ――あれ? 俺、何か口から出てた?」
バチ―ンッ!!! バチ―ンッ!! ガリガリガリ!!
「……あたしは犬に噛まれたと思って忘れるから、ユウは“余計な概念は一切加えず!”何も見なかったにして忘れて! ――良いわね?」
「――引っ叩いて引っ掻いた後に言う事じゃなくない?」
「何か言った?」
「はい、全身全霊懸けて忘れます」
「――あたし着替えてくるから、そこで待ってて! カグツチ、おいで」
『グルルっ!』
羞恥と憤怒で顔を真っ赤にしつつ、ボタンがはじけ飛んだパジャマを抑えつつ、カグツチを伴い自身の部屋に戻っていく宇佐美を、両の頬にビンタ痕とひっかき傷を刻まれた裕樹が見送る。
「……えーっと……ゲームでもするか」
とりあえず、どうして良いかがわからない為、D-Phoneに登録したゲームを始めて、熱中することで忘れる事にした。
それから数分して――。
「――お待たせ」
宇佐美がトレーニングウェアとして愛用してる、長袖のTシャツの上に更にTシャツを着て、レギンスの上にハーフパンツをはいた、動きやすい服装で戻ってきた。
「――! お帰りか。それじゃ、目的地はどちら……ん?」
ふと裕樹は、この辺りを忙しなく駆け回っている保安部員の様子が、鬼気迫った物に変わっている事に気付き――。
「おい、どうしたんだ!?」
「あっ、朝霧さん! どうしたって……いえ、貴方がどうしたんですかその顔!?」
「ちょっとした不幸だ。で、どうしたんだよ?」
「保安部の事情を部外者に話す事はできません。お2人は早く避難してください!」
「あっ、ああ。悪かったな」
駆けだした保安部員を見送り――。
「こりゃ、事態は尋常じゃない方向に向かってるらしいな」
「――ねえ、大丈夫なの?」
「大丈夫、俺に任せとけ!」
「――ビンタ痕とひっかき傷のある顔でそんな事言われても、なんか笑えるんだけど」
「いや、お前がやったんだろ! ――とにかく、さっさとずらかろう」
宇佐美にヘルメットを投げ渡して、バイクのエンジンを掛けて宇佐美が自身の腰に手をまわすと――。
「飛ばすぞ。しっかり捕まってろよ」
「うん、わかった」
――その一方。
「……予定が狂ったなあ」
『今のは仕方ないでしょ、パパ。機動部隊相手に手の内隠して、なんて贅沢にも程があるなんて、学園都市の常識みたいなものなのに』
「わかってるよ。でも僕はね、仕方ないって言葉が大嫌いだからね」
『……で、どうするの?』
「……まだ朔夜会から離れる訳にはいかないからね。適当な理由を用意して、誤魔化すしかないか」
『……隠れるのって、窮屈だからや何だよね』
「我慢しろって何度言えばわかるかな?」
「うっ……くっ……」
「……がはっ……ぐっ」
電子召喚獣が全て破壊され、息も絶え絶えの機動部隊が死屍累々と横たわる中――それを意にも介さず、影が1つその場から姿を消した。




