プロローグ
忘れもしない。
空気の重い召集所から一歩、外に出ると大歓声が全身に響き渡る。
各レーンの前に4人ずつ移動し、四人の移動が終わると後ろに座っている折返し監察員に挨拶をする。
そして、10レーン、40人すべてが各レーンについたところでアナウンスが流れる。第1レーン、第2レーンと、選手が紹介される。
「第8レーン、三台(さんだい)チーム」
三台中学校の選手紹介が始まり、最後に、鱒渕洋(ますぶちよう)の名前が呼ばれた。
そして、第10レーンまで全てのチームの紹介が終わると、第1レーンの横にいる審判がホイッスルを鳴らす。
ピッ、ピッ、ピッ、ピッ。
4回、短く鳴らすと、各レーンの第1泳者が各々準備にかかる。
そしてもう一度、今度は前の4回よりも長く、ホイッスルが鳴り、各選手が一斉にスタート台に上がる。それと同時に歓声に包まれていた会場が一気に静まり返る。まるで、時が止まったかのように。
審判が横にいる出発合図員にサインを出し、出発合図員はピストルを上に向ける。
「よーい」
各選手は自分のスタート方法を実行している。ある者は体を後ろに引き、あるものは手足の指に力を入れる。
ピッ!
電子音が会場に響き渡ると、各レーンの選手たちは一斉に飛び込んだ。一瞬の間を置き、会場が爆発したかのように歓声と応援に満たされる。
選手1人あたり、50mのプールを1往復。あまり時間はないので、第2泳者はすでに準備を終え、第1泳者の帰りを待っている。
そして、第1泳者が壁にタッチをすると同時に、第2泳者が飛び出す。
あとはその繰り返し。
第3泳者が出発し、いよいよ、洋が準備を始める。
来ていたジャージを脱ぎ、カゴの中に入れ、全身を両手で強くたたく。そうして全身を真っ赤にしたところで、第3泳者が残り15mを切っていた。
洋は台に上がり、第3泳者の帰りを待つ。
そして、壁にタッチをした瞬間、洋は飛び込んだ。
先程まで全身に響き渡っていた歓声が、水の中に入った瞬間、全て消えた。
全身に力を入れ、水をつかみ、自分の腹の下へと流す。足はひたすら交互に上下させ、バタ足をする。
壁が近づくと、最後のひとかきの勢いを利用して前転。鼻から息を出しながら周り、壁を蹴り、横向きから再びうつ伏せ状態に戻る。
――苦しい。腕が回らない。足が動かない。けど、あと少し!
洋は腕を回し、足を動かし、さらに力を入れる。だが、同時に呼吸の回数も増えている。
残り5m、気力で回し、壁にタッチ。頭を上げ、スタート台についているグリップをつかみ、後ろを振り返る。
電光掲示板には、『5』と表示されていた。
上にはがっくりとうなだれる仲間たち。グリップを掴んでいた腕が力が抜け、洋は少しずつ、プールの中に沈んでいった。
地方大会に進めるのは、県大会で4位までになること。
――男子400mリレー。三台中学校、県予選敗退。
それが洋の、中学校生活最後のレースだった。