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第一章 02

 俺は死ねない。死ねないといっても不死身ではないし年も取る。成長期を向かえ声変わりもしたし僅かだが髭も伸びてくるようになった。姿形も年相応で飯を食べないと腹が減るし何かを飲まないと喉も渇く。外見上も肉体的にも普通に生きている周りの人たちとなにも変わらない。俺はこれからも年を取りその年相応の姿に変わり、やがては老いて寿命とやらで死ぬのだろう。花は咲いてはいずれは枯れゆくように、それが世界の不変の真実であり、永遠に変わることがない、変えることができない事実であるように。

 それでも俺は死ねない。別に死にたいわけではない。ただ事実として俺は死ぬことができない。俺は・・・、

 キーンコーンカーンコーン。

 聞き慣れた、というよりも聞き飽きたチャイムが鳴る。チャイムの後にはなに一つ変わらずいつものようにこの科目の担任のどこにでも居るような、探せばすぐにでも似たような人が一人や二人見つけられそうな、そんな五十代前半の白髪交じりの短髪の髪型に、幸薄そうな顔の男が扉を開けて騒がしい教室に入って来た。生徒たちはちらりと横目で確認するだけでなにをするというわけでもなく誰も話しをするのを止めようとはしない。そして男がいつもの台詞を言う。

 「はーい、静かに。授業を始めます」

 その言葉で生徒たちは催眠術にでもかかったかのように話を止めてきぱきと慣れた仕草でその時間に必要な教科書と筆記用具を机の上に出し授業を受ける準備を始める。そしていつものこのときがやってくる。

 「それじゃあ授業を始める前に出席を確認します」

 白髪交じりの男が五十音順に生徒たちの名前を読み上げていく。そして呼ばれた生徒たちはいつものように時には普通に、時にはダルそうに、時にはおどけた声で返事を返す。

 「・・・、吉原」

 そしていつものように少し呼び辛そうに、といってもその名前が呼びにくいわけではなく、精神的に、気持ち的に呼び辛そうにその名前を呼ぶ。そしてまたいつものようにその名前が呼ばれた途端にまだ少し騒がしさが残った教室がしんと静まり返る。

 「はい」

 そして俺は返事をする。その呼ばれた名前は俺の名前だ。俺は俺の名前が呼ばれた。だからみんながするようになんの違いもない普通の返事を俺は返した。

 教室はしんと静まり返っている。俺が返事を返したのにもかかわらず次の名前を呼ぶ声は聞こえない。しばらくして、といってもこの間たった五秒もない時間だが、次の人の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 先生が誰かの名前を呼ぶ声、それに答える声の中に、「死神」。そう呼ぶ声が聞こえた。その名前を呼んだ後には必ずなぜその名前を呼ぶのか、そう呼ばれるようになった理由はなんなのか。その話をする声が聞こえると同時にいくつもの視線が見えない矢となり俺の方に浴びせられる。普通ならばこういうヒソヒソ話というものが聞こえたなら先生が何か一言を放ち、生徒たちに喝を入れるものだろう。だが喝を入れる声は聞こえない。なにも聞こえていないかのように先生は順番に生徒たちの名前を呼び続けていた。だがこれはなにも異常なことではない。これもまたいつものことだ。生徒たちは俺の名前が呼ばれた後に必ずその話を授業が始まるまで、あるいは始まった後もその話をし続ける。

 『死神』。それは実在する生き物ものではなく昔の人が作り上げた架空の生き物。死神は黒いマントをはおい黒く鈍く光る大きな鎌をもちその鎌を使い死に掛けた人の命を刈る。そしてその刈り取った命を糧に生きているとされている存在。

 そしてその生徒たちが囁く『死神』というのは紛れもなく俺のことだ。といっても本当に俺が死神なのではない。俺は架空の生き物ではない。こうしてしっかりと実体を持ちここにいる。現につい先ほど先生に名前を呼ばれたという事実が紛れもない証拠である。それでも生徒たちだけに限らず俺のことを知っている人(おそらく先生たちも)は俺のことを影では、『死神』。そう呼んでいる。なぜそう呼ばれているのか?思い当たる節はある。それは俺が生きている事実、生きていた事実、それらが原因なのだろう。だが最初からそう呼ばれていたわけではない。昔は違う呼ばれ方をされていたころもあった。『奇跡の少年』。そう呼ばれていたときもあった。遠くない、最近とも言えるほど近い昔、俺のことを祝福してくれる人達がいた。心配してくれる人達もいた。中には神のご加護がどうとかと崇める人もいた。インチキだのなんだのと敵視する人もその他に比べれば僅かだが、いた。

 それから数年、ここ最近の俺のあだ名は『死神』となった。昔はよくしてくれた人や心配してくれた人達は最近ではよそよそしく接してくる。あるいは接触自体を拒む人もでてくるようになった。何も彼らが悪いわけではない。ただ彼らは己の身を守るために、己の周りの者の身を守るために接触を避けている。当前のことだろう。仮に自分がその人たちの立場なら彼らと同じように接触を避けるだろう。人ならば当たり前の性。誰もが己の身がなによりも可愛く、大切なのだ。だから彼らはなにも悪くはない。ただ本能が近づくなと言っている。そして彼らはそれに従っている。ただそれだけなのである。

 そんなことを思い、ふと見た空は雲がちらほらとしかなく、良く晴れた空に昇った太陽はその頂点よりも僅かに片寄り、おおよその今の時間を知らせてくれていた。

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